第2話 【やらかし】のフォート その2
「最初に聞いておきますけど、人違いでは? こちとら、善良な一般人ですよ? こんな大勢に囲まれて乱暴されるようなことをした記憶なんてありませんが?」
ここは、連中からすれば、相手がわざわざ案内してくれた逃げ場のない袋小路。その石壁に背をもたれさせながら、フォートは自分たちを取り囲む集団の身なりをざっと確認していく。
「とぼけんじゃねえよ。【やらかし】のフォートさんよ。乱暴するかどうかはアンタの出方次第だ。俺らは、アンタをふん縛って連れてこい。抵抗するなら半殺しにしても構わねえ。そう依頼された身だからよ」
「半殺し……ねえ」
フォートは、ふうん、とそこで相手方の値踏みを終え、呟いた。
「【やらかし】の俺が、また何かやらかしちゃいました?」
「その通りだよ。アンタは色々【やらかし】過ぎた。アンタを恨んでる奴なんざ、たっくさんいるんだよ」
「ふうん……。で、俺を突き出した時の報酬は、おいくら万エーネ?」
「へっ。30万エーネよ!! 」
ヒヒ、と有象無象達が嗤う。男一人脅して捕縛すればいい金になる。さぞかし、おいしい
だが、それを聞いた瞬間、まずシスティーナの緊張の糸が途切れた。両手で力強く握りしめていたトランクケースの持ち手が、両手から片手になり、脱力。そして、はあ、とため息を一つ。
「30万……。それも『生かして』ですか。フォート様、これではお話になりません」
「だねえ。ケチって素人を寄越したみたいだ。――おい、アンタらの依頼主、何となく想像ついたよ」
フォートはようやく、凭れさせた背を石壁からはがした。そして、戦闘態勢をとるでもなく、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、ゆらりと気だるげに前に出た。
「要は、逆恨みだろ?」
ならず者たちのにやけ顔が歪む。そしてチッ、と苦物を吐き捨てるように舌を鳴らした。
レモネスト領では、現在、領主は病に倒れている。領主は自身の代理に、若年の息子を選ばざるを得なかった。だが、地元の有力者達は、領主代理が領地経営に不慣れなことをいいことに、国から支給された戦時補償金をコッソリ自分の懐にガメたり、ギルドと組んでならず者を手懐けてたりして悪事をなし、私腹を肥やして、治安や領地経営に害をなしていた。
だが、最近になってついに鉄槌が下される。周囲の領主たちの協力もあり、輩たちは財産と地位を没収さえたうえ、追放されたのだ。
「――悪事を調べ上げて罪状を提出したのは確かに俺だ。そのお礼参りってとこか」
「……お前はやりすぎたんだよ。【やらかし】のフォートさんよ。とんだチクり野郎だぜ」
「チクりだと? こちとら、領主代理様から直々に命を受け、そういう仕事でおまんま食ってる身なんでね。それに、不正や悪事をはたらく
フォートの煽りに、ついにならず者たちの苛立ちも臨界点を迎えようとしている。
だがフォートはすかさず眉を吊り上げ、叱責するように反論した。
「何がやり過ぎた、だ。ここだから言うがな、これでも色んな余罪を見逃してやってるんだぞ。ぜんぶ
フォートは矢継ぎ早に𠮟り飛ばしながら、首を絞める仕草を見せる。
「面倒くせ……もういいわお前。どうせこれ以上話すこともねえ。おいっ!」
下っ端の一人が、太縄を取り出す。一見頑丈そうに見えるが、緊縛のための『魔術式』も『紋章』も何もない。たとえ縛られたとしても、ブチ切って容易く脱出できるような、お粗末な代物だ。
「最後の忠告だ。大人しくお縄にかかるんなら、痛い思いをせずに済む。俺らはお前を依頼主の前に、生かした状態でつきだせればそれでいいんだ。悪いことは言わねぇ、だから――」
「言う通りにしろって? 従うわけないだろ、バカ。あんたらの依頼主が、自らの手で俺をブッ殺したいがためにそう注文してるだけだろ? 何がお縄だよ。お縄につくのはアンタらの依頼主のほうだろ」
「そうかい。それなら……痛い思いをするしかないなあ!!」
それを合図に、先走って得物を抜いていた者以外全員が、各々の得物を、見せびらかすように抜いて見せる。ナイフ、剣、大剣、棍棒、突起物がついたナックルなど、無駄に多種多様だ。
「おーい、間違っても殺すんじゃねえぞ。生きてさえいりゃ五体満足じゃなくていい。腕や足の一本や二本折っても、フッ飛ばしても構わねえ」
まあ物騒。フォートは呟いた。
「兄貴、あのメイドの女は?」
「なーに、どうせ逃げ場は無いんだ。全部終わった後に、メイドさんらしくご奉仕でもしてもらおうか、ナ」
「そりゃいいや! 兄貴は話がわかるなァ!」
ぺろり、と舌なめずり。
「ッ……! 黙って聞いていれば。汚らわしい!」
システィーナは男たちに、最大限の侮蔑をぶつけながら、愛用のトランクケースの持ち手を力強く握りしめる。引け腰を一切見せることない。臨戦態勢だ。
「ほらほら、来いよ。ビビッてないで。アンタらの方から来い。じゃないと、こっちから一方的に弱い者イジメした形になってしまいますからねえ」
退くことなく前に出て、おいでおいでと両手を揺らしながら挑発するフォート。だが、彼は得物など持ち合わせておらず、あくまで素手。指を保護する
「野郎舐めやがって! 食らえ!」
ついにならず者たちの噴気が決壊した。左肩口から入って右腰へと抜ける大振りの斬撃が繰り出される。切れ味が良ければ、直撃で真っ二つだ。生かして連れてこいとは一体何だったのか。
フォートは完全に斬撃の射程内だ。――避けられない。
だが、避ける必要など、無かった。
「……なっ……」
思わず男は眼を剝いた。目の前に広がる、理解しがたいその光景に。
指二本。フォートに必要なのはそれだけだった。
フォートが軽く翳した左手の人差し指と中指。その間にできたわずかな谷間に、男の繰り出した斬撃は、すっぽりと受け止められてしまっていた。
「ば……バカな! くっ、離しやがれ!」
振り上げようとしても、押し込もうとしても、たった二本の指の谷間の中で、大剣はビクともしない。
「これで正当防衛成立だな。……っと!!」
そして完全に留守になった男のボディに、強烈な突きが刺し込まれる。
「おごっ!?」
すると、まるで突風で吹き飛ばされた枝木のように男の体が軽々と宙を舞い、ならず者たちの群がりの中に勢いよく飛び込んでいった。うわっ、とたじろぎながら、放り込まれた男を回避するならず者の群れ。
しん、と一瞬の静寂。その中を、白目を剥いて失神する、大剣の男。
「もうわかったろ。これ以上は、やめておけ。システィーナ、行こう」
「はい。お見事です。フォート様」
指の中に残った大剣を傍らにポイと投げ捨てると、フォートとシスティーナは、尻込みするならず者たちの群れを歩いて突っ切ろうと、歩を進めていく。
だが、やはりまだ「わかって」はくれないようだ。むしろ、理解しては沽券に関わるのだろう。頑なに道をあけようとしない。
「邪魔。どきなって」
「うるせえ! 食らえ!」
今度は刃渡り長めの鋭いナイフの体当たりが、横っ腹めがけて突撃してくる。だが、繰り出された刀身をフォートは難なく躱すと、ナイフの男の足元に、右足を差し出す。
「うおっ!?」
突き出された右足に引っ掛かり、勢い余ってナイフの男は、顔面から前のめりに転倒。そして、無防備になったナイフの持ち手を、フォートはすかさず踏み砕いた。
「ぎゃあああ!!」
骨折の激痛に、顔の痛みも忘れ、指を庇いながらナイフの男は
「野郎調子に乗りやがって!!」
お次は
「フォート様!!」
だが意外にも、フォートの前を遮ったのはシスティーナだった。トランクケースを盾のようにかざし、フォートの身体を庇う。
そして、直撃の瞬間だった。トランクケースの前に、青白く明滅を繰り返しながら光る、光の障壁が展開された。幾何模様と魔術式が描かれた壁が、銃弾を空中で受け止めていたのだ。
「なっ……!? これは『魔法』!? 『魔法』じゃねえか!! 何でただのメイドごときが、弾丸を遮るほど強力な『魔法』のシールドを展開できる!? ふ、ふざけるんじゃねえ! こんな奴ら相手にたったの30万だと!? ケチりやがったな!?」
今まで、喉元付近までに押しとどめていたのであろうが、ついに頭目格の男が、取り乱し始めた。
「私は……フォート様のメイドです。ただ庇護されるのではなく、隣に並び、共に歩く。それを許された女。――あと、これは、ただのシールドではありませんよ」
フッと強く息を吹んで踏み込み、巨大なラケットのバックハンドのように、トランクケースを振るシスティーナ。すると――宙に浮いて止まっていたはずの銃弾が、まるで巣に戻る鳥のように、短銃の男の手元とへと帰っていく。
凄まじい速度で殺到する銃弾は、銃の
「――飛び道具を遮り、かつ反射させる。攻防一体の高位の魔法ってわけだ。この子にはあんたら程度では、触れることすら叶わないよ。……もっとも、この子に何かしようものなら俺、マジで息の根を止めかねないけどね」
グローブで見えないが、今にも青筋が浮き出そうな手の指を、フォートはボキッ、ボキッと鳴らす。
「さあて。まだ来るかい? これ以上、無益な争いはやめにしたいんだが……」
周囲を冷めた目で見渡しながら、顎を突き出し降伏を促すフォート。最早身構える意味もないと悟り、メイド服の埃を払ってフォートに追従するシステイーナ。
「ええい! お前ら何やってる! 全員でかかれ!」
えっ!? と耳を疑うような視線が、頭目の男に集中する。
「えっ。で、でも兄貴……」
「全員で囲んでボコるんだよ! オラ早くしろ!! もたもたしてるとぶっ殺すぞ!!」
手下たちにとっては、まさに前門の虎後門の狼。結局、覚悟が決まらないまま、へっぴり腰で破れかぶれに出た。雄叫びがなんとも空しく響きわたる。
フォートは、はあ、と一つため息。そしてグローブを握りしめる。
――後には、蹂躙があるのみだった。
◆◇◆◇◆
「文字通り、話にならなかったな」
男たちの死屍累々(死んではいないが……)を後にし、フォートは後頭部で腕を組みながらぼやいた。
「フォート様、この後の予定はいかが致しましょう。一応、御身を狙われたのです。ここは大事をとって予定を変更――」
「必要ないよ。こんなくだらないことで、大事な愛弟子の晴れの日の舞台を見るのを、オジャンにしたくない」
「はい。失礼しました」
システィーナは手帳をぱたんと閉じる。
「それとシスティーナ。こら」
窘める口調だ。システィーナは、過敏に反応しだす。
「えっ……。あの私、なにか粗相を?」
「した。本当に久々だったけど。連中とやり合う前、きみ、俺のことを『王子殿下』って呼んだだろう?」
あっ……。と、システィーナは立ち止まり、思わず口を手で閉じた。
「俺を『殿下』って呼ぶな。そいつはとっくに追放された身だ。かつての英雄は王子の身分も剝奪され、今頃どこかでやさぐれて、乞食でもやってるか、野垂れ死んでる。俺はただのダメ男。【やらかし】のフォート。それで食っていくって決めたんだ。忘れちゃダメだよ」
「……はい」
己の不始末を恥じ入りながらも、依然として納得のいかない表情を残したまま、システィーナはフォートの隣に、駆け足で並びだすのだった。
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