第十八話 続・海風香る神明社-友加里の秘密基地
そして友加里には幼なじみの
友加里は春浅い日に、勤務先の運輸器具メーカーから帰宅途中に、乗り換え駅で大介を見かける。スタジャンにニット帽で、寒そうに改札前に立っている。
友加里は、ここから小田急線に乗り換えて最寄りの駅に行くのが通勤路だ。この最寄り駅の通り沿いに、地域の氏神さま、神明社が鎮座している。引地川と駅の間にこぢんまりとしていながらも、存在感と清潔感の同居する神明社だ。
さて乗り換え駅のコンコース。
「よう、大介。何してんの? こんな大きな駅の往来で」と笑う友加里。
「うん、友加里を待っていた」と頷く大介。
首を傾げて、「私を? 家が隣なのにわざわざここで?」と不思議な顔だ。
大介はあたまを掻きながら、「稔に聞かれるとまずいんでね」とポツリもらす。
「ん?」
友加里は何か訳ありだと踏んで、この場で話を聞くことにした。
二人はこの乗り換え駅である藤沢駅近くにあるアメリカンテイストのドーナツショップへと移動する。そこの二階でコーヒーを飲みながら話すことにした。
友加里は春物のハーフコートを隣の席の背もたれに畳み掛ける。オフィス勤務の友加里はブラウスにカーディガンの春らしい服装だ。
「で?」
友加里の言葉に「実はさ……用件は二つある」と切り出す大介。昔から彼の性格というのは、唐変木で用件を感情無く述べるタイプだ。余計な詮索をしなくて良いので、友加里には居心地がいい。
「うん。で、一つ目は?」
急にへらへらして顔をほころばせる大介。
「この度、オレめでたく無職になってさ」
斜に構えた目線の友加里は、
「笑ってる場合か? なーに? お金ならおじさんとおばさんに相談しなさいよ」と温かな忠告をする。
そして「まあ旧知の仲、武士の情けで、家族にバツが悪いというのなら当座のお小遣い程度なら貸してあげる。催促なしのある時払いで」と付け足して笑う。
「いや、お金なら退職金がそこそこ出たんで困っていないんだ」と大介。
「あ、そう……」
見当外れの思惑に、不思議そうに頷く友加里。
「じゃあ、なに?」
「おれさあ、独立して会社を作るんだけどね。稔の力が必要なのよ」
大介の言葉に目をパチクリさせる友加里。『今なんて言った?』と訊ね直しそうになるのを堪える。そして再確認の言葉だ。
「稔の力?」
まるで、さも珍しい天然記念物を見るような目で大介を凝視する友加里。
「そう」と頷く大介。
「アンタ、ウチの稔が今、どういう状況下にあるか知っているわよね」と彼女はコーヒーを飲み干してカップをトレイの上にコンと置いた。
「知っている」
「姉だし、身内だから悪くは言いたくないけど、他所様に頼りにされるような部分は……。迷惑をかけたくないしね。あの子、この二年、絶讃引きこもり中で、オタクのニートなのよ。社会との繫がりゼロで毎日部屋から出てこないの。経済活動からは一番遠い場所にいる人物よ」と顔をしかめる友加里。
「それも知っている」
「知っているって、その稔にアンタ、何をやらせたいの?」
「商品知識の博識を活かしてもらいたい」
「しょうひんちしきい?」
既に彼女は『バカも休み休み言え』と言いたいような表情、眉をひそめた。
続けて友加里は「流行や経済とはほど遠い。あの子が分かるのなんて、アニメの登場人物ぐらいよ」と大人の対応で頷く友加里。
「それだよ」と親指を立てて笑顔の大介。
「へっ?」
「いまね。東京では、アニメ関連グッズ商品のセレクトショップが大流行しているの。購買意欲のないこの時代のマーケットにおいて、若者は価値のあるものにはちゃんと対価を支払うのよ。その傾向はいつの時代も同じ。この冷え切ったご時世の中、何故か『推し活関連』と『アニメ商品』、『ゲーム課金』は比較的商売として成り立つ時代なんだよ」
「はあ?」と半信半疑の友加里。
「子どもの頃、友加里と稔とオレ、三人でさあ、ウチの隣の空き地に段ボールで、秘密基地作ったじゃない?」
脈略のない話題転換に舵を切る大介。
「また懐かしい話を……」と友加里。
「今、それの大人バージョンを考えているんだよね」と大介は笑う。憎めない笑顔がまた友加里をたきつける。
額に手を当て顔を被って、苦悩のポースで友加里は、
「あんた、いい加減成長しなさいよ。それじゃ頭の中、小学三年生のままじゃない」と困った様に言う。勿論友加里の脳裏には、段ボールで作った秘密基地に、大人になった友加里と大介と稔が入っているという、とんでもない妄想が映し出されている。
「オレさあ。真面目に会社員やって思ったのは、他人が作った土俵じゃなくて、自分の世界で自由に生きるのもひとつの方法かな、って悟ったのさ。ほら金目の模型屋のようにさ」
同級生で同じ町内に住む
「たーちゃんの話?」
「うん」
「確かに彼は小学校の時から手先が器用で、図工が得意だったもんね。しっかり者の葵ちゃんがお嫁さんだしね」
「前にさ、人形山車のお祭りで神明さまに行ったら、ちょうど会ってさあ、その後、ちょっと葵ちゃんの実家のお好み焼き屋さんで人生相談したのよ」
「アンタ、なに『愛してナイト』を地でやってんのよ」と笑う友加里。
「それで、金目も結構稔のこと気にしていたみたいで、ごく希にガンプラを買いに来てくれるんだって」
「稔が? ガンダムの模型なんて作るんだ」
「うん。それで金目には気を許しているようで、結構いろいろな事を話すんだってさ。今の自分の気持ちなんかも……」
「何それ、初耳」
「金目の話だと、稔はアニメのキャラクターを結構知っていて、わざわざ東京まで買いに行っているって言っててさあ、あそこまで詳しいのならいっそ自分で店開いちゃえばいいのに、って金目も笑っていたんだ」
「そんなに詳しいの?」
「金目がいうには、物凄い知識量だって言っていた」
「ふーん、知らなかった」と頬杖ついて窓の外の行き交う人を眺める友加里。家族でも結構知らないことは多そうだ。いや家族だから話せないこともあるのかも知れない、そう思い直した友加里だった。
そのまま友加里は「で、二つ目。もう一つの話は?」と思い出して訊ねた。
「うん。このことと関連するんだけど、お前との結婚資金はちゃんと取っておくからさ、稔とセレクトショップを始めさせてくれ」と頭を下げる大介。
いきなりのことに「ちょっと待った!」と友加里。顔を赤らめて五本の指を大きく開いて「待て」のポーズ。
『結婚資金』というワードに過敏に反応した彼女。弟のこと、セレクトショップの話などどこかにぶっ飛んでいった。
『なに、どういうこと? いろいろ途中経過が取っ払われていますけど。私の気持ち見透かしていたって事?』
嬉しいのと、恥ずかしいのと、対応できない、状況判断もできない、今の自分の気持ちは完全なパニック状態である。
「アタシ、いつアンタと結婚することになったの?」
「今」と悪びれもしない大介の天真爛漫な笑顔。いつもの彼だ。こう言うヤツなのだ。
「アンタ、バカなの?」
「大丈夫、その言葉、お前には子どもの頃から言われているから問題ない」
「そう言うことじゃなくて、しかも今の二人には問題あり過ぎよ」
「なんで?」
大介は皆目見当も使いないと言うような顔である。
「私の気持ち不在で話を進めるな」の友加里の言葉に、
「あれ?」と予想外の反応に出くわしと言う顔で大介は首を傾げた。
「なに?」
「葵ちゃんの話だと、『友加里ちゃんの好きな人は大介先輩だよ、きっとプロポーズ待っているはず』って言っていたのに、違った?」と悪びれた様子もなく淡々と言う。
葵は模型屋の金目の妻である。旧姓は
友加里は『やってくれたな、お好み焼き屋め』と半分諦めの笑顔だ。こちらにも思い当たる節がありそうだ。結局は友加里にとっては照れ隠しの嬉しさというヤツである。
「あたり」とボソッと呟く友加里。
今度は「えっ?」と逆に訊き返す大介。
「もう一回言うの?」
「うん」
「あたり。大介のお嫁さんになりたいよ」
結構素直にこの台詞を吐ける自分に驚いた友加里。
「本当? よかった。ここでふられると秘密基地も遠のく」と苦笑い。
「でもアンタが無職は想定外だったよ、私が養うの?」と困った顔だ。
「まさか、商売は軌道に乗るよ」
「何でよ、根拠のない自信を持つな」と忠告モードの友加里。
この飄々と物事に対処する彼の持ち味はいつでも友加里の肝を冷やす。彼女には危なっかしく見えるようだ。
「その秘密基地は、金目ん家の納屋を改造するからほぼただ同然の家賃だから、固定費用は光熱費程度。在庫は雑貨品なので仕入れ値が安いし、もともと若い子たちが集まる場所だから、隣の模型屋と相乗効果もあるだろうしね。金目と事前にその辺は話しているんだ」ともっともらしいマーケティングの理由を話した。いわゆる駄菓子屋商売的なマーケティングである。
トレカ、模型、プラモデル、工作用品、アニメDVD、コミック、アニメ雑誌、ガチャポン自販機などが揃った二店舗に、模型教室と人気コンテンツ作品の上映会などが揃えば鬼に金棒のお子様天国である。
大介の説明に少し安堵する友加里。確かに隣に金目夫妻がいるのは心強い。
「ご近所さんの協力も痛み入るご厚意。そしてなによりも幼なじみのアンタのその手腕に託してみますか。この勢いで稔の説得に行ってみよう」と友加里。
「ありがとう」
その言葉には一応「どういたしまして」とお辞儀を返した友加里だが、内心は『引きこもりニートと無職の幼なじみ、それに嫁ぐ三十過ぎの花嫁か。ギャグにしかならん』と自分の人生をしみじみと省みた。だが二十年ごしの初恋を成就、手にした友加里は、弟の件も含めて背負ってくれる大介により一層の好意を感じるのだった。
初夏のある日、搬入も終わってついにアニメグッズのセレクトショップが開店する。コミックブース、雑誌コーナー、映像ソフトブース、声優関連商品ブースなどの開店特売品、お宝目当ての十代の子どもたちが開店前に列をなす。
もちろん仕入れ商品の選択はすべて稔である。彼の目に狂いはなく、売れ筋の人気コンテンツを中心にグッズを揃えているので、それを目当てに人は集まる。その光景を大介と友加里は満足げに見ている。
自分の特技を活かした仕事に就くというのはとても大切なことである。それを実証した形だ。
そして水を得た魚の様に稔は毎日、仕事場、秘密基地に入り浸り日夜熱心に商品知識を得ることに余念が無い行動を取っている。またご近所の金目模型店にも楽しそうに出かける。時折、孝彦と稔で神明お参りまでしているのだ。人は変わる者だ。場所さえ間違えなければ、その能力を発揮できるのである。それを見極めたのが友加里の婚約者大介の大手柄ということだ。
ただ一つだけ友加里が気になっていたのは店の名前だった。看板を見てため息一つ。
『はあ。この店名。他に候補はなかったのか? そのままじゃないの』とひねりのないストレートな大介のネーミングセンスに彼らしさを感じていた。
『アニメ関連用品セレクトショップ 秘密基地』
その看板前に初日開店待ちの行列。隣の模型店の金目夫妻も乳飲み子をだっこして見物に来た。
「先輩」と葵。子どもを抱えて、大介に声をかける。
「ああ、葵ちゃん。いろいろありがとうね」
「いいんですよ」
並んで看板を見ながら、
「でもなんで友加里がオレを好きだって教えてくれたの?」と訊ねる。大介は不思議そうな顔だ。そもそも二人に恋愛関係なんて御法度くらいに思っていた大介なのだ。だから恋は進展しなかった。
「たまたまウチの実家に帰ったときに、友加里さんがウチの店で一人のみをしていて、結構深酒の日があったんです」
「友加里が?」と不思議そうな大介。いつも真面目にしなやかに生きている友加里にしては珍しいし、彼女のそんな姿を彼は見たことはなかった。
「声をかけるとその日が誕生日らしくって、少々おセンチなっているって教えてくれました。しっかり者の友加里さんが、って驚いたけど、手には縁結び、恋愛成就のお守りが握られているし、本気だって思ったんです」
大介は顎を指で摘まみながら、「そっか」と納得した。
「それで暫くして、どうやら大介先輩から告白してくれないから三十を超えてしまったって、ホロホロと涙酒になってしまいまして。女性ひとりの涙酒は同性として少しくるモノがあって。ガラにもなく少々余計なお世話をしました」と伝えた。時折、子どもの機嫌を取るようにだっこしている掌にゆるくリズムをとる葵。
「余計なお世話、ありがとう。おかげで幼少期からのこの関係がそのままいつまでも続きそうだ。幼なじみは最強の理解者だからね」と大介。
その言葉に笑顔で頷く葵は「私もそうだから」と返す。
立ち話のふたりの会話。そこにケロッとした顔で友加里が入って来た。
「なに話しているの?」
「いや、大成功だったなあ、ってね」
大介の言葉に「ああ、そうね」と頷いて点頭する。
そしてどちらからともなく手を繋ぐ大介と友加里。
ここに弟の活躍の場所も与えて、大介は小学校三年生の延長戦を、三十歳にして復活させた。それは遠い昔の淡い恋心もひっくるめた少し胸が熱くなる出来事だった。
何よりも友加里の思い。心中は『一念岩をも通す、諦めずに良かった』という感じだ。そんな真っ直ぐな恋心を抱いて、頼りがいのある大介にそっともたれかかる友加里だった。
了
神明社のある街角の風景-恋と御縁の浪漫物語- 南瀬匡躬 @MINAMISEMasami
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