勘助が征く!

沙羅双樹

第1話 その男、二代目山本勘助

1570年、初夏。


信玄の屋敷、躑躅ヶ崎館はその名の通り、周囲を躑躅が咲き乱れていた。門番の二人は、のどかな陽気に眠気をこらえて立っていたところ、若い男が現れた。


男は、二十二、三歳ほど。水色の着流しを纏い、長い髪を後ろで一つに結び、髪は背中の中ほどまで垂れていた。背には長刀、腰には小刀を差しており、顔立ちはかなりの美男子であった。


門番の前に立った男は、はっきりと言った。


「御屋形様にお目通りを願いたい。仕官の儀に参った」


門番の一人が声を荒げた。


「仕官だと? まず名を名乗れ」


男は少しも怯まず、むしろ爽やかな顔つきで応じた。


「山本一心。二代目山本勘助と申します」


「何? 二代目山本勘助だと?」


門番は目を見開いた。


「川中島で討ち死にした勘助の忘れ形見よ」


「まさか……そんな話は聞いておらんが」


門番は相手をじっと見つめた後、やや納得した様子で頷いた。


「確かに……どことなく似ているかもしれん。報告してくる」


しばらくして戻ってきた門番は、短く言った。


「中庭に通れ」


男は一礼し、館の中庭へ進んだ。縁側には信玄が胡坐をかき、左右には武将たちが並んでいた。信玄は男を一瞥すると、口を開いた。


「ほう、勘助に嫡男がいたか。顔つきもどことなく似ておる。あいつは不細工だったがな……。で、母親は誰だ?」


「越前の桂美冬でございます。信長の越前攻めで落城し、城内で自害しましたが、私だけは家臣に助けられ、逃れました」


信玄は頷き、しばし考え込んだ。


「勘助が越前に行っていた話は聞いていたがな……。とはいえ、いきなり仕官させるわけにもいかん。黒木!」


「はっ!」


隣にいた武士が立ち上がり、信玄の命を受けた。


「お主、木刀を持って二代目勘助の腕を試してみよ」


黒木は中庭へ降り、木刀を構えた。


勘助は笑みを浮かべ、


「怪我をしても知らんぞ」


と、言った。(続く)







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