サキュバス少女の初めて


「……お恥ずかしい所をお見せしましたわ」


 突然現れた女の子に局部きょくぶを触れられ動揺した心が落ち着きを取り戻すころ。

 ひどく興奮した様子の彼女をなんとかなだめ、僕たちは改めてテーブル越しに向き合っていた。


「いや、いいんだ。事故みたいなものだろうし……」

 

 本当に驚いたけど、今は彼女もしゅんとして申し訳なさそうにしている。あまり責めるようなことではないだろう。


「事故?」


 しかし僕の言葉を聞いた彼女は不思議そうに小首を傾げた。


「あれは思いっきり故意ですわ! おち〇ちんって不思議ですわね! 思ったより柔らかくてっ」

「ごめん思いっきり責めてもいいかな?」


 こんなとびきりの笑顔で愚息ぐそくの感想を聞かされたのは初めてだよ……。

 加えて少女は頬を染めて、


「責めっ!? だ、男性とは聞いたよりずいぶん積極的なのですわね……! まさか出会ったばかりのいたいけな少女にそのようなっ」

「これ僕が悪いのかな?」


 見た目はお嬢様っぽいのに、人は見かけによらないなぁ。

 まあ、くだらないやり取りはさておき。


「……その、君は何者なんだい?」


 僕がそう聞くと、彼女は慌てて姿勢を正す。


「そういえば自己紹介がまだでしたわねっ! 改めて私の封印を解いてくれたこと、お礼申し上げますわ」


 そう言って深々と頭を下げる少女。

 顔を上げるとこちらに目を合わせ、にこりと天使の様な笑みを浮かべ――


「わたくしはルチル――ルチル・クォーツ。かのクォーツ家の長女で、誇り高きサキュバス族ですわっ!」


 ……え?


「さ、サキュバス?」

「ええ! その、お恥ずかしながらまだ見習いですが……」



 恥ずかしげにもじもじと頬をかく少女。サキュバスに見習いとかあるんだ?

 ……って、そうじゃなくて。


 宝箱を開けた時は気付かなかったけど、よく見たらしなりのある尖った角が二本側頭部から生えている。

 それに、先ほどからちらちら背中に見えていたのは小さな羽根……てっきりハーピィかと思っていた……。


「な、なんですの? わたくしの身体を舐めまわすように見て……はっ! もしやこれが視姦というやつですの!?」


 とりあえず無視しよう。

 それより彼女がサキュバス――つまり魔族であるなら、これは大問題だ。


 魔族とは謎の大穴『ダンジョン』内のどこかに文明を築く謎多き種族で、その来歴から人間との関係はあまりよろしくない。

 一部の過激派からはダンジョンに存在する魔物は魔族がけしかけていると主張している者もおり、基本的には地上へ許可なく魔族が滞在する事は許されていないのだ。


 もちろんダンジョンの傍にきょを構える僕ら冒険者ギルド職員も、魔族を見たら捕らえるようお達しが出ている訳で。

 ……やはり通報すべきなのだろうか?


 いや、待て。


 故意ではないとはいえ、僕はあろうことか魔族の封印を解いて地上に招いてしまったことになる――それってつまり、一緒に捕まる可能性があるってことでは?



「――ちょっと、聞いてますのっ?」


 

 耳元で声がする。

 ……いつの間にか少女――ルチルの接近を許していたようだ。


「ごめん……ルチル、さん。なにかな?」

「もうっ! わたくしも名乗ったのだから、あなた様のことも教えて欲しいと言ったのですわ!」

「これは失礼。僕はリン。冒険者ギルドの務めで、普段は――」


 言ってから思わず口をつむぐ。

 魔族相手にあまり個人情報をペラペラと喋り過ぎるのは良くないかもしれない……少し遅かったけど。

 

 ……しかし当のルチルは朱色しゅいろに染まった頬を両手で押さえ、ん~! ともだえているばかりだった。


「リン……リン様! 素敵ですわ! これがわたくしの旦那様になる方のお名前ですのねっ」


 ん? 今妙な単語が聞こえたような?


「あの……ルチルさん?」

「ルチルでいいですわっ! リン様とわたくしは将来を約束した仲なのですからっ!」

「……ルチル。それって人違いだと思うんだけど」


 異種族の知り合いは数多くいるが、さすがに魔族……それもサキュバスと婚姻の約束をした覚えはない。

 そもそも、僕たちって初対面のはずなんだけど……。


 しかしルチルはあっけらかんとして、とんでもない事実を突きつける。



「いいえ? だってわたくしたちクォーツ家は……生まれて初めて見た男性の精尽き果てるまで・・・・・・・・、一生仕えるしきたりがあるんですのよ?」

 

 

 ……なんだって?


 ぽかんとする僕に構う事なく、ルチルは続けて勢いよくこちらの胸に飛び込んでくる。

 もちろん避ける隙も与えられないまま、僕は彼女に押し倒されるような形で椅子から転げ落ちた。


 ……しまった!


「何百年も暗い箱の中で寂しかった……。でも、ようやく。ようやく見つけましたわ! わたくしの……」

「ち、ちょっと待って! これには何か誤解があるんじゃないかな!?」

「そんなものありませんわ! 間違いなく私にとって初めての男性、運命の人なのですわっ!」


 う、さすが魔族。身体は子供でも力が強い……!

 すっかり両腕を抑えられた僕は彼女の成すがまま。

 

「んぅ。ずっとご飯を食べていなかったのですから、もうお腹がすいて仕方がないのですわ!」

「食事なら出すから、手を……」

「もう、リン様ったら……言われるまでもなくしてもらいますわっ」


 そう言うルチルの頬は上気していて、非常に強く興奮しているようだ。


 それに、出すって……まさか。

 彼女はサキュバスだ。その言葉の意味するところを理解して本気で焦る。


「落ち着こう! よく話せば僕ら人間と魔族も分かり合えるはずだ!」

「ふふ。大丈夫ですわリン様! わたくしも初めてですが座学は得意でしたのよ!」


 ルチルはそう言って無い胸を張る。


「人の身体は拳みっつぶん・・・・・・くらいいける・・・・・・ってきちんと教わりましたもの!」

「何をどういう方向性で教えているんだサキュバスってやつは!?」


 一体僕は初めてにしてどんな次元の変態へと昇華するんだ!?

 ……って、問題はそんなことじゃなくて。

 

 問答している間にもどんどん彼女の唇が近付いてくる。

 これが重なってしまった時が終わりで始まりだろう。


 くぅ……このまま成すすべなく流されるしかないのか?

 

「さあ、大人しくわたくしに全てを任せな――さ、い……」

「わ、分かった。でもせめて拳云々は勘弁し――……あれ?」


 必死にもがいているうち、途端に彼女の力が弱まり、そして。 



「――――ん、う? ちから、ぬけ……」



 とさり……と小さな音を立てルチルの身体は僕の上半身へ完全におおい被さった。


「ルチル?」

「……きゅぅ」


 ……目を回している。

 どうしたというのだろう? 気絶してしまったようだ……。


「た、助かった……」


 覆い被さった彼女を下ろし、ひとまずほっと息をつく。思わずお尻をさすらずにはいられない。

 ふと自分の手首を見やるとくっきりと赤い跡が付いていて、彼女の力の強さを物語っていた。


 ふむ。そうか、だからか……。


 恐らく僕の両手に生身で触れ過ぎて魔力が失われていったのだろう。

 まだ息はあるし、すぐに離れたから命に別状はない……はず。


「しかしどうしたものかな、これは」


 床で寝ているのは間違いなくサキュバス――魔族だ。

 今のうちに国に突き出すべきなのだろうが、魔族であってもこんな小さな女の子……どんな目に合わされるか分からない。

 ふうむ。

 

 ……しばらく悩んで、僕は一つの答えに辿り着く。


「信用できる人……シロに相談しよう」


 冒険者ギルドの同僚、うさみみ族の少女シロ。

 今の僕にとって最も信頼している人物だ。

 不愛想ぶあいそうだが、面倒見はいい。特に、こういった種族間の問題に関しては……。


「んぅ……」

「おっと」

 

 彼女もこのまま床で寝かせておくわけにはいかないだろう。

 グローブをした手で苦しそうに呻くルチルをベッドまで運ぶ。


 しかしこう見ていると、角や羽根、それから言動と価値観以外は普通の少女と変わらない…………いやこれだけ違うとやっぱり別の生き物かな。

 

 なんて考えながら彼女に毛布を被せる。

 まあ、それでも。


「……大丈夫。きっと君にとっても良い結果になるよう努めるよ」

 

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