第41話「霊喰廻霧」
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幕間Ⅰ/
——
私は今、ヘリに乗っている。
プロペラの轟音が鳴り響く中、扉が展開して、暴風とも見紛うほどの気流に巻き込まれる。
「——
パイロットのおじさん(協会の人)が、轟音の中でも聞こえるように、大きな声で訊いてくる。
それに私は強く、そして少しだけ笑みを浮かべて頷いて、あとついでにサムズアップして——
——そして私は飛び降りた。
パラシュートも何も付けずに、ただただ自分の術式を信じて——屋根さえ吹き飛んだ月峰邸に一直線に、私は——
穂村まりんは、飛び込んだ。
幕間Ⅰ、おわり
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幕間Ⅱ/
——場所は打って変わって桜島。九州にある桜島。
火山地帯であるそこは今——否、今の今まで浸蝕結界が展開されていた。
展開者は【
水棲生物の特徴と、原始地球を思わせる炎熱の特徴を併せ持つ、いわば地球の原初への畏敬を模倣した極級アヤカシであった。
展開されていた結界は、燃え盛る水と波打ち流れる炎とが混ざり合った
——結界の名を【
それは、浸蝕結界であると同時に——相反する二つの特性を融合させた者に与えられる称号でもあった。
——アヤカシの身で、人間の伝承を再現しようとしたアーバンロア・ライドライター。
彼の結界もまた、その名に【アヤカシラセン】が含まれていた。
ならば——と。
結界と共に崩壊していくジオ・ゴーストを見据えながら、鮮凪アギトは一人呟く。
「——人の身で、アヤカシの力を持つ者もまた」
二重属性の螺旋構造による【
「——だがどう転ぶか、どう終わるか。
俺はそのタイミングに間に合わない」
——シュテン=ハーゲンは恐らく動いているだろう——彼は当然その推測を立ててはいるが、ジオ・ゴーストとの激戦により通信術式は既に焼き切れており、即座の状況確認すら不可能。それゆえに、彼は、鮮凪アギトはここで事態の収束を祈る他なかった。
「————む」
ジオ・ゴーストおよび浸蝕結界【
「——これは、地球全域か?」
——数年ぶりに、鮮凪アギトの顔に焦りの表情が表出する。
彼は今、通信ができない状況ゆえに——この浸蝕結界のことを伝えることができない。
シュテン=ハーゲンの最終目的を、伝えることができない。
「——無事でいてくれ、ゲンスケさん。……エリカさん。そして、根源坂開登」
——アヤカシは、最早形骸化した目的のために浸蝕結界を伸ばし続ける。
最早意味を失った進撃。
最早理由のない望郷。
創造者の潰えたアヤカシたちは、ただ本能のままにテラフォーミングを行うのだろう。
きっとかつては何かの目的があったであろうその浸蝕。だが今はもう、それらは忘却されてしまった。
ゆえに人類にとって災害も同義の、ただの理不尽に等しい存在。
その中でも特に古いアヤカシ、その一角であるシュテン=ハーゲンは、既に己が終局へと楔を打ち込んでいた。
——戦いは間も無く終わる。
だが、その結果誰が笑うことになるのか。
それはまだ——混ざり合い絡み合う螺旋の中に隠れていた。
人類とアヤカシの戦い、その螺旋の様な運命の渦の中に。
幕間Ⅱ、おわり
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「——グ、貴様ら……ッ!」
シュテン=ハーゲンの背後で液体化を解除したゲンスケさん——その装甲に覆われた身体で、シュテン=ハーゲンを羽交締めにする!
「俺ァこれでもカードゲーム作ってる人間なんでなァ。こういう特殊能力の効果処理も研究しまくってんだよォ……ッ!」
叫びながらゲンスケさんは腕や身体の装甲を変形させトゲのようにして、シュテン=ハーゲンへ食い込ませていく!
「……わかってんだろ、開登。
——躊躇うなよ。俺のモットーはガキの青春最優先だ。……取捨選択を見誤るなよ」
「——ゲンスケさん」
その目が、俺に語ってくる。かつてない気迫で、語りかけてくる。
——片っ端からチャンスを掴め、カードを使え、と。
……そうだ。
確かにこの戦闘を開始する前にも、複数のプランを立案してきた。だが、当然それは、想定どおりに事が進んでいればこそ実行できることであり、タイミングが合わなければ使えない策だってある。
現状を鑑みれば、この一手を見逃すと勝ちの目は一気にかき消えて——霧散していくだろう。
ゆえに——ああ、ゆえにこそ。俺は躊躇うことなく突き進むしかなく————
「——
魔剣ナイトミストの刀身に、浸蝕結界【
「——貴様、いや、貴様ら正気か!? いや正気なのだな! こうでもしないとワシを倒せんと——理解しての行動であると! やってくれる——やってくれるな人間ども! なればこそ根源坂開登! お前は月峰エリカと緑川ゲンスケを犠牲にしたという喪失感を背負い続けるがいい! 貴様はそうして——やがて死を望むまで生き永らえるがいい……ッ!」
——そんな言葉が聞こえてくるが、俺の心には届かない。
俺は今やれることをやるだけだ。なんであれ、このアヤカシを世に解き放ってはいけない。ここでコイツの凶行を終わらせなければならない——ゆえに。
俺の結界展開の余波で崩壊した屋根。そこから聞こえてくる上空の旋回音。
——それを以て、最善の策、その選択が可能となった。
“——まず俺が変身術式とかを使って、場に魔力を撒き散らしておく。後はヤツが俺らに気を向けて、魔力感知に集中できない状況に持ち込む。
——倒すなら、その一瞬だけだ”
作戦前の、ゲンスケさんの発言が脳裏を過ぎる。
この作戦における、切り札。ここ一番のリーサルまで温存せざるを得ない隠し玉。
——その術式を、変化した術式を。
——穂村まりんが放つその瞬間まで、秘蔵する!
「——
「何ィィーーーーー……ッ!!?」
——其は流星の如き
かつて揺らぎを否定し運命を固定する概念であった彼女は、穂村まりんは——
——ついにその在り方を超克した。
エリカさんの肉体に、そして魂に揺らぎを発生させ、シュテン=ハーゲンのみを引き剥がしていく。
踵落とし直撃の衝撃全てを、エリカさんに憑依したシュテン=ハーゲンのみに収束させていく。穂村まりんへの反動さえも全て、当然高高度落下による衝撃さえも全て、シュテン=ハーゲンへと分岐させていく。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
轟音と共に地面にクレーターを作りながら深くめり込んでいくシュテン=ハーゲンの肉体は、既に崩壊寸前であった。
そこへ——
「——【
魔力を喰らい尽くす、霧の魔剣を突き立てた。
今度こそ終わり。千年以上の時を生きた、古のアヤカシであるシュテン=ハーゲンはここに潰え
「——いいや、まだだ。ワシの、いや、アヤカシの目的は、ここに来て、達成される」
「——————!?」
息絶え絶えの、今にも喰らい尽くされそうなシュテン=ハーゲンは、霧と化しながらも、その最期の言葉を紡ぎ続ける。
「——貴様らは、首都の名が芸都ではなく東京と呼ばれる世界を、知らんだろう?
我らの創造者は、その世界より追放されし
消え入る間際、シュテン=ハーゲンは微かに笑いながら、そして最後にこう言った。
「——我の死を以て我らが本懐は成された。我が魂が砕けることで、我が術式は全て流れ落ち、我が生きたままよりも早く、星の中枢へと浸透した。ああ、その名を——」
霧散するシュテン=ハーゲン。だが、その直後。
——俺たちの脳内にその名が響き渡った。
——浸蝕結界【
——その結界展開されし時、星に住まう全ての生命体に、アヤカシの因子が埋め込まれる。
それは即座に目覚め、全ての生命体はアヤカシへと新生するだろう——
——なんだそれは。
世界の新生? 生命体のアヤカシ化?
じゃあなんだ。シュテン=ハーゲンは、その身すら犠牲にして、この星をずっと浸蝕し続けていたのか? 自らの死を以て、惑星規模の術式——その完成を促進させたのか?
だがそのために、俺たちの意思をまるっきり無視して、世界を塗り替えると言うのか?
膝から崩れ落ちるとはこのことか。俺は力無くその場に膝をつく。
穴の空いた天井から見える空は、極彩色で、とても現実のものとは思えない。
——いっそ笑えてくる。絶望感で、気が狂いそうだ。そういえば一向に爆撃通知が来ない。ヘリはまだ飛んでいるようだが、中はヘルかもしれない。あーあ。嫌になっちゃうな、ほんと——
「しっかりしなされ先輩!!!!!!!!」
「あいた!?!?!?!?!?!?」
刹那、穂村まりんのツッコミ・チョップが俺の脳天に直撃し、俺は正気に戻った。
「とりあえず落ち着きましょう先輩。ヘリからの通信は一応無事です。でも何言ってんのかさっぱりわかりません。魔界の言語なのかもしれませんね。いや私も一応アヤカシなんですけど。
——あ。ヘリのおじさん外国の方だったので、あれ全然魔界の言語じゃなくて外国語かもしれませんね。ていうか英語ですねこれ。英語だけど思考はアヤカシ化しちゃってますね。『我、人を喰らう者』って言ってます。ヘルですね」
——そうか。ヘリの状況は何一つ良くないが、だが穂村に悪影響がないことだけは良かった。穂村はそもそもアヤカシには違いないため、この状況の影響を受けていないということのようだ。
俺もサカサヒガンの能力で、人のままアヤカシの力を活性化させたので、結果的にこの状況の影響を特に受けていない。人のままアヤカシになったようなものだからだろう。
そして——
「ゲンスケさん、やっぱその装甲で守られてるんですか?」
「……ま、そういうこった。俺は元からアヤカシと融合する能力だからな。たまたまだがここにいる三人は、この術式の影響を受けないメンツだったってわけだ。
まぁ、全世界でそういう人がどれだけいるかなんだが」
——そうだ。事ここに至って、最悪の状況に塗り替えられてしまった。
困ったことに、鮮凪アギトの【
そもそも、浸蝕結界によって起きた変化そのものは、アギトの術式でもキャンセルはできないのだ。実際、あの時の戦いで、俺はアギトから大量の魔力を獲得したままなのだから。ついでに言うと未だに使いきれていない。
——多少落ち着いたが、それでももう、どうにもならない。どうしようもなく、どうにもならないのだ。
「クソ、何も手はないのか……?」
倒れたままのエリカさん——アヤカシ化しているかは不明——を運んで外に出たところで変わりなどなく、むしろどこを見てもアヤカシ化した人々による新たな世界が広がっており、もはや俺たちは旧人類に他ならず、やはり、見える範囲において打開策は——
——いや、それ以上に。
「——そうだ、彼岸ちゃん。彼岸ちゃんは、」
二人は何も言ってくれない。言えないとも言う。それはそうだ。俺だって逆の立場なら何も言えない。そしてその立場である俺は、こうやって思考を持続させなければとてもじゃないが精神を保っていられず、ああ、彼岸ちゃん、彼岸ちゃ
「——おい、呼んだか小僧」
——瞬時に、それこそ一瞬のうちに、どう聞いても発言内容がサカサヒガンの彼岸ちゃんが現れた。
「——あ、え? ……何がどうなって、何?」
「——アホ。シュテン=ハーゲンの遺した術式で、残滓に等しかったアタシが超活性化したんだよ。で、敏捷パラメータを弄って超速度でここに来たわけ。
——ああ後、この娘もお前に近い存在ゆえ、とりあえず人間の精神は、眠ってはおるが無事だよ」
「——そうか、あぁ、良かった」
などとマジの本心で言ったのも束の間。今度はサカサヒガンにツッコミチョップされた。
「痛い!? なんなの流行ってんのそれ!??」
「ギャハハ先輩ちょっとおもしろいですよ!」
「アヤカシにモテすぎだろ開登」
「流行っとらんわ。小娘一人無事でも世界がこのままではなんも解決せんだろ。その先を思考しろ」
などとハイテンポのアホ会話が展開されたが、サカサヒガンの発言は一理ある。他二人の発言はスルーしておくが、とにかくサカサヒガンの発言は、どこか希望が感じられた。
「——サカサヒガン。その、もしかして何か手があるのか?」
俺の問いかけに、サカサヒガンは首肯した。
「なけりゃとっくに小娘へ身体を譲り渡しておるわ。最期の逢瀬を楽しめとな。くくく。
——だが実際は、打つ手はある。あるんだよ小僧」
そうしてサカサヒガンは、俺の手を取りこう言った。
「——行くぞ小僧。小娘との共同作業、その予行演習だ」
「は?」
マジの「は?」が出る俺を見て、サカサヒガンは「はぁーーー」とため息。
「小僧さぁ。共同作業と言うたらケーキ入刀じゃないのか?」
「だったとして現状と何の関係があるんだよ」
「出さんかナイトミスト。アタシがくれてやった結界魔剣、あんじゃろが」
ほれほれ、と手をクイクイさせるサカサヒガン。え何? 本当にケーキ入刀なんですか?
「いやあるけど——
というわけで魔剣ナイトミストを具現化させると、サカサヒガンはこう言ってきた。
「今からこれで、地球に入刀ぶちかますぞ」
「地球ってケーキだったんですか?」
この終末的状況で、なんともマヌケなことを言う俺だった。
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