第42話「アヤカシラセン」
いきなりこういうことを言うのもなんだが、いや本当にもっと何かなかったのかと自分でも思うのだが、だがしかし——
「地球ってケーキだったんですか?」
この状況に疲れきっていた俺は、根源坂開登は、誠に意味不明なことを口にした。
「先輩。よもやこれほどまでに憔悴していたとは……よよよ、涙ちょちょぎれますよぉ」
「エリカになんて言ったら良いんだろうな俺。
「いや俺単に疲労困憊なだけなんですけどね?」
頼れる後輩と先輩はアホと化しているし、俺は本当にどうしたら良いんだろう。ああくそ、かなりやけっぱちの投げやりモードに入りかけている。槍でも投げるか? いやケーキ入刀するんだったわ。何だよそれ!
「あの、サカサヒガンさん。
それでその、ケーキ入刀ってマジに文字どおりにってことなんですか?」
「だからそうだとアタシ言っとるじゃろーが。
え、わからん? お前のナイトミストにアタシの術式を接続して、アタシと小僧でダブルセイバーじゃ——みたいな、なんかそういうことなんじゃけど」
「あ、なるほど。俺も自分の術式には反転能力使えるから、それで剣を射撃装置にして——で、サカサヒガン、あんたの反転能力をシュテン=ハーゲンの超規模術式に叩き込む。そういうことですね」
「超速理解助かる。そういうことじゃ。で、そのために二人で地球の中心に向けて剣をぶっ刺すわけよ。
ほれ、そこの家の中にシュテン=ハーゲン消滅跡地があるじゃろ。あいつあの場で結界展開しつつ、じわじわと地球の中心へと術式を浸透させとったからな。つまり、そこに剣をぶっ刺してアタシたちの合体攻撃を撃ち込めば——」
「——アヤカシ化の術式を反転させて、みんなを元に戻せる!」
俺の合いの手みたいな反応に、「模範解答助かる。優等生だったんかお前」と返してくるサカサヒガン。俺はアンタがそんなユルい性格してることにびっくりだよ。
ともかく、それはそれとして、ついに打開策が見つかったので、早速取り掛かることにしよう。
俺はわりとウキウキでサカサヒガンに手順を訊ねた。
「それで、サカサヒガン。俺とアンタの結界術式を接続するにはどうすれば良いんだ?」
「エッチなことをするのが早いな」
「は?」
は? え、この期に及んで、何?
「は? じゃないんよ。それが一番早いって言ったんよ。アタシとお前は連んだ時期も特にないからな。結局それで無理矢理にでも魔力的な繋がりを作るのが早いんだよネ」
ウインクしながら言うサカサヒガン。早いんだよネじゃないんだよ。なんか、なんか、困るだろ。彼岸ちゃんもだけど他ならぬ俺が。
共同作業ってそっち? ケーキ入刀の前にやることやるってこと? しかも彼岸ちゃんの身体で元気にしているサカサヒガンと? マジ?
「うわ、先輩頭抱えてますよ。これどうなっちゃうんですかね解説の緑川さん」
解説って何? じゃあお前は実況なのか穂村まりん?
「そうだな。これは要するに情事なんだが、果たしてそこに、つまりは彼らの間に愛は存在するのだろうか? ポイントはここかもしれねェな」
ポイントって何だよ。俺は今、ゲンスケさんへの尊敬ポイントがマイナス宇宙に突入しようとしていますよ!
「いや、ていうか、え? マジでやるの? なぁサカサヒガン、マジ?」
世界の命運がかかっているというのに、とんだチキンハートを発動させてしまう俺。
でも仕方ないと思うんです。だって相手は彼岸ちゃんじゃなくてサカサヒガンですからね。
なんかその、そもそも了承もなく彼岸ちゃんの身体を——なわけだからな?
とか思い悩んでいると、サカサヒガンが特大のため息を吐いた。わかるよ。我ながらダサいのはよくわかりますよ。でもですよ、でもじゃないですか?
「ハァーーーーーーーーー。
というかな小僧。これが一番早いって言っただけなんだぞアタシは。
他にも手はある。そういう意味だったんじゃが」
「————え?」
いや、あるの? 他の手が? じゃあ何でそれ言ってくれないんですか?
「……言ってほしそうにしているから言ってやるが、そうじゃな——おい、もう出てきてええぞ」
サカサヒガンが何者かにそう言った直後、その表情が大きく変わり——今さっきまでどこか扇状的かつ厭世的だった顔つきが——
「——話は聞かせてもらったわよ、根源坂くん。
いえ、開登くん」
「彼岸ちゃん……!?」
——毎朝この道で出会う少女の表情に変わっていた。
「え、その、彼岸ちゃん?」
「……本当はこういう荒事から遠ざけようとしてくれていたのよね開登くん。それはよくわかったわ、ありがとう。これは本心よ。本心からのお礼よ。見なさいこの澄み切った瞳を。
でもね——」
彼岸ちゃんは俺の両肩を腕でガシッと掴んで続ける。
「でもね開登くん。私これでも肝は据わっている自信があるの。一回死んだらしいけどだから何? でも生き返らせてくれてありがとう。あなたにも、そしてサカサヒガンさんにも。
けどだからこそ、いつまでも虚ろな揺籠でウトウトしているわけにはいけないのよ。ホロウアタラクシアしているわけにはいかないのよ。微睡の出口をぶち破らないといけないのよ私は。
いつまでも現実から目隠しされているわけにはいかないのよ。
——不可抗力で関わってしまったのだとしても、私はこの在り方と向き合いたいのよ」
いつものマシンガントークが、いつも以上に頼もしく、そして心地よい。
——そうかもしれない。
アヤカシから遠ざけると言えば聞こえは良いが、俺のそれは、いつか起きる現実と彼女の直面を引き延ばしていたに過ぎない。
誰よりも何よりも恐れていたのは、むしろ俺の方だったのだろう。なら——
「——ごめん彼岸ちゃん。
俺、彼岸ちゃんの強さを見てなかった。彼岸ちゃんが可愛くて強い子ってこと、知ってるのに、知ってるはずなのに、直視できてなかった。けど——」
今度は俺が、彼女の手を取る。もう二度と、彼岸ちゃんを離さないという誓いも込めて、彼女の手を握る。
「——一緒に世界を元に戻そう。俺と彼岸ちゃんとで!」
彼女の目を見て俺は宣言した。二人で世界を救おうと。二人の想いで未来を開くと。
しばらく見つめ合った後、彼岸ちゃんが口を開き、そしてこう言った。
「もちろんよ。だから——キスをしましょう」
「だからって何!?!?!?」
俺はまたもダサいリアクションをした。してしまった。
今度は彼岸ちゃんがデカいため息を一つ。
「これが他の手よ開登くん。
今はもう私の中に引っ込んじゃったけど、サカサヒガンさんが言うには、好き合った二人のキスとかでも全然オッケーらしいのよ。そういうわけなのよ」
「それで今即座にやろうとした!?」
「当たり前でしょう。事態は一刻を争うのよ開登くん。やるかやられるか、そういうことなのよ開登くん。そして私はあなたのこと大好きなのよ開登くん。
あなたは私のことどう思ってるの?」
「そんなん大好きに決まってんだろ!!!!!!!!」
俺は思いっきり叫んだ。アホの先輩後輩が聞いていようがどうだって良い。仮にフラッシュモブが周りでダンスとかしていようとも関係ない。今更この感情に嘘とかつけるわけないからな!
「お、流石は私をフったお人です。やる時はやるっすねぇ」
「半ばやけっぱちなのはご愛嬌だな。まぁ何はともあれ、素直なのは良いこった。そのまま素直に青春やれよー」
俺の思いの丈——まぁ高台でも言ったのでテイク2なのだが——を受け取ってくれた彼岸ちゃんは、笑顔を見せて、そして——
——ちゅ。
◇
——かくして戦いは終局へ。
俺と彼岸ちゃんは、術式を接続した魔剣銃身【
「「——
◇
——『エピローグ、あるいはプロローグ』
結局のところ、アヤカシが世界から消え去るようなことにはならず、今も奴らはそこらじゅうに現代dungeonもとい浸蝕結界を作り出して、存在している。
俺と彼岸ちゃんが放った【マヤカシムサン】によって、シュテン=ハーゲンの展開した超規模浸蝕結界はパラメータが反転し、世界中の人々から発芽したアヤカシの因子はその機能を停止した。
——そう、反転しただけで、シュテン=ハーゲンの浸蝕結界そのものは残留している。
だがこれによって、この星はもう、アヤカシによって浸蝕されることができなくなった。反転したその結界が残っている限り、ではあるが。
ゆえに、まだこれからも人とアヤカシは戦うことになるのだろう。もはや目的の見えない状況下で、まだ俺たちは刃を交えるのだろう。
それでも、俺は穂村まりんとバディを組めたし、サカサヒガンは弱体化したものの魂だけは残留し、彼岸ちゃんの中で眠っている。そしてたまに起きて、同意の元で人格を入れ替わっている。
——そんな感じで、極級と言われたアヤカシとも、手を取り合えたのだ。
まだ時間がかかるだろう。それでも、俺たちはきっと、この螺旋から抜け出せるだろう。
そう思いながら、改築中の家から出て、高校の卒業式へと向かうため、俺は道に出る。そして——
「あらおはよう開登くん。
私の美少女ぶりに目もくれず、またしても考え事の最中なのね。全く良いご身分ね開登くん」
「おはよう彼岸ちゃん。
確かに良い身分だよ。彼岸ちゃんと毎日会えるんだからな」
「あーーーーーもう何でそんな恥ずかしげもなく!?!?!?」
「慣れってこわいな、ガハハ」
「ガハハじゃない〜〜!!」
そして今日も俺は、赤面する彼岸ちゃんと共に、かけがえのない日々を過ごすのだ。
『アヤカシラセン』、了。
現代伝奇ラブコメ活劇 アヤカシラセン 澄岡京樹 @TapiokanotC
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