和菓子

壱原 一

 

亡き祖父が好きだったそうで、仏前にはいつも和菓子があった。


落雁、饅頭、練り切り、羊羹、餅に団子、最中、どら焼き…目に麗しく口に嬉しい和菓子の数々は、一頻り仏前に供えられた後、期待に輝く目を受けて大らかに微笑む祖母の一言で、幼い私の腹へ収まるのが常だった。


のんのんしたら食べて良いよ。


遺影しか知らぬ祖父に線香を上げ、りんを鳴らし、合掌して神妙に目を閉じる。満を持して和菓子を頂戴し、茶を淹れて待ってくれている祖母の元で食べる。


美味しいか訊ねられ、元気よく美味しいと答えると、一層笑みを深くして頭を撫でてくれる。


温かく幸せな思い出がたくさん紐づいているので、私は家のどん詰まりの窓がなく狭い仏間を怖がらない子供だった。


朝夕お祈りする時、仏花の水を替える時、お供えする時、頂く時。


襖を開け、背後の廊下から漏れ入る灯りを頼りに真っ暗な仏間の中央へ進む。両手を宙へ突き出して吊り下げ照明の引き紐を探り、掴まえて引っ張り、カッチン、と電気を点ける。


カランカランと白い光が輝き、静かな仏間にジー…と低い通電音がして、皓々と照らし出された黒く艶めく仏壇の前で、湿っぽい座布団に正座する。


当時から何年も経って、先ごろ祖母が亡くなった今も、この習慣は変わらない。


壮年の祖父の遺影の隣に、皺顔を柔和に微笑ませる大好きな祖母の遺影が並ぶ。双方に和菓子をお供えし、染み付いた線香のにおいの中へ新たな香煙を漂わせ、しんみりと手を合わせる。


のんのんしたら食べて良いよ。


親の不倫により両親が離婚し、それぞれの再婚のため祖母宅へ預けられた私は、祖母以外に愛想がない。


祖母を看取ってからは、この家に1人きり。


狭い仏間に寝起きして、和菓子のお供えとお祈りを欠かさず、起床後に枕元を見るのが日課になっている。


祖母の死後、起きると必ず枕元に和菓子が移動している。


仏壇に供えた2つの内の1つが、落ちようもない位置から、落ちた感じでなく端然と、起きたら良く目につくように据えられている。


のんのんしたら食べて良いよ。


祖母が甘やかしてくれているのかと思う。


□□ちゃん、苦しい。おくすり取って頂戴。


または聞こえない振りをした私を責めているのかと思う。


居間はベッドの跡が目障りで、他の場所は毎晩あの時刻に散らかるし煩いから寝られない。


のんのんしたら食べて良いよ。


祖母は私に優しかった。


「□□ちゃん。ほら、こうして。のーん、のん」


今も傍にいるのかと思う。



終.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

和菓子 壱原 一 @Hajime1HARA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ