27 やっぱり俺はチョロくない

 ひとりで大きな風呂に入りながら、小さな溜め息をこぼす。


 俺がずっと男子だと思っていた紫雨しぐれ君が実は紫雨ちゃん・・・だったという事実。


 そして、その紫雨ちゃんと千冬ちふゆ日菜美ひなみにまで自分の裸を見られてしまった羞恥。


 風呂から上がれば現実が待っている。

 どんな顔をして3人と話せばいいのか。


 そもそも、紫雨ちゃんは今大丈夫なのか。


 姉さんに恐ろしいことをされているようでなんだか落ち着かない。俺たちを騙していたわけだから、自業自得なのかもしれないけど。


「この部活、廃部だな」


 脱力しながら呟く俺は、自分がこの状況で冷静なことに驚く。


 俺は紫雨ちゃんを男子だと思っていたが、ガツガツ体を触ったり、実際に紫雨ちゃんを女の子として証明するものを見たわけではない。


『一緒に風呂入るんだろ? 脱がないなら脱がすよ』


 笑いながらそう声をかけ、紫雨ちゃんが下に履いているものをパンツごと下ろす。


 するとそこには……。


 こうならなくてよかった。

 俺は男子が相手でもガツガツ絡むような性格じゃないし、むやみに接触するようなことはしない。


 それに安堵しているからか、やけに冷静でいられる。


「紫雨君が女の子か……」


 その事実を知って、またひとつ気づいたこと。


 ――紫雨ちゃんは千冬の新しい彼氏なんかじゃない。


 つまり、俺は浮気されていなかったということになり、千冬は……。


「もう考えるのやめた」


 考えれば考えるほど頭が痛くなってくるので、浴槽の中に潜ってブクブクと空気を出すことにだけ集中した。




 ***




「本当にごめんなさい」


 ここは女子の大浴場。


 美少女4人が肩を並べて湯舟に浸かっている。


 小動物系美少女の千冬は、先ほどの秋空あきらの裸を鮮明に思い出そうとしていた。


 豊満な胸を躍らせる日菜美もまた、秋空の姿が頭から離れない。


 そして秋空の姉である夏凛かりんは、恐ろしい相貌で紫雨しぐれを睨んでいた。入浴して3分足らずで五度目の説教に入っている。


「安心して秋くんを任せられると思ってたのに……」


 夏凛は半泣き状態だ。

 弟の裸が自分以外の女に晒されてしまったことに対する悔しさであふれている。


 ちょうどそのタイミングで、体を洗うために日菜美が立ち上がった。


 スラっとした瑞々しい四肢に、この場にいる誰よりも大きな胸。引き締まったウエストに、濡れた長髪。


 全てが美しく、同性であっても見惚れてしまう。


 そんな日菜美が浴槽に浸かっている3人の美少女を見下ろし、ゆっくりとその小振りな口を開いた。


「私、秋空くんのことが好き」


「「「!?」」」


 いきなりの告白に、それぞれ秋空に特別な感情を抱く3人が飛び上がる。


「やっぱり! 日菜美ちゃんのことはなんだかんだ言って結構気に入ってるけど、秋くんは絶対渡さないよっ!」


 夏凛も立ち上がった。

 夏凛もスタイル抜群で優れた美貌の持ち主だが、絶世の美少女である日菜美には敵わない。


 対して秋空の元カノである千冬は、日菜美の美貌を見て、小さな溜め息をこぼした。


 それはちょうど、秋空が男子浴場で溜め息をこぼした瞬間と重なった。


 日菜美が一体どんな理由で秋空のことを好きになったのかはわからない。しかし、千冬は目の前の美少女に自分が勝てるとは思えなかった。


 日菜美が秋空のことを好きだと言い、告白したとすれば、秋空はその想いに応じるだろうか。


 秋空を勝手な理由で振ったのは自分だ。


 本気で言ったわけではない。

 秋空の気持ちをもっと強くして、より近い関係を築こうと考えた千冬は、一度突き放すことでより強固な繋がりを求めてしまった。


 それが間違いであったと気づくのは早かった。


 振り返ることなく去っていく秋空の背中を見た時。

 自分は求められていないのだと、そう思ってしまった。


 第3会議室で復縁を迫り断られた時。

 そんな都合よくいくわけがないと、自分勝手すぎると、思ってしまった。


 全ては自分の過ちだ。


 秋空は不思議な男子だ。

 やたらとこだわりが多く、自分なりの生き方を持っている。それを曲げることはないが、そのこだわりを他人に押し付けるようなことは絶対にしない。


 隣の席になって話すうちに、自然と秋空に惹かれていくのがわかった。


 その時はこれが恋愛感情なのかわからなかったが、席替えで隣の席ではなくなった時。

 秋空と会話をするきっかけがなくなった時。


 ――秋空への好意に気づいた。


 すっかり黙り込んでいる千冬に、紫雨は慈愛に近い視線を向ける。


 秋空との交際に関して頻繁に相談を受けているうちに、紫雨も秋空という人物に興味が湧いてくるのを感じていた。


 それは単なる好奇心。

 あとは男装のお試し実験。


「早くしないと、あのセクシー少女に奪われちゃうよ? それでもいいの?」


「紫雨……」


 悪戯に微笑み、千冬の耳元で囁く。

 しかしその裏には、親友である千冬に後悔してほしくないという正直な想いが込められていた。


「あたしは……」




 ***




 少し早めに風呂から上がり、男子部屋に戻った。


 もう紫雨ちゃんの荷物は取り除かれていて、4人でも泊まれる部屋に俺ひとりだ。

 少し物寂しい気もするが、紫雨ちゃんが女の子なのであればこうなってしまうのも当然のこと。


 もし俺が勘違いしたままだったら、普通に一緒に寝ていただろう。


 複雑な気分だ。

 

「秋空くん、ちょっといいかな?」


「……日菜美?」


 開けっ放しにしていたドアの前に、風呂上がりの美少女が立っていた。


 薄い半袖のシャツにショートパンツ。

 無防備な格好だ。


 風呂上がりの日菜美を部屋に連れ込んでもいいんだろうか。姉さんが飛び込んできそうな状況だが、その気配は一切ない。


「みんなより早めに出てきた」


 日菜美は俺の心を読んだかのようにそう言うと、許可を待たずにベッドに座ってきた。


 長年多くの青少年たちの野外宿泊学習に使われているベッドが軋む。


 純粋な日菜美のことだから変なことは考えてなさそうだが、いつか彼女にも知る日が来る。今彼女がしていることは、非常に危険な行為だ。


 ここにいるのが人畜無害な山吹やまぶき秋空でよかったな。


「どうしたの?」


「秋空くんに伝えたいことがあるんだ」


「え?」


 もしかして――いやまさか。

 そんなはずはない。


 と思うほど、俺は鈍感じゃない。断じて、鈍感じゃない。


 多分これは告白の流れだ。


 空気を読んで、日菜美の隣に腰掛ける。


「ずっと秋空くんに憧れてたんだ」


 不意に紡がれたのは、愛の告白とはちょっと違うような、気持ちの開示だった。


「憧れ?」


「秋空くんは友達多いし、気さくで話しかけやすいし、堂々としてる。そういう人って友達の頼みとか何でも聞いたり、休みの日とかも遊びに行ったりするイメージがあるけど、秋空くんは違った」


「ああ……」


 だって休日はゆっくりしたいし。


「友達から頼まれても断るし、遊びの誘いも結構はっきり断ってるのとか見てて……でも、友達が減ることはないし、また誘われてる」


「……」


「私は中学の時、体操の練習で遊べないから誘いも断ってたし、大好きな漫画のことも……友達の前では言ったことない。友達は私に話しかけてくれなくなったし……その……いじめ、られてたの」


 日菜美の表情はこれまでに見たことないほど悲しげだ。


 もしかしたら、いじめられていたのはそれだけが理由じゃないのかもしれない。その抜群の容姿への妬みとかもあったのかもしれない。


「高校に入って、友達がいっぱいいる秋空くんが、休み時間に『エンパイア』読んでいるの見て、びっくりしちゃった」


 俺にとっては何の変哲もないこと。


 でも、日菜美にとっては大きなことだったんだろう。

 周囲を気にせず、自分の好きなように生きるということが。


「それで私も堂々と休み時間に漫画読めば、何か変わるかもって」


 自分の変え方にしては少々独特だが、これが日菜美できる唯一のことだったのなら、精いっぱいのことだったのなら……。


「私、秋空くんのことが好き」


 日菜美が肩を寄せてきた。

 まだ濡れている髪から、シャンプーのいい香りがする。


 これは告白だった。


 だとしたら俺は、その答えを出さなくてはならない。好意を寄せてきた女の子に対してできること。それは返事をすることだ。

 それがたとえノーだったとしても。


「秋空くん……ショジョ、しよ?」


「は?」


 処女を動詞として使う人がここにいる。


「まだショジョが何のことかよくわかってないけど、エッチなこと、なんだよね?」


「あー」


 やっぱり日菜美は天然だな。


 張り詰めていた空気が、かなり緩和された。


「秋空!」


 そこに、ぱたぱたと小動物がやってくる。

 しんみりとした空気を壊し、現れたのは元カノの千冬だ。


 風呂から上がって直行したらしい。


 髪はびしょ濡れだし、パジャマも前後ろ逆だ。


「あたしが馬鹿だった! 秋空のこと大好きなのに、自分勝手に振って、復縁しようとか言って、だから……あたしは馬鹿で、それで……」


 言いたいことが頭の中で整理できてないんだろう。


 俺と日菜美の近い距離に焦って、動転して、何を伝えたいのかわからなくなっている。


「今さらこんなこと言うのはあれだけど、大好きだから!」


「千冬……」


 また告白された。


 そんな俺の隣では、絶世の美少女がまた別の告白の返事を待っている。


 俺に託された選択肢は3つ。


 日菜美の告白を受けるか、千冬の告白を受けるか、両方の告白を断るか。どちらかを選べば、どちらかが傷付く。どちらも選ばなければ……。


「秋くんっ! お姉ちゃんのこと忘れないでねっ!」


 究極の選択を迫られたその時、学校のチャイムと同じくらい絶妙なタイミングで姉さんが現れた。


 その隣には紫雨ちゃんもいる。

 紫雨ちゃんは少し罪悪感を感じているらしく、俺と目を合わせようとはしなかった。


 姉さんはともかく、俺は今日、誰かを選び、誰かを切り捨てなくてはならない。漫画やラノベでは勝ちヒロインと負けヒロインが確定するシーンだ。


「俺は……」







「えーっと……これはどういうことかしら?」


 合宿2日目の朝食はご飯と味噌汁、鮭の塩焼きと目玉焼きだった。


 塩加減はちょうどいいし、ご飯も炊きたてでツヤがある。

 日本人に生まれてよかったと思うのは、こういう時だ。


 そして――。


「昨日の夜、何があったの? ねえ、私すっごく面白い場面見逃しちゃったのかしら?」


 俺の右隣には千冬が。

 鮭をあーんしてくる。


 その反対、左隣には日菜美が。

 味噌汁をあーんしてくる(?)。


 向かい側には姉さんが。

 強引に二人のあーんを阻止しようと、自分で鮭と味噌汁を頬張っている。


 紫雨ちゃんこと紫雨は、イケメンの微笑みで困った俺を眺めていた。


「秋空君、もしかして昨日の夜は乱――」


「――違います。ちょっといろいろあっただけです」


 松丸まつまる先生は何がなんでも下ネタに繋げたいらしい。そんなことはさせない。


「やっぱりパーティーしてるじゃない」


「いや、話し合いをしただけですから」


 あの後、俺はひとつの結論を出した。


 ヘタレだと罵ってくれてもいい。どんな言葉も甘んじて受け止めよう。


 ――俺にはまだ、恋愛は難しいみたいだ。


 そう答えた。


 誰かを傷付けてしまうのなら、できるだけ危害を最小限に抑えようとするのは当然のこと。だが、それはどうやら逆効果だったらしい。


『私もまだよくわからない。だから一緒にゆっくり勉強しよ。まずはショジョから』


『だったらあたしがまた、ゼロからメロメロにしてあげるから』


『秋くん、やっぱりシスコンだね。お姉ちゃんと結婚したいからそんなこと言うんでしょ』


 要するに、俺の周囲にいる美少女たちは全員頭がパーだったということだ。


「秋空」


 隣の千冬がニヤッと笑みをこぼした。

 小悪魔のようで可愛らしい。


「付き合って」


 はぁ、と俺は溜め息をつく。


「俺はそんなにチョロくない」


 俺を振ってからもしつこく絡んでくる元カノに、そう言い放つのだった。






《作者あとがき》

 ここまで『俺を振った元カノがしつこく絡んでくる。』を読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。


 この作品は、僕の初めてのラブコメ作品になります。


 現代が舞台の作品なので、都市設定は僕の出身地である佐世保させぼにしました。僕は佐世保の観光大使ではないですが(いつかやってみたいけど)、佐世保は食べ物が美味しいし、ハウステンボスは凄いし、平和な街です。

 ぜひ来てみてください。


 さて、ちょっとした雑談になりますが、主人公の名前には「秋」が入っていて、メインヒロインの名前には「冬」が入っている。そしてお姉さんの名前には「夏」が。


 あれ、「春」はどこ?


 そう思った方もいるかもしれません。

 ごめんなさい、僕が忘れていただけです。本当に、ただそれだけです。


 さてさて、今後の話ですが、ラブコメや異世界ファンタジーを主軸として執筆活動を続けていきたいと思っています。


 最後にお願いです。


 評価の欄から、★★★評価をよろしくお願いします。


 素直な評価で構いません。

 どれだけ楽しめたか、星の数で表していただけたらと思います。でも、★だけだったら悲しいので、思った星の数にプラス1★していただけたら幸いです。


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 では、また次回作で会いましょう。

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俺を振った元カノがしつこく絡んでくる。 エース皇命 @acekomei-novel

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