あなたに好きになってもらいたいので、私は一番を目指します。

石動なつめ

あなたに好きになってもらいたいので、私は一番を目指します。


「ノックス、聞いて。私、一番を目指すわ!」

「一番? ユーリ、今度は何を考えているの?」

「見ていてね、ぜったいに輝いてみせるから!」

「聞いていないね……」


 とある日、私は幼馴染に宣言した。

 何でまたそんな事をしたかと言うと、何かで一番になれば、好きな人が自分を好きになってくれるのではないかと思ったからだ。


 私は五歳の頃から幼馴染のノックス・ウェインの事が好きだ。

 ノックスは物静かで、穏やかで優しくて、頭もよくて魔術の才能もあって、あと左目の下のホクロがとってもチャーミング。

 私は見慣れているのであまり分からないが、顔もどえらい美形らしい。

 十歳になった頃に、田舎の村を出て王都へ遊びに行った時。

 ノックスを見た女の子達がきゃあきゃあと華やかな声で騒いでいたのをよく覚えている。

 そしてワッと集まって来られて、観光どころの騒ぎじゃなくなってしまったのだ。


 ――しかし、そこで私は気が付いた。

 もしかしてこのままだと、ノックスを誰かに取られてしまうのではないかしら、と。

 

 ノックスはこれからどんどん成長する。

 少年から青年へ、青年から大人へ。そしてナイスミドルになって、ロマンスグレーまで駆け抜けていくのだ。

 そのどの途中だって、ノックスはぜったいにモテる。モテるに決まってる。

 めちゃめちゃかわいい女の子と出会って、大恋愛に発展する可能性だってある。


 となると私はどうしたらいいのだろうか。

 正直、私の容姿は平凡だし、器用貧乏を地で行くタイプだ。何か一つに突出したものはない。

 ……このままではノックスに好きになってもらう前に、誰かにかっさらわれてしまうのではないかしら?

 だんだんとそんな不安が湧いて来た。

 だからこそ、とにかく何か一つだけで良いから、一番になろうと思ったのである。


 問題は何で一番になるかだ。

 うーんうーんと頭を捻っていた時、王都で開かれる武術大会のチラシが届いた。

 これよ! これしかないわ!

 そう思った私はチラシを握りしめると、適当な荷物と、ノックスと同じ学校へ入るために頑張って貯めている貯金箱を鞄に詰め込んで、そのまま家を飛び出した。

 目指すは王都へ向かう列車である。幸い今日の便にはまだ間に合う。

 私が住んでいる田舎の村は、一日に二本しか列車が来ないのだ。

 全力で走って、ちょうど到着した列車に乗ると、


「ちょっと待った!」


 と、なぜか息を切らせて走って来たノックスも列車に飛び乗った。

 彼にしては珍しく必死な顔をしている。

 おや、と私は首を傾げた。


「ノックス、どうしたの? お出かけ? 寝坊でもした?」

「していません。というか、その質問は俺の方がしたいよ。ユーリはどこへ何をしに行くの?」

「うふふん、これよ! これ! 見て見て、ノックス!」

「何……って、ああ、武術大会……。…………何をしに行くつもりだったの?」


 チラシを見たノックスは、怪訝そうな目を私に向けて来る。

 何をというか、チラシに書いてある通りなのだけれど。


「もちろん武術大会に参加するためよ!」

「なぜ」

「私が得意な事を考えて、一番マシなのがこれだったから! これなら一番になれるかもしれないわ! 良い考えでしょう?」

「無謀」


 バッサリと断言されてしまった。

 いつも優しいのに、珍しく今日のノックスは辛らつだ。

 こういう一面も良いな……じゃなくて。


「無謀じゃないわ。これでも私、イノシシを一人で倒せるのよ?」

「人間とイノシシでは対処の仕方が違います。ユーリは対人戦の経験は少ないでしょ?」

「大丈夫よ、ノックス。人間、やろうと思えば何とかなるわ!」

「なりません。いいから次の駅で降りるよ」

「やだ」

「やだじゃない」

「やーだー! もう、今日のノックスはいじわるね! そんなノックスも素敵よ、ありがとう!」

「うぐっ! ……いや、嬉しいけど。何で俺は君にお礼を言われているんだろう……」


 走って来たからかしら、ノックスの顔が少し赤い。

 ついでに呆れた目で見られてもいるので、これは今までになかなか無かった経験である。今日は良い日だ。


「武術大会なんかに出て、ユーリが怪我をしたらどうするの」

「あら。生きている間に怪我をしない事なんてないわ。私達は傷ついて成長するものよ」

「傷つかなくても成長します。ほら、次の駅で降りたら、美味しいアイス買ってあげるから」

「えっアイス!?」


 それは心惹かれるお誘いである。

 ぐらり、と決意が揺れかけるが、でもここで諦めたら一番にはなれない。


「ううう、食べたい……けどダメよ。私は一番を目指すって決めたの!」

「前もそんな事を言っていたけど、どうしてそんな事をしたいの?」

「それはもちろん、一番になって好きな人に私を好きになってもらいたいからよ!」

「えっ」


 ふふん、と胸を張ってみせる。

 するとノックスの顔がサーッと青褪めていく。


「えっ、ゆ、ユーリ、誰か好きな人がいるの?」

「うん、いるわ!」

「……誰?」

「やだ、今ここで言うの? 照れちゃうわ」


 列車の中でノックスの事が好きなんて言うのは、さすがに私だって恥ずかしい。

 人の目があるし、そもそもこういうのはやはりムードが大事だろう。

 両手を頬にあてて、ちょっとだけ照れていると、


「ユーリ」


 がしっとノックスに両肩を掴まれた。

 あら、珍しくちょっと怒った顔をしている。


「どうしたの、ノックス」

「君の周りに変な男はいなかったはずなんだけど。いつ、どこで、そいつと出会ったんだい?」

「えっと、生まれた時にはもう会っていたんじゃないかしら」


 お隣同士だし、家ぐるみのお付き合いをしているし、ノックスの方が私よりちょっとだけ先に生まれたし。

 だからたぶん会っているんじゃないかなぁと思う。


「そ、そんな……運命の相手だとでも言うのか……? 変な男がつかないように、ずっと気を付けていたのに……。だけど俺が知る限りではそんな奴はユーリの近くにはいないはず……」

「ノックス? どうしたの?」

「ユーリ。ユーリ、お願いだ。この場で言うのは恥ずかしいかもしれないけれど、どうかその名前を教えて」

「え? え? でも……」

「でないと俺は一生後悔する。それを知らないまま、負け犬になるなんて嫌なんだ」


 真剣な眼差しでノックスが私を見つめて来る。

 そ、そんなに重要な事だったの……!?

 というか後悔も何も好きになってもらいたい相手はノックスなのだけれど。

 あとどうして勝敗が関わってくるのかしら。

 ……ハッ! もしかしてノックスも武術大会に出るつもりなの!?

 ノックスは腕っぷしは弱いけど、魔術の才能はあるもの。武術大会は確か魔術もオッケーだったはず。この国の王様が王太子だった頃に、この武術大会に参加するために、根回しに根回しを重ねてルールを追加したと聞いた事があるわ。

 それにしてもノックスが武術大会に出るなんて……なるほど、だから私を王都へ行かせまいとしているのね。

 好きな人がライバル……これは実に熱い展開だわ!


「ノックス!」

「……うん」

「あなたの気持ちはとてもよく分かったわ」

「え? お、俺の気持ち? あ、あの、ユーリ……もしかして……」

「私……武術大会であなたに勝って、一番を目指してみせる!」

「どうしてそういう話になったの!?」

「だって負けたくないんでしょう?」

「いや、それは……。……あ、もしかして、そいつって武術大会に出るの?」

「え? だって、出るでしょう?」

「そうか……」


 するとノックスはすう、と眉をひそめた。

 それから彼はぐっと拳を握りしめ、


「……分かった。俺も武術大会に出るよ。王都へ行こう、ユーリ」


 と言いながら私の肩から手を離した。

 何かを決意した顔だ。


「だけど約束して。俺が勝ったら、そいつの事は諦めるって」

「まあ、それは難しいお話ね! だって勝つのは私だもの!」


 ノックスがいくら諦めてくれって言ったって、私はチャンスがある限りアタックし続けるわ。

 だってノックスの事がとっても好きだもの。恋人になりたし、結婚したいし、最後は一緒にお墓に入りたいわ。

 だから負けない。負けたくない。


「負けないからね、ユーリ。ぜったいに俺が勝つから」

「ええ、私も負けないわ、ノックス!」


 私とノックスは視線でバチバチと火花を散らしながら、がっしりと握手を交わす。

 ぜったいに私が勝つわ。勝ってノックスに好きになってもらうんだもの!








 さて、そんな二人の声は列車の座席に座っていた乗客達に丸聞こえだった。


「いや、あれどう考えても両想いだろ」

「すっごくすれ違っているわね。どうするのかしら」

「あらあら、まあまあ! 初々しいわねぇ! 知ってる? 今の王様と王妃様も同じ感じだったらしいわよ。それで武術大会でお互いの想いに気付いたらしいの」

「あ、知ってる知ってる。魔術師団長と奥方様もそうだったでしょ?」

「パン屋のジョンとエリーザちゃんもそうらしいぜ」

「マジっすか。ジンクスすげぇ」


 乗客達はユーリとノックスを見ながら、楽しそうにそう話す。

 そして彼らは同時思った。ぜったいに武術大会の見学に行こう、と。




 そんな彼らに見守られながら、ユーリとノックスが死に物狂いの戦いを見せ、奇跡的に武術大会の決勝に辿り着き。

 その戦いの末に、お互いが両想いだったと知るのは、もう少し後の事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたに好きになってもらいたいので、私は一番を目指します。 石動なつめ @natsume_isurugi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ