第3話 少年剣士フランツ
「思った通り、楽勝だったな。鍛錬を怠らなければ、まだまだ伸びるぞ、あいつ」
「ええ。相変わらずですが、凄まじい才覚です」
先日のゴタゴタより一夜明け――フォートとシスティーナは、騎士叙勲の権利を賭けた、年に一度の、コーレット侯爵領武術競技大会を観覧しに来ていた。
三年前。数十年の長くにわたって繰り広げられた戦争が、一応の終結を迎えたとはいえ、何が発端となって、その均衡が崩れるかはわからない。その時に備え、東の国境を守るコートレット侯爵が、新たな人材の発掘を目的として発足させたのが、この武術大会である。
好成績を収めた者は、侯爵直々もしくは近隣の領主やギルドからスカウトが来る。それに相手が応じれば、近隣領地の戦力が増強されるというわけである。戦争終結の次の年から始めて、開催の回を重ねるごとに参加者や観客も増え、第三回を数える今年は、去年にも増したお祭り騒ぎである。
現在時刻は14の時を過ぎたあたり。既に大方の試合は終了し、残すは決勝戦のみである。それまでの休憩時間に、フォート達は出店で腹ごしらえを終え、観覧席に戻るところだった。
「チクショー、何なんだよあのガキ。今度こそ負けると思って相手側に張ったのに、とんだ大損だぜ」
すれ違う、賭けに大負けしたのであろう三人組。
無理もない。何せ、彼らが賭けられなかったのは、今回が初参加。それも最年少の、若干16歳の少年なのだ。準々決勝、準決勝ともなれば、有力とされる常連の強者ばかりが名を揃えるので、なおさらだ。
正直なところ、お気の毒様としか言いようがない。
「このまま決勝も圧勝……なんてことにはならないだろうな?」
「ないない! 何せ決勝はあの賞金稼ぎの野郎だ。今年も大人げなく勝って、めでたく三連覇達成。んでもって賞金だけ搔っ攫って、結局どこにも士官しないつもりだぜ」
「あいつ出禁になったって聞いたけど、ただのガセだったってのも腹立つよな畜生」
「おうよ。おかげで、当たっても全然美味しくねえもんな」
などと、ギャンブラーたちの愚痴を背後にしていたところだった。
「――あっ!! 師匠!! おーい!!」
噂をすれば、である。
まるで犬が尻尾を振るかのように、元気よく右手を振る少年の姿が眼前にあった。
幼さを残した童顔。戦士としては若干小粒な背丈ながらも、しっかりとした筋骨のその少年は、周囲の視線を集め、場をざわつかせていた。苦戦一つなく決勝まで勝ち抜いてきた光景を、まざまざと見せつけられたせいだろうか。
「よう、フランツ。頑張ったな」
「はい!! 来てくれたんですね!」
フランツは小走りに駆けてきた。
「そりゃあ来るさ。かわいい弟子の晴れの舞台だからな。それに、ささやかだけど」
ちゃり、と小金の入った小袋を掲げるフォート。「いい思いもさせてもらったしな」とほくそ笑む。
「さすが師匠、ちゃっかりしてるなー。でも、もっとドバっと賭けてくれてもよかったんですよ?」
得意げにふんぞり返る。
「バカヤロー、こちとら貧乏なんだ。なけなしの100エーネからチマチマやってんだから、こんなもんだって。ギャンブルはほどほどに、ってね」
「お疲れ様です、フランツ様。……あら、擦り傷があるようですね。治療させていただきます。失礼」
「あ……どうもッス!」
患部の付近をシスティーナに触られ、鼻の下を伸ばしながら赤くなるフランツ。
「わかっちゃいるだろうが、相手はこの大会を連覇してる上に、普段から実戦で死線を潜っている手練れだ。守りに入ってしまったら、経験の差でみるみるうちに不利になる。それだけは何としても避けるんだ。一瞬のスキをついて、一撃で決めろ。そして、そのスキってのは、待っていても決して来てはくれない。誰でもない、お前が作るんだ。いいな?」
「……はい!」
システィーナの手から、淡い緑の光が放たれた。それが擦り傷を覆うと、みるみるうちに患部が周囲の浅黒い肌に同化していく。ものの数十秒で、傷は完全に塞がってしまった。
「今までサクサク勝ってきたわけだが、油断だけはするな。だけど、相手に気圧されるのもダメだ。落ち着いて、今まで教えてきた通りにやってみろ。お前なら、できる」
「はい! わかってます!」
「よし。じゃあ行ってこい。ハナから格上を相手に腕試しさせるつもりで参加させたんだ。最低限、ちゃんと生きて戻ってくること。戻って来たなら、コイツでうまい物食わせてやるからな。うちの領主様への推挙の話はそのあとでだ」
と、フォートは再び小袋を揺らす。
「っしゃ!! 俄然やる気出てきたぜ!!」
フランツは拳と掌とをパンっと勢いよく鳴らすと、武者震いを見せながら、控室に向かってずんずんと歩いて行った。その背中に、フォートとシスティーナは、姿が見えなくなるまで、視線でエールを送り続けた。
「あいつがウチに来たら、活気が増すだろうな」
「ええ。なんだか……弟ができたみたいですね」
弟、ね。
フォートは心の中でそう呟くと、少し複雑そうに微笑した。
◆◇◆◇◆
フォートとシスティーナは観客席に移動していた。円状の闘技会場をぐるりと取り囲む観客席の、見晴らしが良い場所に、その人物は席を確保して待っていた。
「やあ、どうも。いい席とってくれて、有り難いですなあ」
会釈と同時に、首を垂れるフォート。さらに深い角度で頭を下げるシスティーナ。
羽飾りと金糸の刺繡が施された帽子を被り、同じく金糸の刺繡の黒スーツを纏った、見るからに貴族の身なりの男性である。豪奢過ぎない様相が、品を表している。
「ふん、やっと来たか。ランパ――」
「フォート。誰かの間違いでは?」
「――おっと、すまんな。『やらかし』のフォート殿」
「ええ、ご機嫌麗しゅう。コーレット領新侯爵殿」
「失礼致します。侯爵様」
互いに目配せすらせずに軽口をたたき合いながら、フォートとシスティーナは席に着いた。
「てっきり、来賓席に通されるかと思って一張羅を用意してきましたけど」
「こちらの方が眺めが良い。それに、今の貴様のようなナリで他の来賓の方々とご一緒されても、皆様方が面食らうだろう」
「失礼な。金になる物は殆ど売り払ったけど、貴族の方々の前に出るときの服くらいは、最低限残してありますって。この間もちゃんと一張羅で会いに行ったではないですか」
「最低限の、な。一着くらい新調してこい」
「へいへい……。――だって。システィーナ、予算に盛り込んどいて」
「承知いたしました」
ふうーっと天を仰いだ後、フォートは再び、目配せせずに無遠慮に問うた。
「――最近はどうだい、ジェラルド」
「父の偉大さを痛感している。この武術大会ですら、開催するのにあたり、心労が大きかった」
「特に今回は、人が集まったからなあ。お疲れさん。大成功だよこれ」
「無事終わることができて、心底ほっとしている……」
青空を仰ぐフォートに対し、コートレット領の若き侯爵ジェラルドは、ふぅと地面に溜息を吐く。
「……もうすぐ一年か。侯爵様がお亡くなりになってから。本当に、いきなりだったからなあ」
「どれほど医療や医療魔法が発達しても、病には人は勝てん。あの大戦が終結した後は、荒廃した南部地域の復興や、戦費がかさんだ自領の財政のやりくりなどに忙殺され、寝る暇もなく働いておられた。まあ……これはどこも同じだろうがな」
「そうだよなあ……。しかも、隣国への睨みまできかさなきゃ、だもんな。あいつら同盟国のくせして、いつ背後をついてくるか、わかったもんじゃないからな。侯爵様がお亡くなりになられた時とか」
「……あの時は、すまなかったと思っている。葬儀のためにわざわざ来てくれたのに、まさか貴様を城砦に放り込むことになるとは」
――西の工業国家ウェスタリア。フォート達の属する大国・センタラスト王国の西部である、このコーレット領に隣接する同盟国である。主要各国の中では最も領地面積は低いが、魔法工学が非常に発達しており、魔法や魔力の扱いに疎い者でも誰でも、魔法工学の技術の恩恵にあやかることができるのが、どの国にもない特色である。
かつては、センタラスト国とは敵対し激しく争った間柄ではあるが、最大の敵国である南の大国・サウザラス王国の脅威に対抗するため利害が一致し、同盟を締結。その後、互いが背後を預け合う形でウェスタリアとセンタラストは版図を広めていき、最終的に残った国たちが均衡し、鼎立する形で、数十年にわたって繰り広げられた戦乱は三年前、「一応の」終結を迎えた。
しかし最近になって、その均衡を崩す動きが見られた。それも大国のサウザラス国ではなく、ウェスタリア国主体でだ。ウェスタリア国がサウザラス国に急速に接近して、なにやら謀議を行っているという風聞が立ったのだ。
それがただの風聞ではないということが明白になったのが、コーレット前侯爵が急死した時の事件である。
コーレット領付近に、ウェスタリアの兵が続々と集まるという事象が発生したのだ。
最終的に衝突には至らなかったので「軍事演習のためだった」という弁明がまかり通ってしまったが、実はこれに加えて、サウザラス国が呼応するような形で兵を北進させていたのである。
ただ、その動きがウェスタリアが想定した以上に遅かったが故、兵が手薄な状態から二方面攻撃を仕掛けられる前に、センタラスト王都からの援軍が到着し、両軍は撤退。衝突する前に事なきを得た。一つ間違えば、一触即発の状態だったのである。
これらの情報収集と、援軍の手配。そしてこの緊急事態に防衛の呼びかけを迅速かつ的確に行い、援軍の到着までつけ入る隙を一切与えず、結果的に一滴の血も流さず拠点を守り抜いた。
この功績により、若き領主の手腕が大いに認められ、内は先代に何ら恥じぬと配下や領民は拍手喝采を送り、外は新侯爵侮り難しと大いに警戒心を強めさせたのだった。
以降、これといった衝突は起こっていないが、ウェスタリアがコーレット領を陥落させようと機を見計らっているのはこれで確定事項となり、同盟といっても名ばかりの関係に冷え切ってしまった。
「……しょうがないさ。あの時は、明らかにウェスタリアが不穏な動きを見せていた。俺だってこりゃ一戦あるなと思って覚悟したもん。……まあ、最低限の御弔いはできたし、報酬も貰えたし、謝ることはないさ」
「すまん」
また謝った、と囃そうとして、フォートはやめた。
時刻は15の時をもうすぐに回ろうとしている。武術大会の終わりは――近い。
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