第4話 少年剣士フランツ その2




 試合開始までの時刻がせまり、会場の喧騒が増していく。

 今年は、観客の注目度も過去最高だという。何せ、大会が始まって以来負けなしで三連覇がかかる常連の賞金稼ぎと、完全無名の少年剣士。そしていずれも、苦戦すらせずに勝ち上がってきているという、非常に見応えのある対戦構図になっているからだ。


「へえ。相手さんの倍率は1.4倍。ウチのフランツは2.5倍か……。面白くなってきたじゃん」


 最新の配当オッズが更新され、会場の配当表の数字が捲られる。この瞬間をもって、投票は打ち切られた。


「6.5:3.5といったところか。これでも割れた方だぞ。去年は9.5:0.5で、元返しというわけにもいかなかったから、仕方なく1.1倍の配当をつける他無かった」

「まあ……それでは、賭けになっておりません」

「まったくだ。本当に、困った奴だよ」


 コーレット侯爵ジェラルドは、何故か悪くなさそうな口調でぼやいた。まるで、手の焼ける家臣の愚痴を言うようにだ。


「そういえばジェラルド。あの賞金稼ぎ、出場禁止にしたんじゃなかったっけ? なんでまた出てきてるのさ」

「ふん。今回だけ特別に許した。奴の方から、条件を突き付けてきた」

「条件?」


 賞金稼ぎ、ジャスティン。

 特定のギルドに属さず、気の向くままに各地を渡り歩いては、賞金首、盗賊、山賊、ギャング組織、そして「魔物」や「異形」の討伐で生計を立てているという。

 既に大会を二度制覇しているが、当人は騎士団やハンターズギルドに入団するつもりはさらさらなく、各所からの熱い要望をけんもほろろに断り、賞金だけを掻っ攫って、またどこかにふらりと去っていく。それも、一度ならず二度までもだ。

 やり方があからさま過ぎたためか、二度目の大会終了時に、無期限の出場禁止処分となった。――はずだった。


「この大会が終わったら、コーレット領騎士団に入団する、というのだ」

「へえ? マジかよ」

「雇われ先が腐るほどあった戦時と違い、平時ではそろそろギルドに属さずに商売をするのが厳しくなってきた、とのことだ。どうせ組織に縛られるなら、生まれ故郷の騎士団で地位を築くのがいいのだと。まったく、勝手な話だ。とんだ高いスカウト料だったよ」

「そのスカウト料、奴が勝てば更に上乗せだな。払うもの払ったんだ。しっかり働いてもらわないとな」


 やれやれと肩をすくめる。

 そういえば、とジェラルドは話を変えた。


「貴様こそ、あの少年はどこから見つけてきた? 機敏さ、乱れぬ剣筋、一撃に込める重み、何より魔法を非常に上手く扱えている。粗削りながらも、凄まじい才覚だ」


 唸るジェラルドをよそに「ああ、別に?」とフォートはあっけらかんと返し、口角をあげた。

 

「二年前だったか。川辺で昼寝してたら、剣の稽古してたのさ。あいつ――フランツが。退屈しのぎに遊んでもらったら、これがなかなかいいスジしててな。そこからは一日二時間、毎日お稽古つけさせたら二年でもうこれよ。凄いだろ。今回の大会も、そこそこいい所まで行くとは思っていたけど、まさか決勝まで来るなんてねえ」

「何? 貴様が直々に鍛えたのか? 道理であの嫌味な剣筋に見覚えがあるわけだ」

「俺なんて大したこと教えてないさ。確かにお稽古や魔法の指導はしたけど、半分はアイツ、見て盗んだんだよ。それを自己流にアレンジして、自分のものにしたんだ」

「な。見て、だと……?」


 呆気にとられ、開いた口が塞がらないジェラルド。


「若さ、だねえ。まるで、紙や砂が水を吸うみたいだ。――でもそうは言ってもジェラルド、俺らも『あの頃』はこんな感じだっただろ? 互いにライバル心むき出しにしてさ。バッチバチに火花散らしてた。戦時とはいえ、いい青春してたと思うよ」

「貴様、嫌味のつもりか? 私が貴様に勝てていたのは最初だけ。陰で【銀侯子】と呼ばれ揶揄されていたのを知らんのか?」

「気を抜けばお前に抜かされる。この重圧に常にさらされながら主席をキープするってのは、だいぶしんどかったもんだけどね」


 ふん……。ジェラルドは無言で鼻息をひとつつく。


「それで? 暢気なことを言っていいのか? 私がお前の大切な弟子を寝取ってしまうかもしれんぞ? あの才覚は是非とも騎士団に欲しい。大いに伸ばし甲斐がある」


 にやり、と冗談なのか本気なのかどちらとも取れるようジェラルドが笑う。

 事実、大会優勝者の取得権は、大会主催者であるコーレット侯爵が一位となる。当然、本人の希望が他にあるのであれば話は別だが、コーレット領の騎士団といえば、国でも有数の軍事力を誇り、いつ攻めてくるかわからない国を相手に国境の防衛にあたる重責を、常に背負うわけである。

 戦争が一応の終結を迎え、国民の意識が国の「内」に向く中で、辺境領の領民への意識は常に国の「外」に向いているのだ。となれば当然、国防にあたる騎士たちへの領民たちの畏敬の念は大きい。騎士としての本懐を果たすのに、これほどうってつけの場所はない。

 だが――。


「あ、それはないない。――あいつの家さ、十年前に南部からレモネスト領に逃げ延びてきたんだよ。絶対にウチの領主、レモネスト伯爵様以外には仕えないよ、あいつは」


 十年前。南部。

 その言葉を聞いて、たちまちジェラルドの表情がこわばった。そして一瞬で、全てを察した。

 表情を変えたのは彼だけではない。フォートの隣のシスティーナもだ。


「レモネスト伯爵様か……」


 と一言。そして至極残念そうに「ふふ……それでは仕方がない。潔く諦めないとな」と、苦笑いを浮かべるのであった。


「どうでも良いがランパ……いや、フォート。その口調はどうにかならんのか? 私と貴様の間柄だ。素性を隠すために、演技などしなくてもよいだろう」


 はは。フォートは青空に向かって、乾いた笑いを漏らした。


「いまさら無理だよ。昔の俺がどんなふうに喋っていたのか、もうほとんど思い出せないんだからさ」

「――そうか」


 少しの沈黙があった後、フォートは一つ背伸びをする。


「――そんじゃ、本題に入らせていただきますか」

「やれやれ。それで、今回はいくら貸せばいいんだ? ちゃんと返済のアテはあるんだろうな?」

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【やらかし】のフォートは英雄の道から逃れられない 天流貞明 @04110510

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