多様性、社会、個人における自由と思想
白川津 中々
■
Aは狂おしい程に激怒していた。
「ふざけんなこのデブ! 体型認識してから服を着ろ不細工が!」
響き渡る暴言。街中で目に付いた腹だしファッションの女性に向かってとんでもない失礼をAは働いた。無論、女性も黙っていない。
「んだテメー! なに着たっていいだろうが! 自然権行使して何が悪いんだよボケェ!」
「醜くて目がいかれちまうんだよぉ! 恥ずかしい姿を街中で晒してんじゃねーよクソファットォ! ポルノサイトで#BBWってタグ付けした動画を上げる時以外その服の着用は認められねぇよ!」
「んだとテメー! 警察呼んでやるからな!」
「呼んでみやがれコノヤロウ! なに罪だバカヤロウ! 正論罪ってのがあるなら甘んじて受けてやるぜぇ!」
「名誉棄損だよ馬鹿!」
「はぁぁぁぁぁぁ? 名誉ぉぉぉぉぉぉ? テメーみたいな豚のどこに名誉なんかあんだダボがぁ! 形容される豚に謝れボケカスゥ!」
「この時代に多様性認められないテメェ―がボケだろうが! 新聞百万回読んで学んでこいや無知無学がぁ!」
「多様性! 出たよ便利な言葉がよぉ! ステレオなポリコレ棒ぶん回しお疲れ様でーす! ふざけんなバカヤロウ! 何が多様性だ! だったらどうして俺は認められないんだよ! 誰も俺を見ねぇ! 助けてくれねぇ! 底辺職で泥にまみれて金もなければ女もいねぇ! 声がでけーやつばっかり優遇されるから俺らみたいな真の弱者はいつも割を食ってんだよチクショウ! 死ねぇ! 社会!」
「なんだよおっさん童貞かぁ? 一発やらせてやろうか? 二万で」
「……!」
「嘘だよバーカ! このスケベ野郎がぁ! 結局テメーの負け犬根性は女がいない事に起因してんだよ! マスじゃなくて自分を磨けやカスゥ!」
「うるせー! 今更俺が身形気にしたってどうしようもならねぇんだよ! そんな事は分かってんだバカ! 昔から差別され虐げられ蔑ろにされてきた俺がどうやったらまともになれると思ってんだ! なれるわけねーだろゴミやろう! もう俺は自分の中にある負の感情を世界に向かって吐き出して不愉快をお裾分けしていくしかねーんだよ! お前はその被害者だ! はーん! ざまぁみさらせ!」
「哀れすぎんだろおっさん。ちょっとかわいそうになってきて冷静になっちまったわ。だけどそのルサンチマンが一番よくねーんだよ。まずは本読め本。教養と品格が身につけば見えてくる世界変わるから。とりあえず古典小説から読み進めようぜ」
「……おすすめは」
「ツルゲーネフの父と子」
「分かった」
Aは静かに頷き書店へと向かった。この出会いが、購入する本が今後の彼の人生をどのように彩るのかは予想もできない。Aが再び街中で毒を吐く事にならないとも言い切れないが、少なくとも、本を読み終わるまでは平和が訪れるだろう。
平和……と書いたが、平和、平和……平和とは、いったいなんだ。ありふれた綺麗事で塗り固められた現実こそが平和とは程遠い地獄の世界なのではなかという考えもできるかもしれない。その観点で述べれば、今の社会こそ平和とは程遠いのではないだろうか。人を社会に縛り付けるために各国があらん限りの力を行使しているようにも思える。
現在、人は社会によって生き社会によって繋がれる。全ては社会。女も金も地位も名誉も教養も品格も、社会を維持するためのパーツに過ぎないのであれば、Aが更生したとしても、それは社会の奴隷が生まれるだけだ。
社会のための多様性は社会に生きる人間にとっての正義ではあるが、万人への正義とは足り得ない。人間を社会に従属させるための誤魔化に過ぎないという結論に至る。「社会などクソ喰らえ」。そう叫ばざるを得ない。つまり、Aと同じような思考にたどり着くわけだ。
とはいえ、人に暴言を吐くのは絶対的な悪ではあるから、Aは間違いなく性格破綻者であり、然るべき報いを受けなければならない。諸兄らも街ゆく人間に対していきなり無礼を
かます事なきよう努めていただきたいものだ。
多様性、社会、個人における自由と思想 白川津 中々 @taka1212384
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