解毒

入江ヨウ

霍田令子の手紙

 霍田令子の手紙

 霍田つるた 令子れいこ

 二〇二四年九月二十九日

 白磁の家 自室にて筆記


 先生、先生の眼前には、恐らく今正に死にかけの霍田令子が居るでしょう。虫の息で、先生をジッと見詰めている、霍田令子が居るでしょう。

 先生は、時間が来ても出迎えをしない私、授業になっても姿を見せない私にいよいよようやく気が付くと、はじめはこれを何ともないとは思っていても、じきにじくじくと心中焦りを増幅し始め、ついには居ても立っても居られず重い腰を上げたのでしょう。

 他人の家で、それもこの潔癖症を患った様な純白の白磁の家で、所在無く途方に暮れた先生のお姿が、この霍田令子の目には恍惚と浮かびます。

 先生、私が導いてあげましょう。霍田令子はここに居ます。ねえ、先生、そうやって、私が囁き教えたから、だからあなたはこのリビングにまでやって来れたんでしょう。

 そうして、血の海の中、ワンピース一枚という格好をして、一際濃い血だまりに座り込む私を発見し、今正に恐怖と驚愕に顔面蒼白し、立ち尽くしているのでしょう。

 そうでしょう。


 見ての通り、私、霍田令子は間もなく死にます。

 自殺という訳ではありません。強盗に押し入られたとか、災害が起きたとか、そういう訳でもありません。

 今、この場で先生と私、霍田令子だけが知る惨状とは、全て、私が計画し、全て、私が作り上げました。

 ですので、私自らご説明するしかないでしょう。先生、先に申し上げておきますと、これはあくまで、謂わば血液浄化療法の一環であり、先生が今思っているような自殺行為というのでは、決して、決してありません。

 これは、今後も私が健康且つ幸福に生き延びるために必要な解毒を、そうです、私本人が私自身に直接施したのです。そして、その挙句死ぬに過ぎないのです。

 ですから、改めまして、謂わば、事故とも言えるでしょう。私も両親も、こうして死ぬに至るのは。

 

 両脇の大人2名、私の父母、霍田塔子と霍田伸雪、両名とも既に手遅れでしょう。

 浴室、目隠しと拘束を施したうえ、カッターナイフを両名の手首に深く深く切り込みました。父が度々趣味のキャンプに持っていく、木の彫刻を掘るためのナイフを使わせて頂きました。今も浴室に行けば、洗面台のシンクにそのまま残っていることでしょう。

 先生。人が殺される、その有様とは鮮烈でした。悶え、苦しみ、着実に死へと向かう恐怖と激痛とを一身に受け暴れ回る大人達を、私程度の腕力ではとても押さえつける事は敵いませんでした。足も手も、おざなりな拘束はすぐに解けてしまい、彼らは血飛沫を花火の様に打ち上げながら、踊る様に、どこもかしこも真っ白なこの家の壁、床、調度品、あらゆる物にぶつかり、ぶつかってはその衝撃で弾かれ、を繰り返し、しまいには、ついに這いつくばり、のたうち回り、その末、此処、リビングまで移動しました。そして、ついにそこで事切れたと、そう言う訳です。

 さしもの私も、自分の目論見に、初めて背筋が寒くなりました。ふたりから受けた仕打ちも忘れて、私は一瞬呆然と、ああ、これから私もああなるのだと、真っ黒な血に溺れるふたりを見て、泣きそうに思いました。しかし、ここで中断と言う訳には、決して、なりません。

 私は蒼褪めながらも、ふたりの血抜きを開始致しました。遅ればせながら、先生、これこそが、私の本命でありました。彼らの体内に巡る内、なかでも太い血管を見つけ次第、ぱちんぱちんと断ち切っていかなければなりません。彼らの体から、出来る限り血を、毒を、抜いてしまわねばなりません。

 とは言え、長年父母と呼んできた人たちの体を切り刻むのには、弄ぶのには、耐えがたい抵抗の様なものを感じもしました。私の額からは、ひっきりなしに汗が垂れ落ちて両目を突き、一切寒くも無いのに手がかじかみ、血の匂いも肉のぬめる感触も、最早五感に訴える全てが堪らず、心の内側の葛藤にも、嫌にむしゃくしゃとして来ました。けれども、それがなぜか、不意に、本当になぜなのか、或る一本の太い血管から、ぴゅっと血が噴き出すのを見ると、一度だけぷっと笑いがこみ上げて来て、以降、私を押し留めるものの気配を感じることは、もう二度とありませんでした。

 それよりも、ずっと、安心したものです。もう終わったのだと。こんなことで笑っても、もう誰も私を咎めないのだと。


  先生、私は、この際全てを白状致しますと、この日を待ちわびておりました。いつもいつも、漠然とした希望をもって、自分の血、両親の血が一切この世から失われてしまう事、同時に、霍田家の血液が私を以て無事に断絶されること、それが出来る日を、夢見ていたのです。


 この、どこもかしこも真っ白という白磁の家にも表れている通り、私達一家の生活とは、異常な潔癖に犯されたものでありました。

 父母は、私をその異常な潔癖に則り、それはそれは深い愛情をもって、今迄育てあげました。私の感じていた両親の愛の深さと言ったら、少々お恥ずかしい限りですが、つい最近になるまで、我が家程素晴らしい家族は無いと、こんなにも絆の固い家族は無いと、私自ら率先して信じ込み、誇り、驕っていた程だったのです。

 それがなぜ今の様に心変わりを遂げたのかと言いますと、つまりは、両親の、愛し合う姿を目撃してしまったからに他なりません。

 先生、この小娘が突然何を言い出すのかと面食らうかもしれませんが、私は性交を知りません。それどころか、男性と触れ合ったことすら、いえ、何なら満足に会話した経験すらも無いのです。

 ですから、年頃だと言うのに全く恋愛を知らずに、同級生の女の子たちが楽しむお洒落や恋はまるで別世界の出来事とばかりに割り切り、しかし実際には深い劣等感を心の中であやしながら、情けなくも、私という女は、そうやって生きながらえてきたのです。

 先生。先生は、私が先生を恋い慕っていたことを、ご存知でしたでしょうか。先生は、あの病的に心配性の母が唯一、近付くことを許した年の近い男性だったのです。知っていましたか。

 はじまりは、母が私に無断で家庭教師を依頼した時点にまで、遡ります。職場の上司にあたる、とても信頼できる方のご子息が暇をしているのだと聞き、それでは是非どうでしょうと母自ら提案したのだと、得意げにそう話しておりました。私は無論戸惑いましたが、実際に先生の人柄を知る内に、未知の感情に囚われるようになっていったのです。

 恋心です。同時に、強烈な不安、ひいては怒りを抱えている自分をも、自覚するところとなりました。先生、私が羨望していた恋愛、恋心とは、私にとって、どうしても他の女の子が楽しんでいるような喜びに満ちたものとは思えず、苦悩でしかなかったのです。

 私のこんな、男性を求める気持ちを知れば、母は一体どう思うものか。これを、どのように隠せるだろうか。我が家の密接に通じた両親のことですから、結局、どちらにもばれずに成就する必要があります。

 先生。子どもが、お小遣いも貰っていないような子供が、欲しいとも言えないような子どもが、果たして、そんなことをできるのでしょうか。

 母は、私が学校に行く度帰る度に、カバンをひっくり返し、ラブレターを隠していないか探すのです。同様の恐れがあると言って、パソコンやスマートフォンも持たせては貰えません。下着を大人のものに買い換えるのだって、周囲と比べ、随分と遅かったものです。

 笑い話のついでにお話し致しますと、昨年、バレンタインデーに友達からチョコレートを貰った時には、家族会議が開かれました。そこで両親にいくら同性の友人から貰った物であることを説明しても、全く聞き入れてはもらえません。両親からの疑いの目、言葉を一身に浴びながら、私は縮こまり、恥に耐え忍ぶ他ないのです。

 さて、そんな様子の私を、父はみっともないと言いました。父がこう言い出すと、大抵決まった型の会話になるものです。母は父の言葉を肯定し、こんな女を相手にする男なんて居ない、と言って嘲笑しました。あの家庭教師だって、と言って、先生が引き合いに出される事だって、一度や二度ではきかないのです。

 こんなことが、今まで、何回もありました。ともあれ、今こうなってみて真に驚くべき事には、こんなにも惨めな思いをさせられていながら、私自身、家族会議の終わった後にはもう、何も覚えていなかったということです。

 けれども、両親にしてもそれは同じの様で、翌日にさえなってしまえば、ふたり揃って平穏且つ美しい笑顔を浮かべていたと言うのですから、まるで、家族とは何をぶつけ合っても終いには元通りになる、ええ、何と都合の良い関係なのでしょう。

 先生。私はそんな生活の或る夜、夫婦が愛を囁きあい、体をまさぐりあっているところを目撃してしまいました。私は幼少期より不眠症気味であり、深夜、台所にまで水を飲みに行った帰りに、本当にたまたま、偶然により、ふたりの間に未だ情事のある事を知るところとなったのです。

 私はふたりから目が離せませんでした。今、先生にしている様に、ジッと見つめておりました。そして、ああ、あの両親が正真正銘まぐわって作り上げた、血液、細胞、内臓、何もかもが、それこそが、私を構成し、生かしているのだと、グルグルグルグル、自分では止められない思考が氾濫を起こす様な、眩暈がしてくる様でした。

 あの親の血も、私の血も、全て抜いてしまわねばなりません。私は母への嫉妬に駆り立てられました。これが唯一、私の、女としての人生を奪われた私の、人生に課された解毒の使命に他なりません。

 でなければ、先生、私はもう自分を許せません。

 あの両親から引き継いだ、こんなにも卑しい心身を持った霍田令子という人間を、これ以上貴方の目にさらすことなど、もう、私には耐えられません。

 両親のように穢れた部位を愛する人にさらけ出し、あまつさえ欠損した心を相手に明け渡すなど、私には、人に許されたこととは、到底、思えません。


 だと言うのに、どうして。私、この手紙では、それと同じことがしたいと思って、こうして先生へと書き残すことに、決めてしまいました。無念です。あまりにも、無念です。


 ああ、先生。先生、今正に解毒が完了致します。

 どうか、この人生の内、最も健やかで美しい霍田令子を、見てください。

 霍田令子の、全身全霊を愛してください。


 御機嫌よう。

 

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