透破抜
ミホに写真を撮るようアドバイスを貰った夜、俺はいつも通り気配が混ざり合う透明人間の下宿棟に忍び込んでコモケーの部屋に向かう。
あれから消灯時間後ほぼ毎日、三人でサムバする事がお馴染みとなってる。越前先生に見つかった上、女子の部屋に侵入するヤバさを承知しても尚、ゲームしに行くのは天草先輩と話せる唯一の機会を逃したくないからだ。
「……、よし」
コッソリ行動している俺だが、ここまで気配まみれだと他の透明人間にもうバレてるんじゃないかとは思う。指摘されるまではやめねぇぞと開き直って、コモケーの部屋に合図のノックをしてから入る。
中ではコモケーが射撃訓練でアップしている最中だった、合宿中でも練習に打ち込む姿は透けててもカッコよく見えるもんだな。軽くゲーミングチェアを揺らしてから、話しかける。
「よ、コモケー」
「んお? 北水いらっしゃ〜い」
ヘッドセットを外して、気軽そうにコモケーが振り返る。いつもの席に座ろうと移動するが、今日は珍しく一人足りてない。
「あれ。天草先輩はまだ来てないんすか?」
「そ〜いえば、そ〜だねぇ。今日もやるとは聞いてるけど〜」
コモケーはそう言いながら、ヘッドセットを首に掛けたまま射撃訓練を再開する。俺も先にゲームしようと思って一度は座るが、天草先輩の部屋へ行くチャンスじゃねと閃き立ち上がる。
「おッ、俺、天草先輩呼んできます」
「いてら〜」
ゲームに集中したコモケーの声を受け取りつつ、部屋を出て天草先輩を探しに行く。透明人間棟は、ネームプレートの並びを見る限り男子女子の区切りは特に無いみたいだ。どこにいるのか目で探りながら、おもむろに俺はスマホをポケットから出す。
(写真、どう頼めば一緒に撮ってくれるんだ)
透明人間の姿は映像越しでも直接の時と変わらずシルエットが分かるような感じだけど、若干シャボン玉のような見え方が混じったりする。いわゆる構造色ってやつだっけか。
とか思ってたら天草先輩の名前を見つけてゴクリと息を呑んだ。凄い気配に囲まれながら呼び出すだけなのに、プライベート空間って考えたらめちゃくちゃ緊張してきたぞ。
(何にビビってんだ、俺は!)
ここまで来たんだろ、都合が良いか悪いか尋ねるだけだろ、あと二十日くらいしか過ごせないのにウジってる場合じゃねえ。ドアを一途に二回叩く。
「天草先輩、いますかぁ……?」
声がショボ過ぎる。情けない有様に脳内が大絶叫する中、天草先輩の気配が目の前に迫ってくるのが分かった。そして、扉が開く。
「北水さん?」
前開きのパーカーを鎖骨まで閉め、グレーのルームウェアは膝下まで捲って身軽そうだ。じゃなかった、要件要件要件。
「えっと……今日のサムバ、都合悪い感じッスか?」
「ううん。そんな事ないよ、今から行こうと思ってたところさ」
「あ、来るなら大丈夫です。じゃあ俺、コモケーの部屋で待ってますんで」
「準備できたら、すぐ向かうから」
「はい、また後で」
せっかくのチャンスを自分から終わらせに行ってどうする。天草先輩の部屋まで来たんだ、今が二人で写真を撮れる絶好のタイミングじゃないのか。俺はポッケからスマホを出して強く握りしめた。
「あのッ、天草先輩!」
「ん?」
室内に戻ろうとした天草先輩がこっちを向いた。めちゃくちゃ視線を感じるぞ。緊張に押し負けるな、言いたい事を言うんだ。合宿の記念に写真を撮ってくれませんか、そう言うだけだぞ。
「天草先輩って男ですか、女ですか?」
————今、俺——とんでもない事を口走ったよな。頭が真っ白になってく、終わった、失礼な事聞いちまった。
「……。ふッ、あはは」
自ら絶望に突き落とす正面から、天草先輩のそっと笑う声が心を宙吊りにする、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「初めて聞かれたよ、普通の人から」
開いたドアに身体を寄せて、面白そうな反応を示す天草先輩。聞いたらマズイって本能が警告してきた事だったのに、現実はどう転ぶんだ。
「教えないけど、ヒントならあげれるよ」
いじわるな返しに心臓が跳ねる。天草先輩は呆然としている俺の腕を引いて、部屋の中に招き入れた。最高の展開なのに理解が追い付かない。
「目、瞑ってもらえるかな」
そう言われて俺はすぐに目を閉じた。鼻に色々な匂いがすり抜けていく、耳に服が外される音が迫ってくる。左手が掴まれて、探るように触られているようだ。顔が熱い、心臓が落ち着かない。
「目、開けていいよ」
そう言われたと同時に手のひらに平たい感触が伝わった。なんか、え。人肌だけど、なんか広くて固い。もしかしてこれ胸板ってやつでは、つまり天草先輩って男になるけど、骨格が女っぽくもあるような。手掛かりに翻弄される中で瞼を開く。
——視界がぼやけてるけど、透明人間のシルエットは見える。でも、着ていたパーカーが——
「…………」
そこで視界がハッキリする。胸板かと思ったけど、触れていたのは背中の左側だ。部屋を透過している姿は、唯一【心臓】が見えてしまう。それは透明人間特有のセンシティブな場所。ドクドクと少し早い内側の鼓動が、触れた手を艶かしく撫でている。
俺は今まで味わった事のない刺激に浸っていた。かなり核心に迫ったのに、天草先輩の性別はまだ分からない。もうひと押しすれば、知れるのだろうか。
「教えられるのは、ここまでという事で」
天草先輩は無理矢理パーカーを着直して、俺の左手を引き剥がす。そしてまた、いつもの表情が見えない姿で振り向く。
「サムバ、やりに行こう。北水さん」
スカしたような態度で俺を横切る。声に引っ張られて、俺は触れた左手を眺めながら無意識に天草先輩の後を追っていた。
頭が動かない。心臓を直接隠した自分の手を、羨むように、恨むように、ただただ眺める事しか出来なかった。
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