二人のマニキュア

dede

その柔らかな指先を包む


「だーっ!!こんなの塗れっか!!」

 ナギサが苛立たし気に叫ぶと椅子の上でのけ反った。


「ケンカ売ってんのか?」

 私はそののけ反ったナギサの顔を両手で挟むと至近距離で睨み合う。ぷにぷにのほっぺが柔らかくて、する気はなかったのについついムニムニしてしまう。


「や、やめろ!私の手が不自由な事を良い事に」


 塗りかけの彼女の爪は当然乾いてない。


「へ、へ、へ。悔しかったら反抗して見るがいい」

と、悪い笑顔を浮かべていたら、悔しそうな表情から一変してニタリと笑い、そして。


 ふぅー。


 ナギサが急に私の顔に目掛けて息を吹きかけてきた。彼女の吐息は私の頬を、そして耳をくすぐって行った。


「ひぃやぁ!?」


 私はそのこそばゆさに、何より彼女の吐息が私の頬を撫でたという事実に動揺して手を離した。


「ふ、ふ、ふ。油断したね?私はいつだって報復の準備はできているのだよ?」


 私に一泡吹かせられて満足だったのだろう、したり顔だった。

 私は、彼女の吐息が撫でた頬を手のひらで押さえる。熱い。痛いくらいに。胸の痛みに眉を顰める。


「そんな悔しかったー?ごめんねー?」


 と、私の気も知らないでナギサは気持ちよさそうである。


「あー。もう。いいよいいよ。私の方が大人になるよ。それで、爪、どうするの?」


「あ!大人の余裕ぶって私の勝ちをなかったことにしようと!」


「それはもういいから。いいから、爪。早くしないと乾いちゃうよ?……なんなら、今回は私がやろうか?」


 別に今回、ナギサは単純に遊びに来たわけじゃなかった。ちゃんと目的があったのだ。

 これまで全然お洒落に興味の無さそうだったナギサが唐突に「マニキュアしてみたい」と言い出したのだ。しかしもちろん道具は持っていない。なので、今回は私のを使ってもらうことにした。ナギサの道具は今度一緒に選ぶ予定だ。予算は聞いてないけど、さほどあるとも思えないのでちょっとずつ揃えていく事になると思う。


「うーん、確かにそっちの方がキレイに仕上がるだろうけど……」


「けど?何が不満?」


「私の練習にならない」


「なら、私の爪やってよ?」


「え、でも私初めてだよ?絶対下手くそだよ?」


「いいよいいよ。何かイベントある訳じゃないし。私も、自分でやるの面倒だって思ってたんだ。人にやって貰った方が楽でいい」


 すると、そこまで言ってようやく彼女はおずおずと


「じゃあ、いいかな?」


 と了承してくれたのだった。





「お、ここまで真剣な顔、初めて見たかも♪」


「お願い、やめて。あんまり顔見ないで。恥ずかしくて気が散る」


「やー、でも他に見る所ないんだよね」


「仕方ないなぁ」


 私は一旦、手を止めてパソコンを操作すると、彼女の好きな動画を流した。


「お。ありがとう」


 そうして、ようやく私は彼女の視線から解放されたのだった。……勿体ない事をしたなと思いつつも。でも、ずっと彼女に見られながらなんて耐えられないし。

 私は私の作業に集中する。

 彼女の柔らかい指先を優しく摘まむ。ヤスリを掛け、甘皮を処理し、表面を磨く。


「おお、塗る前にもそんなにやる事あるんだ」


「黙って動画を見てろ!」


 じゃないと私の手元が狂う。あと私の顔が赤いのがバレる。気を取り直す。下準備はできた。今度は丁寧に一つ一つの爪に筆で塗っていく。


「おしまい」


「おお、さすが手慣れてるね。早いね!」


 名残おしかったけど、終わってしまった。私はエアコンと扇風機のスイッチをつけるとキッチンの冷蔵庫からペットボトルを取ってくる。


「ほい」


「ありがとう」


 そう返事してペットボトルを開けようとする彼女の頭をはたく。


「何するの!?」


「飲むんじゃないの、指先を冷やすんだよ。その方が早く乾くんだから」


「そんな事もするの?いいじゃん、自然乾燥で」


「そっちの方がキレイに出来上がるんだよ。それに、私の爪はいつ塗るのさ?」


「あー、冷やします」




 ようやく彼女の爪が乾いた。


「おお、やっぱり上手だね!すごいキレイ」


「満足頂けたようで何よりです。それじゃ、私の番でいいのかな?」


 私は私の手を彼女に差し出す。


「うん、任せて」


 彼女は両手で私の手を掴んだ。彼女の手の温かさに、思わず手を引っ込めそうになる。

 ……落ち着け私。一回深呼吸する。


「流れはさっきので多少分かってるよね?細かい注意点はその都度言っていくから。まずはやってみて」


「スパルタだなぁー?うん、わかった」


 彼女の柔らかな指先が、私の指を優しく包むとまずはヤスリを使ってたどたどしくも整え始めた。

 ……。これ、やばいかも。真剣な彼女の表情を至近距離で好きなだけ見れた。彼女はずっと私の指先を見つめていて私の視線に気づくことはなかった。


 これ、また今度何か理由をつけてさせて貰えないかなぁ。

 そんな。一生懸命私の指をキレイにすることに真剣な彼女を眺めながら、邪な事を考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二人のマニキュア dede @dede2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画