嫁がサキュバスでもいいですか? 小さくてもいいですか?

門番

宝箱の女の子

 荒々しく騒がしい喧騒、ぶつかり合う酒瓶の音。

 

 この国に謎の大穴――通称『ダンジョン』が現れてはや数十年。

 魔物と呼ばれる変異した動植物が跋扈ばっこする未開の地で、貴重な資源を採取するために開拓を続ける『冒険者』たちにとって必要不可欠なのがここ、冒険者ギルドだ。


 今は既に夕方の時刻。彼等にとっては死と隣り合わせの冒険から帰還し、仲間と酒を分かち合う時間。

 しかし、ただのギルド職員である僕らにはまだ仕事が残っている。

 

「リン、お客」

「……ん?」


 賑やかな喧騒を子守歌にぼーっと立ち耽っていると、不意に同僚のうさ耳少女から小突かれる。

 いつも通り不機嫌そうな彼女の視線を追ってみれば、カウンター前で困ったように僕の表情を伺っている女の子の姿が目に入った。


「ごめん、ちょっと気が飛んでたよ。……おかえり、オーロラ」

「あはは……リンさんもお疲れですよね」


 オーロラ。神官の職に就いている顔馴染かおなじみの冒険者で、彼女が新米時代からの付き合いだ。

 身に着けている純白のローブは少し土煙に汚れている。栗色の長い前髪からヒラりと覗く空色の瞳にも、一日の疲れが伺えた。

 彼女の白く細い両腕には程よく膨らんだ皮袋が抱えられていて、僕はそれをゆっくり丁寧に受け取る。


 ダンジョンは危険と隣り合わせだが、それだけ価値のある資源が多く埋まっている宝の山だ。

 

 僕ら職員は仕事の一環として、一日の最後、冒険者たちが持ち帰ったこれらの品々の鑑定・及びそれに見合った報酬の支払いを行う。

 一品一品さっくり見回し、ざっと適当な報酬額を皮袋に詰めて差し出す。


「……あ。今日はもう一つ」


 さて、これで終わりかと思いきや。


 オーロラはおずおずと何かを持ち上げた。

 そうしてカウンターに置かれたのは随分と大きくて古びた……宝箱?


「二層の道外れに落ちていたんです。どうやら非常に強い魔力で施錠されているようで、リンさんに見てもらおうかと……」


 よくこの小さな身体で運んできたな……。


 しかし、なるほど。こうした怪しい品々を預かるのも仕事のうちだ。

 もちろん断る理由もなく二つ返事で管理を引き受ける。


「疲れてるところごめんなさい。それじゃあ、よろしくお願いしますねっ」


 オーロラはそう言って頭をぺこりと下げた後、足早にギルドを去っていく。


 粗暴な振舞いが目立つ冒険者において彼女は珍しく礼儀正しい。見た通り優しく可憐な少女だ。

 こんな良い子のお願いはなるだけ解決してあげたくなる。


 ……そう、今すぐにでも。


「リン。そっち済んだならこっちも手伝って欲しいんだけど――」


 だから、そんな声を掛けられた時にはすでに僕の身体はカウンターの外にあり。


「じゃ、僕はこれの処理があるから先に失礼するよ!」

「あ、こら待て、にげんなっ」


 両手に大きな宝箱を抱え、わざと人混みに紛れるようにして外へ飛び出す。

 背後からは恐らくしっぼを逆立て威嚇する、同僚のうさ耳少女の怒声が飛んできている事だろうが……それも空しく次々と現れる冒険者の波に飲まれていく。

 

 まあ、こんな危険そうなものギルド内で弄る訳にはいかないし?

 うんうん、そう思えばこれって必要十分な帰宅なんだよね。


 やけに重い荷物を抱えている割に……僕の足取りは軽かった。



 ◇


 

 帰宅した後、簡単に水浴びをして汗を流す。


 あの宝箱、まるで中に人が入っているかのように重かったな……。

 ただの一般市民である僕の腕はもうパンパンで、とはいえなんとか部屋に運び込むことは出来たけども。

 

「……ふぅ」


 さて、厳重な封印だがやることは単純。


 この封印にも使われている『魔法』。その源の魔力とは血と同じようなもの。

 この世界に生まれるほとんどの人間は魔力を持って生まれてくるが、僕にはそれが無い。

 そのせいかは分からないが……魔力で出来た何らかの物に直接触れると、身体が魔力を吸収しようと働きかけるのだ。


 この力は単純な魔法から魔力を込めて火を灯す魔道具の様なものまで、魔力が使われているものなら種類を問わずその機能を停止させることが出来る。


 ……まあ、おかげでうちは未だに蝋燭にランプの生活を強いられているんだけどね。


「さて」


 魔法陣に手を近付けていくにつれ、手のひらが熱を帯びたように熱くなっていく。

 更に、窓など開けていないのに非常に強い風に圧されるが如く身体が抵抗を受け始めた。


 これは……何らかの妨害に対処するための魔法が仕込まれているのだろう。

 どうやら予測していた通り非常に強い封印のようだな……。


 しかし言ってしまえばこの抵抗も魔法の一部だ。

 こちらが手を向けている限り押し負ける事は無く、徐々に距離を詰める。


 そうして懸命に伸ばした手はやっと魔法陣に直接触れる距離まで至り――


「……あと、少しっ!」

 


 ――――がちゃり、と。



 封印が古びた錠前ごと破壊された音が響き、あれだけ激しかった抵抗の力も風のように消えた。

 バランスを崩してそのまま倒れ込んでしまいそうな体勢を何とか立て直し、件の宝箱に注目する。


 どうやら相当年季の入ったものらしく、錆び付いた口がぎぃぎぃ音を立てながらゆっくりと開いていく。

 『ミミック』を警戒していたがこの分なら大丈夫そうだ。


 僕はグローブを再び付け直し、それなりに時間を掛け開ききった宝箱を覗くため屈んだ。

 そして――息を呑んだ。


「……これは」



 ――――それは一言で言えば人形のようだった。



 雪のように白い肌、相反するような黒のドレス。

 黄金色の絹のような長い髪が側頭部で一つに纏められていて、長いまつげを持った目が閉じられている。

 膝を抱え込むような姿勢であることから正確には分からないが、背の丈は子供のように小さい。

 

 まるで精巧過ぎる人形。

 それがまるで昼寝でもしているかのように……宝箱の中で横たわっていた。

 

「……人?」


 いや、そんなはずはない。

 人がこんな古びた宝箱の中に入って、ダンジョンに放置されていたなんてあり得ない話だ。

 でも、じゃあこれは……?


 真相を確かめるため、思わず少女の肌に手を伸ばそうとしたその時。

 

「んぅ……」

「!」


 動いた!?

 ということはまさか、人? でもどうやって、どうして……?


 ……頭の中に一瞬で様々な疑問が浮かび上がる。そのどれもが自問自答で解決する事は無く、浮かんでは消えていく。


 そうやって僕が固まっている間に、長いまつげを持った目が開かれた。

 より一層身体が強張る。気のせいだという可能性は消えた。


 確実に、生きた人、だ……。


 うっすらとゆっくりと、その中にあるルビーの暗い輝きを想わせる紅い瞳が覗く。

 そうしてそれは、ぽつりと呟いた。


「にん、げん……」


 その目は僕の姿を捕らえていた。

 こんなに暗い紅なのに、そこにはハッキリと固まったままの僕が映る。

 

 君は誰なのとか、どうしてこんな所に隠れていたの、とか……。

 色々な言葉が出掛かっては消え、結局黙ったまま静かに頷くことしか出来ない。


「ん……」


 そのまま動けないでいると、なんと少女は宝箱から身を乗り出し細く白い腕をこちらへ広げた。


 それは初めに僕の頭を撫でる。

 次に頬を、首を……そのまま下に進むように順に、ゆっくりと、まるで骨董品でも鑑定するかの如く。


 当の僕は全く動けないまま。

 仕方ないだろう? 情報が多すぎて纏められずにいると人は固まってしまうのだから……。 

 気が付けば少女の手は僕の腹部へ、骨盤へ、そして更にその下へと伸ばされていく。


 ……ん?


 されるがままの僕もそこでやっと事態を把握する。

 その先は……ダメじゃないか?

 ――そう思えた時には、既に遅し。


 少女の手は優しく静かに、僕の……


「――って、まって!」


 いや待たない。待ってくれない。もう全部遅かった。

 下部に走る冷ややかな感触。

 冷たい……どうして? とか、そんな簡単なことに疑問を感じている場合じゃない。

 やっと動いた身体で反射的に手を払い除けると、僕は後方へ尻もちをつく。


 一方で少女はというと、身を乗り出しすぎたためか既に身体は宝箱の外にあって、僕を見下ろすような形で立っていた。

 払われた手をもう片方の手で抑え、ふるふると震わせている。


「ご、ごめん。つい……」


 もしかしたら手が痛むのかもしれない。

 そんな考えから出た謝罪の言葉だが、少女に届くばかりか、彼女は瞳をうるうるさせながら僕の……下半身を凝視している。


「お……」

「……お?」


 その目は見開かれ、口をわなわなと震わせながら。

 確かにハッキリと、こう叫んだんだ。



「――――おち〇ちんですわ……ッ!!」




 僕はきっと忘れられないだろう。

 金髪紅目の幼い女の子が……心の底から嬉しそうな表情で口にした、その魂の叫びを……。

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