ノンデリカシー

 昨日の夜、俺はデリカシーの無い事を言ったはず。それなのに、ラムネ瓶のビー玉を舐めるような経験を味わった。

 あれから三人で二時間サムバして、朝はコモケー抜きで一緒に飯食って、また今日も一般学生は学習プログラム。昨日、一昨日と変わらない合宿日程を過ごしているが、天草先輩の背中に触れてからずっと頭がまともに機能していない。


(くぁああ、やばい。アレはやば過ぎる)


 思い出す度に、両腕で頭を覆って撃沈してしまう。天草先輩は俺の目の前で脱衣した、そして他人に見られたら良くない部分を俺の手で隠した。こんなの目覚めざるを得ないだろ、今までにない興奮を覚えちまった。


「おはよ、きーちゃん」


 ミホの綺麗な笑顔が飛び込んできて、俺は慌てて顔を机に押し付ける。すまん、とても自制出来る状態じゃない。今は見逃してくれ。


「え。どうしたの、顔真っ赤だけど⁉︎」

「なんでもねぇえよぉお……」


 明らかに大丈夫じゃないが、説明出来そうにないし、落ち着きを取り戻すまで突っ伏すしかない。なんであんな事したんだ天草先輩は。とりあえず俺をもて遊ぶ様な意図も感じるし、ああ、ダメだ、やっぱり誰かに話したい。


「俺さ、昨日天草先輩に性別聞いたんだよね……」

「ぬぇえッ⁉︎ マジそれ……で、どっちだったの⁉︎」

「結局、分かんなかった」


 だからそんなに様子が変なんだ、とミホの呆れ声が聞こえる。女子に下着の色聞く様なデリカシーの無さがあるのは間違いない、そこに対する後悔と夢の様な出来事が脳内再生されて、収拾がつかないんだよ。


「よく聞けたね、なんか知らないけど言い辛い雰囲気あるのに」

「大丈夫そう、だったけど……はぐらかされた」

「まあ、嫌われてないなら良いんじゃない?」

「自分が思ってるより、無神経な事口走ったのがショックなんだよ」

「私にTPOとか言っておいて、結局きーちゃんも興味抑えられない男子なんだね」

「死にたい……もう、殺してくれ」


 恥が俺を追い詰める。綺麗な関係を望んでおいてノンデリの側面が露出するとか、我ながらキショいって。でも、これでハッキリした事がある。


「やっぱ俺、男か女か分からないのが良いんだなって気付いてさ」

「キショいって」

「ごめんなさい…………」


 ミホの声色が明らかに引いてて、額を机に擦り付けて謝罪した。そこにガラガラとドアを引く音が聞こえて少し顔を上げると、マスクをした越前先生がゆっくり入ってきた。昨日体調不良だったらしいけど、大丈夫かお爺ちゃん。


「おはよう御座います、今日も……合宿プログラムと言いたい所ですが、皆様にお知らせがありまして」


 いつも通り、学校みたいな行事を捩じ込むんだろうな。恥を抱えたまま、適当な視線を向ける。


「今ここに集まっている皆様は明日から、合宿施設が変わります。……ここでの生活は、本日までです」


 教室がざわめく。いきなり何かやるのはいつも通りだが、まさか生活の場所が変わる事になるなんて。昨日の事で頭がいっぱいだったから今気付いたけど、いつもの半分しか一般学生が揃ってない。胸騒ぎがした。


「越前先生、透明人間の生徒とも別になるんですか?」


 他の男子生徒が俺の不安を言葉にしてくれた。そうだ、問題は透明人間と離れる事になるかどうか。やめてくれ、こんな形でさよならになるのは。


「ああ……、安心して下さい。グループ一緒で移動しますよ」


 ホッと俺はまた机に突っ伏す。びっくりさせないでくれ、この場に透明人間がいないから強制終了かと思ったぞ。——本当に、良かった。


(良かったねきーちゃん、アマユユスとまだ一緒に過ごせるじゃん)

 ミホの囁きで身体を起こして静かに頷いた。

「なので……今晩はキャンプファイヤーをやりましょう」


 ズルッと椅子から身体が滑る。唐突学校行事も相変わらずかよ、緩急で日常の三半規管が酔いそうになるって。

 越前先生から今日は学習プログラムは無しで、荷造りをお願いしますと指示があった。とりあえず、この居心地いい施設は最終日って事か。どこなのか結局教えてくれないが、国が絡む実態調査だし、次の場所も生活水準に問題はないだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月9日 08:45
2024年11月10日 08:45
2024年11月16日 08:45

不透明なクラゲに一つだけ色を選ぶなら 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ