虚蝉の声

軒下晝寝

第一話 俺だけ能力者な件……やっぱ違ったっぽい

 中二病。

 それは思春期の少年少女に発症する病気ではない精神の患い。

 さまざまなパターンのある中二病だが、それが簡単に治ることも、治ったからといって影響がゼロになることもない。


「ヒャッハー! 騒音マッシーンどもめ、迷惑料徴収だぁッ!!」


 曰く点穴師。

 曰く打てども響かずマネキン

 曰く静音家ノイズキャンセラー

 曰く。曰く。曰く。

 異名には事欠かず、本名を知られない彼の真名は『秋流あきる紅葉あかは』。

 不運なことに中学2年の頃に異能に目覚めてしまった彼の名だ。


「1,2,3,4……はぁ、微々たるモノだな」


 知る限り自分ただ一人、異能を有した結果どうなるかといえば。力を持て余し、その振るう先を探す。

 その向かう先は。

 深夜に騒音を撒き散らす非行児たち。

 そのことごとくを叩き倒す紅葉。

 そして動けなくなった彼彼女らの財布からそれぞれキッチリ半分を徴収する。

 キリがいいならそれでよし、小銭が足りないならば自分の財布から追加してキッチリ半額。


「最近は全く金を持っていないではないか。……遠くへおもむくのも良いかもしれんな」


 彼ら彼女らが反抗しないのは紅葉が強いからか?

 いな。

 もちろん強いのはあるが、だからといって一人で十を超える人数を相手して勝てるほど甘くはない。

 では何故か。

 それは彼の『異能』が理由だ。


「くぁ……ねむ」


 異能の力。

 その内容は『距離の操作』。

 紅葉はそれを【伸縮自在】と名付けた。

 対象は生物非生物実体非実体を問わない。

だから針金クリップを鉄棒にも、ペーパーナイフを刀にすることもでき。

 1ミリを1キロに伸ばすことすらできる。

 僅かな空間を膨大に膨らますことができ、殴られた時にその距離を挟むことで防御することも、立ち上がろうとする非行児の背に1キロを背負わせることで地面を腕で押しても起き上がれない状態を作る。

 腕の力だけで1キロを移動することは難しく、ましてや起き上がるような1秒にも満たない時間でそれは人間にはまず不可能なのだから。


「どうやら今日の夜闇は私を嫌うらしい」


 偽装するために行っているツボを押すしぐさ。

 能力を知らない者たちはそれゆえに『点穴師』。

 殴れど蹴れども狭く膨大な距離に阻まれるがゆえに『打てども響かずマネキン』。


「仕方あるまい。今日は一度退くとしよう」


 眠気に仰々しいセリフをつける紅葉。

 財布の膨らみと重さに満足感を得ていると足元の影が揺らぐ。

 だが街中で、ましてや未成年が深夜にそんな目立つ振る舞いをという思考もあり紅葉は足元に視線など向けない。

 そうして家へと向かう紅葉が周囲の視線から切り離され孤立したとき、その姿がかき消えた。

「……」

 静かにさせられた夜。

 月明りはなく、伝統だけが道を照らす。

 紅葉のいた場所の後ろに1つの人影。

 それは満足げな笑いを一息零すと姿をかき消す。




「っあ?」


 紅葉の視点でいえば唐突。

 まるで2つのシーンを間を抜いてくっつけたような、アニメでいえばパートの間のアイキャッチを抜いたような唐突さ。

 夜闇から朝焼けの空。

 気温感覚からして変わらず初夏。

 そこは建物に囲まれた――どこかの中庭だった。


「ひひッ、お困りのようですねお兄さん」


 歯かったかのように背後に立っていた背の低い存在。

 見た目からでは性別が判断できず、幼い顔立ちにもかかわらず表情や顔色などが妙に子ども離れしてみえた。


「ふむ。……幼子よ、貴様が犯人か?」

「犯人? いえいえ。私はただの案内人ですよ。世界を自在に渡れるのは灰島様くらいのものです」


 妙な声色の子は愉快そうに笑う。


「灰島? そいつが犯人か?」

「犯人、というと人聞きが悪いですが連れてきたのはおそらく灰島さまかと」


 直後、紅葉はその背後に回って後ろ手にその首を掴んでいた。


「何が目的かは知らぬが……断りもなしとは不愉快だ。殴りに行く、仲間の下へ案内しろ」

「ぅくっ……私などが灰島さまの仲間など、ありえませんよ。ハンターになれすらしない私と、上一級ハンターの灰島さまでは……」

「……そっか。脅してごめんね、お詫びになるかはわからないけどお金あげるよ。あ、てかここって日本円使える?」


 掴んでいた首を離し、再び目の前へ戻った紅葉はその手に数枚のお札を握らせる。


「え、ええ。電子が主流ですが現金も――いえ、私などお気になさらず」

「いいよいいよ、どうせあぶく銭だし」


 そうはいうが、受け取れないと握らされたお札を返すように手を持ち上げ、そこで初めて握らされたお札の額と枚数を理解する。

 種類は一万円札。枚数は四。

 子どもに渡すにはあまりにも多かった。


「受け取れませんよこんな額!?」

「ああん? 私の金が受け取れねえってのかぁ?!」

「ひゅッ……あ、ありがたく頂戴いたします……」

「うんうん。子どもは素直が一番だよね~」


 ドスの利いた声音と睨みで涙目を見せる。

 詫びの金で怖がらせてどうするというツッコミをする者は誰もいない……。


「キミ、名前は?」

「え? あ、はい。わたくし、笹舟ささふね流夏るかと申します」

「笹舟、ルカか。ルカの字がわからないんだけどどういう字?」

「笹の葉の舟で笹舟、流れる夏で流夏。でございます」

「風流だね~。ちなみにぼくは秋流紅葉。秋が流れるであきる、それと紅葉もみじだったり紅葉こうようであかは」

「紅葉さまも風流でございますね。百人一首の『やまがはに かぜのかけたる しがらみは ながれもあへぬ もみぢなりけり』を思わせますね」

「お、小さいのによく知ってる」

「以前本で読みましたので」


 見た目は小学校低学年ほど。

 自分が百人一首を習ったのはいつだったかと記憶を探すが思い出せず、誤魔化すように頭を撫でる。


「……ごめんなんだけど。女の子? 男の子?」

「女でございます。子、というには少々歳はとっておりますが」

「ん? ……ん? …………いくつ?」

「今年で19でございます」

「えっ……実質1個上? うせやろ……」


 来月で18になる紅葉。

 そしてルカは今年で19。

 にわかには信じがたい話だが、嘘はついていないとなんとなくわかり、驚愕が大きい。


「えっと……頭撫でてごめんない」

「いえ、お気になさらず。私を知らない方にはよくそういうことをされますので慣れました」

「ん~……そっかぁ……」

「敬語も特にはお気になさらず」

「そう? ならそうするけど」


 本人がそういうなら、と特に気にしないことに。


「で、ルカさんは案内人なんだっけ? ここはどこで、どこに案内されるの?」

「そうですそうです、忘れていました。ここは境界世界『SS400』という時空間でございます。これから案内いたしますは紅葉さまの所属する『ギルド』、『セトラーズアカデミー』、そして『寮』の3つです」


 ルカの言葉とともに宙に3つの建物が投映される。

 立体映像技術、少なくとも機密などでない限り現代技術では存在しない。


「SS400? 鋼材、じゃないよね? なにそれ?」

SettlersセッターズSaucerソーサー400。直訳すれば『400番目の開拓者たちを受ける皿』ですね。調査によって判明した無数の安定した境界世界の400番目ということです。境界世界というのは沢山存在する異世界と現世の文字通り境界に存在する世界のことでございます」


 境界世界。

 それは両世界の世界法則が混在する時空。

 現世の鉄やヘリウムなどの現世元素と、異世界のアダマンタイトなどの異世界元素の混在があり。

 人間の記憶が具象化する境界世界では科学文明と魔導文明の混在した建造物が生えた世界がある。

 通常ならば2つの世界の法則とは反発し合い、崩壊するモノだが。

 それらが偶然安定して両立することがある。

 それがSS。境界基地として利用されているのだ。


「開拓者たち……。……なにが目的でここに住んでるの?」

「異世界が存在すれば、確率によっては必然的にそこに住む存在もおります。通常であれば世界の移動など不可能に等しいことですが、稀に自然現象的に両世界に穴が開くことがあります。穴が開けばどうなるか」

「未知の病原体の発生、危険生物の流入、とか?」

「はい。それもありますし、絶妙なバランスで存在している現世が異世界の流入によってバランスを崩して崩壊してしまいます」


 異世界から日本へ、あるいは日本から異世界へ。

 未知の病気によってどちらかが被害を被る可能性がある。

 また、決まった法則で動いている世界に想定外の法則が流れ込めば世界は異常を来たす。

 例えば、現世よりもクーロン力が弱い世界が存在するとして、その世界法則が現世に流入すればどうなるか。

 クーロン力は電荷による斥力や引力。原子核は正電荷でありその周囲の電子は負電荷のため、そこに働く引力が弱まり物質が不安定になる。

 あるいはクーロン力が強まれば原子核を構成する陽子の斥力が増幅し、原子核の不安定化、そして崩壊。つまり放射性崩壊を起こし、核分裂が起きる。

 どちらにせよ物質は、原子は崩壊し、それが地球全体を覆う範囲で起これば刹那の内にすべてが塵となるのだ。


「実証はされておりませんが世界はシステムで動いているという説があります。仮にそれが事実とすれば突然知らない要素を演算することになれば演算負荷によってシステムダウン、つまり世界の崩壊が起こるかもしれないと言われております」

「それを防ごう、ってこと?」

「はい。力場を操作し、安定化させることで世界に穴が開かないようにしているのです。また、異世界に知的生命体が存在し異世界侵略を企んでいるとしてもそういった強いから世界の壁で防げる、とも」

「ふ~ん」


 信じがたい話ではあるが、理屈としては納得できると紅葉は少し考えこむ。

 そして同時に自分の異能に関しても。


「ぼくの持つこの力も。その異世界の影響ってこと?」

「その通りでございます。対処はしておりますが現状の組織の力では完全には対処しきれません。僅かに漏れてしまった異世界の因子が消滅前に人間に介入することがあり、それによって超能力に目覚める、ということが稀にございます」

「ふ~ん」


(異能発現から4年くらい。……まあ、気にしなくていっか)


「その因子に影響された結果呼ばれたのがこの世界の人、ってこと? ならルカさんもそういう力あるんだ」

「その通りです。とはいえ……ひひッ、私など矮小な力でございますが」

「そうなの? どういう力?」

「このような、小さな板を生み出す程度ですよ」


 宙に浮く透明な板。

 紅葉には見えているが、通常ならば不可視に近い透過率。

 大きさは手の平よりも小さいが、ある程度の硬さがあり、触ればツルツルとしている。


「ほう、不思議なモノだな。これは空気を圧縮したモノではないな、しかして空間隔絶によって生まれたモノとも感触が違う。未知の物質を創造形成する力か、付随して浮遊能力――いや、空間固定能力か? 土台を必要としないのは確実だな。それに簡単な力では壊せず、摩擦力も弱い――」

「あ、あの? 急にぶつぶつどうしたのですか?」

「……大きさはコレが限界?」

「鍛えれば多少は大きくできますけど……戦いには使えませんし、生活にも研究にも役立ちませんし……」

「ふむ。やはり私同様使えば強くなるか。形状も可変、厚さも可変だろう。破壊に必要な力は――7割程度の力で殴ったくらいか」

「あ、あの~?」


 自分の異能を使って空間をズラす。

 その力加減でどれくらいの力で破壊できるのかを確かめる紅葉。


「ああ、ごめんごめん。ルカさんの力、結構強いと思うけどな~。まあ個人の自由だし気にしない気にしない。話を戻そうか。え~と? 案内だっけ? じゃ、ルカさんよろしくね」

「え、あ……はい……。ではまずはギルドへご案内いたします……」

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