第2話 二代目山本勘助、信玄の軍師となる
1571年、武田家の本拠、躑躅が館に一人の若者が訪れた。髷を結わず、長く伸びた髪を首の後ろで一つに結い、その髪は腰のあたりまで達していた。長刀を背負い、珍しい水色の着流しで初夏の風の中を颯爽と歩いてきた。
若者は躑躅が館の門番に告げた。
「自分は勘助の一子、山本一心。二代目山本勘助である。仕官をしたい」
信玄は彼を中庭に招き入れ、側近の武士、黒木と木刀で立ち会わせ、その実力を試した。
木刀を上段にかまえた黒木に対して、勘助は木刀を下段にかまえた。
「むっ、地擦りの剣!」
黒木はうめいた。
次の瞬間、素早い身のこなしで、勘助は片膝をついて黒木の脇腹に木刀の剣先を押し当てていた。黒木が木刀を振り下ろす暇も与えなかった。
「こ、これは……。まいった。さすがでござる」
黒木の顔には脂汗が垂れていた。真剣ならば、彼は息絶えていたはずであった。
信玄は言った。
「勘助、中に入れ。武芸に強いだけでは仕官をさせることはできぬ。軍学にどれだけ詳しいか、披露してもらおうではないか」
一同は座敷に入った。
上座に座った信玄の背には、天照大御神と諏訪大明神の二つの掛け軸があった。
勘助は座敷の中央に正座し、左に長刀を置いた。
勘助を取り巻くようにして、武田家の高級武士たちが勘助の右側と左側に居並んだ。
勘助の右側の列の先頭には武田勝頼がいた。
勝頼は、当時27歳の意気揚々とした若者であった。どこか生まれの良さを鼻にかけた傲慢な雰囲気もあった。
そして、左側の列の先頭には真田昌幸がいた。昌幸は当時32歳。猜疑心の強そうな顔の男だった。
「されば……」
勘助は孫氏の兵法から始まる軍学を語った。
軍学の講釈は耳に聞こえが良く、理にかなったもので、半刻(約一時間)も続いた。
「ふむ」
信玄は言った。
「今は亡き勘助に初めて会った日のことを思い出す。あの日もこうして勘助は軍学を語ったものだった」
信玄は続けた。
「いいだろう。仕官の儀、叶えて遣わす。軍師としてな。おぬしの父親が住んでいた勘助屋敷は残っている。そこに住むがよい」
「ありがたき幸せ」
勘助は平伏した。
「納得がゆかぬな」
そう口をはさんだのは、真田昌幸だった。
「納得がゆかぬとは?」
勘助は訊いた。
「おぬし、何か腹に秘めたることがあるな。この昌幸の目はごまかせぬぞ!」
その言葉を受けて、勘助の頬に微笑が浮かんだ。
「さすがは真田殿。人の心を読むのが巧みでござる。いかにも拙者は腹に秘めたることがあって御屋形様に仕官の申し出をしにまいった」
「なんだ、その腹に秘めたることとは」
信玄が言った。
「御屋形様に天下をお取りいただく確かな計画でござる」
「なに……!」
信玄の眼光が鋭くなった。(続く)
勘助が征く! 沙羅双樹 @kamyu_winter
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