元ヤン彼女と年越しドライブだッ!

燈夜(燈耶)

元ヤン彼女と年越しドライブだッ!

スマホが震える。

戸建て自宅二階北東の部屋、つまり俺の部屋に柔らかな冬の朝日が差し込む。

スマホの震える動きと、光のうららかさに包まれてで俺は覚醒した。


頭がくらくらする。

気のせいか、体が重い。


スマホに再び目を落とす。

画面。

確認。

間違いない、発信者の相手はよく知る相手だ。

腐れ縁、とでも言っておこう。


そういえば、昨日約束していたのだった。


俺は衣服を着替え始める。

途中、俺は窓越しに道路を見る。


──いた。

目立つ赤髪。

予測したとおりの人物が。


セーラー服に、黒革の指ぬき手袋、そして脱色どころかクリムゾンレッドに染めた腰まである長髪。

俺より高い身長の、背筋をまっすぐに伸ばした堂々たる態度。

そしてその口にはタバコらしきもの……と、見せかけで俺にはあれが「ココアシガレット」という駄菓子であることを俺はよく知っている。

ともあれ。

彼女は俺の家に轟音を吐く漆黒の車を……いや、まごうことなきヤン車を止めて、スマホ片手に俺を待つ。


「ちょっと、ちょっとサイ君! 起きてるの!? ちょっと大変なのよ!」


 俺を呼ぶ、母さんの裏返った声。


「ああ、母さん今行くよ」


 俺は大声を出す。

寝起きにはきつい、大きな声で。


 俺はシャツにGパン、そして黒いジャンパーをひっかけて階段を降り、外をガン見している母さんを見つける。


「サイ君、あ、あの子は?」

「友達だよ」

「車、車よ?」

「そうだね、ドライブに行くんだ。約束してたんだよ」

「でも、でも、あの子女の子だし、セーラー服よ!?」

「そうだね、彼女は早生まれなんだ」

「お、お友達なの?」

「そうだよ」

「学校は休みよね?」

「あの子にとってはセーラー服が私服みたいなもんさ」


と、俺は適当に流す。

アイツ、どうして制服着てるんだ? などと思いつつ。


「友達は選ばなきゃだめよ!」

「大丈夫、彼女は良い子だよ」

「どこが!」

「ああ、あんな格好しているけど、彼女は成績は常に上位五位以内に入ってるし、俺より頭も運動もできるんだ」

「そ、そうなの?」

「うん、そしてあの子のお父さんは銀行員で、奥さんは喫茶店を開いてるよ」

「そ、そうなの」

「うん、だから、見た目はあれでも、良いところのお嬢さんなんだ」

「そう」

「うん、安心した? 母さん」

「そう、そうなのね、そう……彼女、彼女なの?」

「え? まあ、友達だよ」

「そう? 彼女によろしくね? あの、男は度胸よ? そして、若いうちに……学生のうちに、あなたにガチ惚れする女の子を必ず一人捕まえときなさい!」


 豹変する母さんの態度。


「お、おう」

「そう、もっと背筋を張って! 女の子はだらしない人は嫌いよ!? さあ、頑張って! 行って来なさい! 初詣に行くんでしょ!? いい思い出に、そして永遠の約束をしてきなさい! 」

「あ、ああ」

「わかった」


「よし!」


 と、母さんは思いっきり俺の背中をたたき、玄関の奥に消えた。

 俺はため息一つ。


「やっぱ見栄えも大事だよな、あのアホめ、セーラー服着てヤン車で乗り付けるなよ、まったく」


と、俺は毒を吐く。

え? 毒だろ? 毒にもならない?

そうさ。

今日誘ってきたのは毒にも薬にもならない、俺の腐れ縁の女友達なんだ。



「ね、ね! サイたんさ、お母さんこっちのことガン見してなかった!?」

「お前が閑静な住宅地にソイツで爆音を響かせながら、真っ黒なツーシーター、シャコタンのヤン車で迎えに来るからだろ!?」

「えー! せっかくの免許取り立てじゃん! どう? 花のJK、兄貴のヤン車を借りてくるってのは!」

「ああ、ああ、気持ちはわかる。フルスモークのヤン車だろ? フロントとリアの若葉マークが全てを台無しにしてるけどな!」

「ふっふっふ、コトがそれだけで終わると思ってるんだ?」

「ああ、そして帰りにはあちらこちらにぶつけて擦って、ズタボロにして兄貴さんに返すんだろ? お兄さん、一個上だっけ? 二個、三個だったか? 仕事には良いの?」

「大晦日だよ? 兄貴はとっくに正月休みだよ」

「そっか」

「そうよ。でね、私が借りてきたんだ!」

「いや、俺にはお前と楽しむこのドライブ先での未来が見える」

「え、事故るって?」

「端的に言えばそう」

「失礼な。あのね、卒検は先週だったんだよ? 教官乗せない車道は初めて! でもね、だから運転が下手くそ、ってわけじゃないからね? 今日、初めて転がしてきたけれど、私より危なっかしい運転をする車と、すでにもう何台もすれ違ったよ」

「ああ、そういうわけじゃなくてな……目的地、あの神社だろ? 山の中」

「そうだよ? 昨日も言ったじゃん」

「うん、だからね、これから行く神社も山の中」

「そうだね」

「それなんだよ、俺の心配事は! あの神社いくなら山道だな。カーブだらけ。極めつけは道、細いな?」

「気にしない気にしない! とにかくサイ君は私の初のドライブにサイたんは選ばれたのでした!」

「お、おう?」

「光栄に思いなさいよ」

「おおう、このヤンキーが、よく『光栄』なんて難しい言葉知ってたな!」

「栄誉を与えてやったのに!? 酷! 生贄じゃないし」

「おう、無理すんなや元ヤン『あーカン』」

「そ、その呼び名は止めい!」


と俺は、あーカンと共に、一抹の不安を覚えつつ……いや、諸々の不安を覚えつつ、年末最後の日の夜にドライブに出かけたのである。









ハイビームが杉やヒノキの幹を浮かび上がらせる。

右に左にグネグネと曲がった山道。

時折現れる、後続車にあおられつつ。


「あーカン、道譲ろうぜ、脇が開いている場所はねぇか?」

「え!? この私に道を譲れって!?」

「おま、後続と喧嘩でもする気か! もしかしてハンドル握ると性格変わるタイプ!?」

「違うわよ!」

「それなら、さっさと後続に道譲れ!」

「クッ……なんだか屈辱ね」

「……何言ってるんだあーカン!」

「覚えてなさいよ!?」


登坂車線の広いスペースに移動する車。

そしてすかさず後続車があーカンの車の横をすり抜けていく。


「殺す殺す殺す! 下り最強は私よ! 覚えてなさい!?」


見れば、あーカンは眉を吊り上げて、その整った顔に怒りをもろに浮かべている。

そんなコイツに俺は突っ込まずにはいられない。


「……お前はいったい何と戦ってるんだ……」

「クッ! 負けない!!」

「はあ」


こんな時には冷や汗が出るものだ。

だけど、今日の俺は握った拳だけでなく、額や腋にも温い汗をかいていた。




瞬間、俺を襲うすさまじいG。

このバカが急ブレーキを踏んだのだ。

四輪のタイヤが、煙と共に道路に黒い曲線を引いたに違いない。


「あ、危ないだろ!」

「まあまあ、サイたんは怖がりだねえ。このJKお姉さんのドライビングテクニックを舐めてない?」

「過信は禁物、この若葉マークめ!」


 ◇


「……筑後の国、一宮か」

「なんですって?」

「ああ、目的の大社だよ。こんなに古くて伝統ある神社なのに、地元の俺たちは何も知らないんだな、って改めて思ったのさ」


俺はスマホをフリック。


「ふーん」


 実に気の抜けた返事が聞こえる。

 俺の調べものに、あーカンは何の興味もない様子。


「で、まだ着かないのか? あーカン」

「そうね」


 絶妙なハンドリングでコーナーを曲がり、曲がり、スローインファストアウトを繰り返すあーカン。


「あ、また光った?」


そんなあーカンが呟く。


「何?」


俺はスマホから視線を上げて、あーカンを見る。


「白いのがチラチラとあるのよね」

「ああ、巨石文明が都市伝説であるからな」

「いや、ね? お地蔵さんみたいなのもチラチラ……」


まあ、確かに彼女の言うとおり、道の脇に時々石造りの何かが見受けられる。


「ここは昔、海岸が近かったらしいぜ? 今では海は何百キロも先にしかないけどな!」

「そう? それより……」


 彼女が急に声のトーンを落とす。


「まただ……」

「ん?」

「ねえ、気づかない? あのお地蔵さん、先ほども見たような気がするのよ」


 彼女の声の調子は平だ。


「お地蔵さんなんて、どれもこれも似たようなものばかりだろ?」

「それはそうだけど」

「気のせいさ、考えすぎだって、あーカン!」

「そうかしら」


 あーカンがまたハンドルを右に左に回しては溜息。

 もちろん俺はそんなことは気にしない。

 俺が再びスマホの画面に目を落とそうとした時だ。


「あ! また先ほどと同じお地蔵さん!!」


 そして俺の体を襲うG。

 彼女が軽くブレーキを踏んだのだろう。

 車は徐行しながら、お地蔵さんを横目に山道を過ぎてゆく。


「ね、ねえ」

「ん?」

「ぐるぐる回ってない? 私たち」


 彼女の声は幾分かすれていた。

 だけど俺はそんな彼女に飽きれるほかはない。

 だって。


「バカ言え、道はずっと一本一なんだぞ?」

「そ、そうよね、そうなのよね、なにを言ってるんだろ、変なこと考えちゃった私」


 あーカンの声が心無し震えている。


「とはいえ、確かに妙だ」

「でしょ!?」


 俺の疑問にあーカンが食いついた。


「俺、聞いたことがある。キツネだよ、狐」

「え? 今行ってるの稲荷じゃないよね!?」

「そうだよ? でも、綾香氏の代表はキツネだろ?」

「そう?」

「まあ、目的の神社は亀を祭っているらしいけどな」

「亀?」

「そ。亀は万年、鶴は千年、の亀」

「ふーん」

「水の神様さ」


 俺は得意げに。

 だけどあーカンは。


「でも目的の神社は山の上だよ?」

「聞いてなかったのかよ、大昔、卑弥呼の時代よりずっと前、この辺りまで海岸線が来てたって!」

「あ、そうだったわね。ごめん、私ってば秒で忘れてた」


 俺は溜息。

 だけど、あーカンはカラカラ笑う。


「私、興味ない事はすぐ忘れちゃうんだよね」

「知ってる。俺もだよ」

「気が合うねえ、私たち」


 ──腐れ縁だからな。


 とは、俺は言わないかった。


「でも、どうしよう?」

「何が?」

「ぐるぐる回ってるってば! 同じ場所を!」

「だから気のせい……」

「んな訳ないでしょ! 少しは考えてよ!」

「こういう時は、妖怪あやかし魑魅魍魎が相手だろ? 化け物相手なら坊主か神主か巫女か陰陽師の出番だろ!」

「真面目に聞いてよね!」

「聞いてるさ! ここ一帯は修験道の修行場でもあったらしい。不思議の一つや二つ、そりゃあるだろ」

「はいはい、おりこうさんな答えをありがとう」

「どういたしまして」

「でも、今、こうして困ってるのは他人じゃなくて、私たち二人なんですけど! それに、大晦日の夜だというのに、初詣の車も先ほどから全く見なくなったし!!」


 はあ。

 と、俺はため息交じりに考え込んだ。

 まあ、確かに。

 車の出が少ない……いや、往来が絶えたのは異常だ。


「水かお菓子か持ってるか? タバコ……ああ、お前ココアシガレット食ってたよな? まだ手元にあるか?」

「え? あ、うん、あるけど。ポッケに入ってるよ」

「どれ」


 俺はあーカンのセーラーの先、ポケットに手を伸ばす。


「きぃやぁああああああああああ! 何すんのよ!!」


 と、俺をすさまじいG が襲い、けたたましいブレーキ音と共にシートベルトが伸び切った。

 痛い痛い、胸が、首が、腰が痛い。


「な、なにするの、チカン!」

「違うって。ココアシガレット出せ。こんな時はお供え物作戦だ。今度、お地蔵さんが見えたらそのお菓子を供えてみよう」

「そ、それで大丈夫なの!?」

「約束はでいない。でも、お前ココアシガレット、どうしていつも持ってるんだ?」

「そりゃ、口寂しいし、美味しいから」

「じゃ、そんな大切なお菓子をもらったお地蔵さんは、いい気分にならないか?」


 俺とあーカン。

 一瞬だけお互いの顔をお見合わせ、瞳を重ねる。


「……あーカン、お前、自分の欲しかったもの、もしくは好みにないそうなものをもらって、どんな気分になる?」

「え? もちろん嬉しいけど」

「じゃ、やることは決まったな」


 あーカンはしばし無言で車を走らせて。


「……そうだね、その手で行こう! お地蔵さんにプレゼントだよ!」


 俺は運転手、あーカンを見る。

 うん、彼女は顔から付き物が落ちたかのように、笑ってた。





 ◇





 階段が山頂まで続く。

 提灯が並ぶ。

 甘く、そして香ばしく、さらに大声を出す客引きが並ぶ屋台の列が壮観だ。


 そう。

 結果論。

 俺たちはココアシガレット作戦を決行した。

 すると、ほどなく雅楽の調べが聞こえ。

 そして、出店の賑わいが俺たちを包み。

 さらに、除夜の鐘が鳴り始める。


「な? 言ったとおりだろ?」

「うんうん、作戦成功! ここの神様が喜んでくれたんだね!」

「そうだな」


 と、車を駐車場に停めた俺たちは露店の並ぶ参道を二人で歩き。

 本殿に祈りを捧げ。

 新たな一年の幸福を祈る。


 もちろん俺は『あーカンともっと距離が縮まりますように』と。

 彼女は何を祈ったかは知らない。

 でも、引いた御神籤が『大吉だー!』って騒いでた。


 こうして俺たち二人は去る年を見送り、新しい年を迎える。

 え? 俺の引いた御神籤?


 ──それはもちろん、大吉だった。




 ◇




 破魔弓とお守りを買って、俺たちは帰路につく。

 ああ、いい正月を迎えられた……そんな気持ちで朝、家に帰りつくと、あーカンと別れて軽く眠る。体が火照る。そう、俺、実はきっと熱がある。

 だから、自宅ベッドに倒れた実に心地よい眠り。


 ──だがしかし。 


 俺はスマホの振動ですぐに起こされたわけで。

 眼を擦りつつ俺はスマホを取って、電話に出たんだ。

 頭がもうろうとする。

 体が火照る、関節がいたい、喉がガラガラ。

 全身が怠すぎる。

 でも、そんな俺にお構いもなく、あーカンの鋭い声を耳に受けて。


「ねえ! お守りが柊の葉っぱになってるんだけど!!」


 あーカンの大声が聞こえる。

 ああ、耳が痛い。


 ──ではない。


 お守りが、柊の葉?

 俺は上着に突っ込んでいた買ったばかりのお守りを探す。


「痛い!」


 俺の指は尖ったものを探り当てる。

 背筋に走る、冷たい汗。


 俺はポッケからそれを握った手を引き出した。


 生唾を呑む。

 ああ、眩暈がする。

 うん、熱がある。それもかなりの。


 で、俺のポケットの中からは。


 ──見る。

 うん。それはまごうことなき深緑の大きな柊の葉。


 ああ、これは流行り病だろ。

 昨日も本調子とは遠かったからな。

 うん、これもきっと熱の見せる幻だろ?

 などと冷静に思いつつ、俺はベッドに再び倒れこむ。


 ──しかし。


 ああ、柊の葉が。

 その棘が、また俺の手の平を強く刺激した。

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