センチメンタル・ファニー・スター

坂水

第1話

センチメンタル・ファニー・スター



 迷いなく星ひとつをタップした。

 底の浅い、流行をさらっただけの、お涙ちょうだい自慰小説。まあ、所詮はWEB、期待なんかしちゃいない。

 星ひとつなら入れてくれるなって? いやいや、PV増やしてやっただけ、感謝してほしいものだ。


 しかし、いつもと違う感触に俺は、うん? と首を捻った。代わり映えのしない小説サイトの評価機能。けれど、星が点灯しない。

 ふたつ、みっつと押し、しまいには連打するが駄目だった。


 憤慨しつつもヘルプ内検索を使ってみるが、ヒットしない。問い合わせ窓口はどこだ? 通販サイトやらネット保険やら、この手の問い合わせは死ぬほど面倒だが、俺はなんとか苦情メールを送った。

 数日後、返信が来た。


 ――現在、星が不足しております。詳しくは担当者がご説明に伺いますので、今しばらくお待ちください。この度はご不便をおかけしてうんたらかんたら……


 ピンポン、と読んでいるうちにチャイムが鳴る。安アパートのやたら重い鉄扉をあければ、そこには小柄で奇妙な人影がいた。というのは、そいつは宇宙服――いや、レトロな潜水服のようなものを被っていたから。


「実は、レビューに使われている星は、我が国原産でして」


 ずかずか上がり込んできて、なんとはなくお茶を出すと、お構いなくと潜水服は言う。


「近頃、どなたさまも盛んに気安く手軽に、なんなら読まず、使わず、訪れずにレビューする。星も有限、そりゃあ不足しますよ」


 ――じゃあ、俺はもう一生、星を点けられないのか?


 思ったより、俺はショックを受けた。なぜだかわからないけど。


「どうしても星を点けたいというのなら、一つ方法があります。あなたが点けた星を取り戻しにいくのです。あなた自身で」


 俺は潜水服に連れられて、そいつの国を訪れることとなった。


「ここです。ここが、星の墜つ場所」


 それは端的にいって、ヘドロ沼だった。

 点された星はレビュワーがさしたる思いを込めなければあるいはアンチだとすれば早々に落下する。実際の気持ちが込められていたり、コメントやレビュー文が添えられたりしていれば、それは浮力となり、輝き続けるのだそうだが。

 俺は潜水服を借りてヘドロに飛び込んだ。メット越しにも悪臭が入り込み、どろどろ、にゅるり、ずるりと感触は最悪。掬った星も汚れ、ともすれば砕けてしまう。

 汚泥を掬っていると、腐った木の根のような何かが絡みついてきた。

 あわや水難事故というところを、潜水服に、木の根ごと巨大網で掬い上げられた。


「こりゃあ、珍しい。三星嬢だ」


 それは洗い流せば、光り輝く妖精じみた姿を象ったレビューだった。

 時折、他の腐った星たちに巻き込まれて流されることがあるという。


「ここはどこ? あたしの物語は?」


 三星嬢は、愛すべき小説がなく悲しんだ。

 俺はなんとはなしに気の毒になって三星嬢の世話を焼いた。スケベ心がなかったわけではないが、純粋に、そのレビューを羨ましく感じた。

 しばらくして元通りの輝きを取り戻した彼女は、WEBの海に帰るという。俺は反対した。

 どうせまた墜ちてどろどろになるに決まっている。

 それにもう長い時間が経過している。その小説だって、もう大波に呑まれているかもしれない。


「でも、私は伝えたいの、あの物語に出会った時のときめきを。いつもと違う帰り道で素敵な喫茶店を見つけたような、ずっと捜していた本に巡り会えたような、森で宝石みたいな石を拾ったような気持ちを与えてもらったことを」


 ――あなたの物語でなくてごめんなさい。


 三星嬢は俺をひとつ抱きしめ、真っ暗な、でもよおく目を凝らせば星々の光る海へと再び潜っていった。


 俺はどうして自分の星を取り戻したかったか、なんとなく気付いていた。どうして、星一つを投げて、蔑もうとしていたかも。

 俺は、地道に俺の物語を書き始めた。

 一体、どれぐらいたったろう。

 俺は、物語を捜す妖精の物語を書き始めた。まあまあ好評で、フォロワーも徐々につき始めている。

 ある日、久しぶりに新着レビューを知らせる赤い点灯を見つけた。二つの星が灯っている。


「文章はまだこなれてない感じだけど(ごめんなさい)、キャラクターとストーリーどちらも大好きです。不思議なのだけど、どこか懐かしく感じます。続きも期待しています!」


 そのレビュワーのアイコンは見覚えがある妖精だった。

 そこは星二つじゃなくて三つだろう。

 俺はちょっと苦笑して、なんだか視界が滲んで、星三つとすべく、また物語の続きを紡ぎ出す。

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センチメンタル・ファニー・スター 坂水 @sakamizu

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