UFOに関する思い出

弓長さよ李

未確認飛行物体

 過去に二回、UFOを見たことがあるんですよ。


 と言っても、どちらも一般的なUFOとして知られる、いわゆる”空飛ぶ円盤“ではありません。


 未確認飛行物体(Unidentified Flying Object)、略してUFO。空中を移動する、未知の物体。


 そういう定義に則れば、あれもある種のUFOなのではないか、という話です。


 最初に見たのは、僕が10歳の頃でした。


 その頃、僕の家庭はかなり荒れていて、両親が喧嘩をした末に母親に連れられて県外の祖母の家に行く、ということが頻繁にありました。


 それは日や時間を選ぶということがなくて、深夜だろうが翌日が運動会であろうが、両親の間に喧嘩が発生すればお決まり的に僕も起こされて


「私たち離婚するから。颯太(僕の名前)も転校の準備しなさい」と言われ、ランドセルと着替えを持って家を出ることになるのです。


 そして大抵お決まり的に、翌朝父が祖母の家に迎えにきて、ケロッと忘れたように談笑しながら車で帰るのでした。


 その日も深夜の2時に母親に起こされて、僕は簡単な準備をまとめて家を出ました。冬のよく晴れた夜で、空には綺麗な星が見えます。母親はその日はいつもより機嫌が悪かったのか、空を見上げる僕の手を乱暴に引いて歩きました。


 ふと母親が足を止めて言いました。


「今度こそ本当に離婚するからね。あんたも明日から別の学校だから。あとお母さん料理出来ないから、毎日カップ麺だよ」


 これもまぁ、お決まりでした。だいたい5回に一回は言ってきたと思います。僕を不安がらせることを目的にしているようでした。


 ここで「そんなのやだ」というと余計に不安を煽るようなことを言ってきますし、かと言って「いっつもそれいうじゃん」とか反抗的なことを言うと走ってその場に置いていかれるので、選択肢としては「僕料理とか頑張るから、大丈だよ」しかありません。


 そのことはしっかり学習していたので、僕はいつものようにそう良いました。母もいつものように少し不満げにうなづいて、また歩き始めます。


 ただ、その日はいつもと違うことがありました。


 歩き出した母が、また止まってしまいました。僕がこけそうになっていると、


「ねぇ、あれ」


 そう言って、空を見上げています。僕は、母に釣られるようにして空を見上げました。


「え?」


 僕も思わず、声を上げました。空の上を、何か大きな物体が、くるくると回りながらゆっくり移動しているのです。


 物体は、わずかに発光していました。


「UFOかな」


 僕の言葉に、母は惚けたように空を見たまま、返事をすることはありません。物体は、相変わらずのゆっくりさで、少しづつこちらに近づいてきました。


「バカじゃないの?」


 急に母が、口を開きました。


「あれが本当にUFOに見えるんだ?へーえ」


 僕が何かズレたことを言った時に責めるのと同じ、いたぶるような口調で母は言いました。


 どういうことなんだろう?困惑しながら物体を見つめて、僕は「あっ」と声を上げました。


 その”物体“は、全身に木の葉をくっつけた裸の子どもだったのです。子供はケタケタと笑いながら、「おーい、持ってくぞう」と言いました。


 ふっ、と強い風が吹き思わず目を瞑ってしまいます。


「あれ?」


 風が止んで目を開けると、いつのまにか子どもはどこかに消えていました。


 そして、母の姿も。


 僕は慌てて母親を呼びました。けれど返事はありません。どこを見回しても、どこにもいません。近くにはお店も、すぐに入れるような場所もない住宅街の真ん中で、母は突然消えてしまったのです。


 仕方なく走って家に帰ると、不機嫌そうにリビングに寝転ぶ父に「お母さんがいなくなっちゃった」と言いました。けれど父はまともに取り合わず、「どうせまたお前を置いてどっか行ったんだよ」と投げやりに言って、そっぽを向きました。


 結局どうとも出来ず、僕はその日は部屋に戻って眠りました。その日の翌朝、機嫌が直った父が僕を乗せて祖母の家に母を迎えに行き、そこでようやく、母が祖母の家にも行っていないと言うことがわかって騒ぎになったのです。


 僕は父親と祖母に激しく責め立てられました。どうしてちゃんと見ておかなかったんだ、と。


 笑えますよね。母親は小さい子かなんかなんでしょうか?それ以来、父も祖母もいなくなった母のことばかり心配して、僕には辛く当たるようになりました。


 その後、僕は県外の寮生の高校を受験し、家を出ました。そっけない別れの言葉を言う父に、一応「夏休みには帰ってくるから」と言って、家を出ます。


 ドアを閉めたとき、ふと激しい風が吹きました。


 母がいなくなった時に吹いたのと、よく似た風でした。


 風の音に混じってかん高い笑い声が聞こえます。僕が思わず空を見上げると、


 くるくると回りながら泣き笑いする母が飛んでいました。


 それ以来UFOは見ていません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

UFOに関する思い出 弓長さよ李 @tyou3ri4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画