第3話 彼女の瞬き

彼女がいなくなって、一週間が経っていた。

彼女の両親はおやじの前で、土下座をした。

「まあまあ」と言う親父も、口ではそんな事を言ってはいるが、当然だと言う顔をしている。

親父からすれば、顔を潰されたと言うことらしい。

うちは造り酒屋をしていて、一応名士と言うことになっているらしい。

跡継ぎは兄貴なのでまだ良かった。

跡継ぎの見合い相手が駆け落ちしたなんてことになっていたら、それこそだ。

俺は次男なのでさほどのダメージはない。


「いきなりは。イヤなら、普通に断ってくれれば良かったのに」と親父はひれ伏す彼女の両親に出来るだけ優しく言った。

まあ親父の言っていることはその通りだが、力関係で言えば、断ることは難しかったのかもしれない。

彼女もそれが分かっていて、黙って東京に行ってしまった。


あの見合いの席で、彼女は俺に瞬きをした。

それは困惑したような、困ったような、そして悲しそうに。

その瞬きの意味は、俺には分からなかった。

なぜあのタイミングで瞬きをしたのか、誰かに何かを伝えたかったと言うより、おそらく気持ちの表れだったのかもしれない。

俺にも責任はある。

彼女を追い詰めてしまったのかもしれない。

俺が彼女を知ったのは、中学くらいのときだ。

活発で、笑顔が素敵で、誰からも好かれていた。

三歳も違うから、なかなか接点はなかったけれど、いつしか好きになっていた。

初恋だったのかもしれない。

卒業した高校に彼女が入学した。

これで先輩、後輩になれたと思ったが、こんな田舎では高校の数も限られているから、同じ高校出身なんて、石を投げれば当たるくらいいる。

東京の大学に行っても、彼女のことはずっと好きだった。

付き合っていたわけではないから、会うことはなかったが、見かけることはあった。

でも大学の頃はそれすらもなく、そのせいでより彼女のことを好きになったのかもしれない。

いつか彼女に告白しようと、一生懸命努力して市役所に入った。

地域のリーダーになろうと、みんなが嫌がる消防団にも積極的に参加した。

俺は彼女を愛していたんだ。

なら見合いなんてステップを踏まず、普通に告白していた方が良かったのか。

その答えは今もわからない。

でも本当に愛していた。


彼女は東京の彼の所に行ってしまった。

噂では彼は東京の片隅でバイト生活をしながら、夢に向かっている人らしい。

それを応援するために、彼女は東京に行った。

あの見合いの最後、彼女の瞬きがいったい何を意味していたのか。

彼女の気持ちの表れが何を意味していたのか。

俺にはまだ分からない。

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あの瞬きの意味 帆尊歩 @hosonayumu

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