終・時代村の秘密 後編

第10話

まなみから春休みの旅行に誘われ、時代村にやってきたまいたち。そして、兄の誘いでやってきたゆり。六人は時代村の役場の職員に、住民登録をされてしまった。

 同時に、一機のヘリコプターが、港に着陸していた。


 ヘリコプターから降りてきたのは、白のオックスフォードシャツに紺のブレザーをまとった青年。

「何度来たって答えは同じだ。この時代村を観光施設にすることは断じて認めん」

「今回もそう言うと思っていました」

 青年が答えた。

「しかし、今回はだまって引き下がるわけにはいきません」

 フッと笑みを見せた。

「なんだと?」

「僕は社長ですよ? 全国各地の偉い人に呼びかけをすることも可能なのです。今日は、ここ時代村に興味を持っていただいた皆様みなさまにお越しいただきました」

「ん?」

 村長は、ヘリコプターに目を向けた。

 ヘリコプターから、複数のスーツを着た人たちが出てきた。ヘリコプターだけではない。何隻もの船が入港しており、そこから大勢のスーツの男性、女性が降りてきた。

「な、なんじゃこやつらは!」

「ふふっ。村長、この方々は、日本、そして世界各地の社長です。皆様この時代村に興味を持たれ、新たなビジネスを展開しようと試みているのです」

「いかん! そんなことは断じて許さーん!」

 村長の叫びもむなしく、大勢の社長たちは時代村の町内に向かっていった。

「村長。いい加減目を覚ましてください。これからの時代、江戸時代なんて古い世界は保っていけません。それらは歴史として名を刻み、人々に語り継がれる存在であるべきなのです」

「いかんいかん! なんのためにこの時代村があると思っておる! このちくしょうが!」

 村長は、青年の胸倉を掴んだ。青年はフッと笑った。

「暴力ではなにも解決しませんよ?」


 まいたち、そしてゆりの六人は、突如として現れた社長たちに当惑した。

「な、なんだ?」

 と、ゆうき。

「さ、さあ?」

 と、まい。

「ヘイ! そこの坊やたち~!」

 イギリス人の社長が話しかけてきた。

「ここに来て何年目デスか?」

「ひい~!」

 悲鳴を上げるまいとゆうき。

「こっちに来て! 早く!」

 誰かが声をかけた。

「へ?」

 声がしたほうに顔を向けるまいとゆうき。

 魚屋の屋根の上に、くノ一がいた。

「あんたの相手はこっちだよ!」

 くノ一は、手裏剣を投げた。

「オーマイガー!」

 イギリス人の社長は逃げた。

「早く! 君たち、こっち!」

 くノ一は、屋根から屋根にジャンプして飛び移っていった。

「え、ええ?」

 まいとゆうきは、とりあえず、追いかけることにした。

 追いかけている道中にも、各国の社長たちが声をかけてきた。写真まで撮ってきた。

「チェキはやめろ! マネー取るぞコノヤロー!」

「ゆうき……」

 ゆうきを見て唖然とするまい。

「オウノー!」

 手裏剣が飛んできて、逃げ惑う社長たち。

「こっちだよ!」

 くノ一は、屋根から飛び降りて、まいとゆうきを案内した。二人はくノ一のあとを追いかけた。

 三人は、町外れにある森に来た。

「はあ……」

 まいとゆうきは、走り疲れ、息を吐いた。

「君たち、あたいについてこられるなんて、ただ者じゃないね」

「そうだよ。俺たちは現金なやつらなんだね」

「意味がわからん!」

 まいがゆうきをげんこつした。

「あはは! 二人、似てるね。もしかして、姉弟?」

「カップルに見える?」

 ゆうきが聞く。まいは呆れた。

「ところで、一体なぜ私たちをここへ? あなたは誰なの?」

「あ、そっか。まだ名を名乗ってなかったね」

 くノ一は紹介した。

「あたいはくノ一を目指して時代村に来て半年、名はみかと申す!」

「私はまい。私立中学一年です」

「俺はゆうき。石油王です」

「ただの小学六年生でしょ?」

 まいが呆れ、代わりに紹介した。

「あはは! おもしろいなあ」

 みかは笑った。

「半年もこの時代村にいるんですか?」

 まいが聞いた。

「うん」

「どうして? ていうか、ここに二泊三日するだけのつもりなのに、私たち、なぜか役場の人に住民登録されたんです」

「ていうか、俺はただの観光施設かと思ってたぞ? なんで住民なんとかってのされるの?」

「そうか。君たちはここ時代村の秘密を知らないんだね」

「秘密?」

 まいとゆうきは同時に首を傾げた。

「時代村はね、現代社会に疲れた人が来るところなの」

「……」

 まいとゆうきは三秒間黙り込んで、

「え?」

 ポカンと口を開けた。

「時代村ができたのは半年前。ちょうど、あたいが来た頃だね」

 みかは、半年前のことを話した。


 半年前。みかは引きこもりの生活をしていた。学校も行かず、仕事も行かず、ただ部屋の布団で横になりながらスマホを見つめる日々を送っていた。

 そんなある日だった。

「時代村?」

 時代村のホームページを見つけた。

「現代社会をやめませんか。江戸時代の暮らしを始めることで、本来あるべき暮らし、また自分を取り戻すことができるでしょう」

 始めは胡散臭く思えた。だが、二十代にもなって引きこもり生活を送る自分に嫌気がさしていたのも事実だった。

 後日、みかは時代村に行くことにした。一泊二日をするつもりでスーツケースを抱え、港で船を待った。

「時刻表もあるし、他にも船を待ってる人がいるから、胡散臭くないよね?」

 という不安も抱えつつ、船が来るのを待った。

 数十分後、船が来た。

「うわあ……」

 初めて見る木造の船に感化された。

 時代村に到着後、みかは宿を手配していないことに気づいた。

「どうしよう……」

「お主、時代村へようこそでござる! そめがしは時代村の警備を担う者。お主、時代村に来たのなら、まず役場に向かうのじゃ」

「へ? や、役場?」

「うむ。役場で住民登録を済ませねば、お金を江戸の硬貨にすることはおろか、住処を得ることもできぬぞ」

「へえー?」

 なにがなんだかだった。

 しかし、みかはそのまま言われた通りに、時代村の住人になってしまった。

「スマホもない、家に帰る船もない、これからどうするかな……」

 とりあえず借りた木造の小屋の中、途方に暮れた。

 しかし、自分は今時代村という場所で江戸の人間となり、引きこもり扱いだった現代社会には存在しなくなったわけだ。

「そういえば、昔アニメで忍者に憧れたっけな……」

 これが、時代村でくノ一を目指そうと思ったきっかけである。


「というわけで、気が付いたら半年もくノ一やってましたわあ!」

「だあ!」

 思わずひっくり返るまいとゆうき。

「しかし、子どもがこんなところに来るなんてねえ。めずらしい、よっぽどひどい目見たの?」

「い、いやいや私たちは観光のために来ただけです!」

「え? 時代村は観光のためじゃなくて、現代社会に疲れた人が、江戸時代の町で和やかに過ごしましょうっていう村長の目論みからできた村なんだよ?」

「なんじゃそりゃ……」

 ゆうきが呆然とした。

「要は、ここは観光施設ではなく、よほどの事情を抱えた人のためにある村なんですね?」

 まいの答えに、みかがうなずいた。

「それはおかしな考えだ」

 若い男の声がした。

「誰だ!」

 みかは、戦闘態勢に入った。

「まだ二十二歳の社長だよ」

 オックスフォードシャツの青年だ。

「お前は小坂こさか! 月に一回はこの村に来て、ついには世界各地の現代人を連れてきたか!」

「姉ちゃん、この人現代人だよな」

 ゆうきは、みかの背中を指さした。

「そうよ?」

 まいは当惑しながら答えた。

「ふっ。僕は君に何度も忍術を仕掛けられ、挙句に強くなってしまったようだ」

「なら、腕試しといこう!」

 みかは、バッと小坂に向かった。そして、蹴りを炸裂した。

「なっ!」

 しかし、小坂は蹴りを少し左に逸れただけでかわした。

「たあ!」 

 みかは、さらに突きや蹴りを炸裂した。しかし、小坂は怖気づく様子を見せず、華麗にかわしていく。

「最初は当たってたのにな……」

 みかは小さく笑みを見せた。

「時代村の人間は、前進することを恐れている者が多い。僕はただ、観光施設にして栄えてほしいだけなんだ」

「そんなの、必要ない!!」

 みかは、かかと落としをお見舞いしようとした。

 しかし、小坂はかかとが地面に着きそうになる瞬間を捉え、足首を掴み、勢いよく下ろしたのち、みかを抱きかかえた。

「ひゃあ!」

 まいは、ゆうきの両目を伏せた。

「これから、もっと不景気になる。僕が言いたいのはお金じゃない。たくさんの人に称えられてこそ、本当の富を得られるんだ。時代村は、その転機を奪えるチャンスがあるんじゃないか?」

 小坂は、みかにささやいた。


♪人気者はお金持ち


物価高、値上げ、二〇二五問題 お金持ちも抱える、お金の大問題


お金を得るためにまずすべきこと 貯金、投資、仕事、いや人気者になれ


人々に称えられ、必要とされる者 そうそれこそがお金持ちになる秘訣


僕のように社長になれ 僕のように人気者であれ


 歌いおわると、みかは、小坂から離れた。

「時代村の人たちを舐めないほうがいいよ? みんな、あんたがしようとしてることはわかってるんだからね」

「ほう」

 みかの言う通り、町内では、各国の社長たちが時代村の住人たちに、木っ端みじんにされていた。村人には、薙刀を振りかざす者や、火縄銃を撃ち放つ者、噛みつく者など、いつもは平穏な町が、今日だけは喧騒とした場所となっていた。

「なんてこったい! 空手に柔道を極めてる格闘家の社長なんて、僕くらいなのに。ひどいねえ」

「どうでもいいけど、私たちは帰りたいわ、自分たちの家に」

 まいが言った。

「え?」

 みかがまいに顔を向けた。

「私たちは観光で来ただけなの。なのに、どうしてここで暮らしてかなくちゃいけないの?」

「それは……。でも、ここはいいとこだよ?」

「そうかもしれない。けどそういうことじゃなくて、住むか住まないかなんて、自由じゃないですか」

「ま、まあね」

「おほん。お嬢さん、その言葉、彼女じゃなくて、村長に通したほうがいいかもしれないね」

「へ?」

「僕が案内しよう。ついでに、もう一度僕もお話したいしね」


 港では、村長がさんざんにされた社長たちに文句を叩かれていた。

「どういうことだ村長さん!」

「ワターシのお気に入りのネックレス引きちぎられマシータ!」

「ここの住人は暴力を平気でする人ばかりで治安最悪アルね!」

 各国の社長たちに文句を叩かれながら、村長は背を向けていた。

「お前たちはまだわからんのか。時代村で平穏に過ごす者たちの、お前たちの欲望をぶつけられる怒りが」

「まあまあ村長さん。僕ともう一度、お話しましょう」

 小坂が来た。

「お前とはなにも話すことはない」

 村長は背を向けたままだ。

「そうやって見つめている海の向こうに、あなたが元々暮らしていた街があります」

 村長は目を見開いた。

「思い出したくもないことを言うな!」

「現代社会におけるつらいことは、僕だって十分に理解できます。しかし、現代人であるからこそ、向き合うべき壁だと思いませんか? 特に不景気、不景気に対して、一般人ができることは、お金を大切にすることです。無駄遣いをせず、支出を抑えるってね……。しかし、時代村はそんなちりつもなことしなくても、不景気に立ち向かうことができるのです。それが、観光施設にして、多くの人に江戸時代を本格的に体験していただく場所にする。それこそが、時代村のあるべき存在なのです!」

 小坂は、村長を指さした。

「だまれ!!」

 村長は、鬼のような形相で振り返り、小坂をにらみ付けた。

「はあはあ……」

 そして、息を吐いた。

「お前は一方的にこの村の本来の姿を抹消しようとしているだけだ。なにが観光だ。たわけが!」

「ふふふ……」

 小坂は笑って、

「いい加減にしろよ、クソジジイ!!」

 怒鳴った。

「お兄ちゃん、そこまで!」

 誰かが肩を叩いた。

「その声は!」

 振り返った。

 ゆりがいた。

「ゆ、ゆりちゃん?」

 小坂を目を丸くした。

「お兄ちゃん、怒ると暴言吐く癖直ってないんだね」

 ゆりは呆れた。

「お、お兄ちゃんー?」

 目を丸くするまいとゆうき。

「そうだよ。あのお兄さん、ゆりさんの兄みたいです」

「石田!」

 ゆうきが石田君の名を呼んだ。

「まいちゃん、ゆうきも無事だったんだね!」

 あかねがまいの手を握った。

「あかねちゃん。まなみも!」

 あかねとまなみが来た。まいは二人が無事だったのを知って、安心した。

「ではでは。まなみが説明しましょう!」

 まなみが紙芝居形式で、説明を始めた。

「ゆりさんのお兄さん、ゆうじさん二十二歳はアミューズメント施設やレジャー施設などの観光施設を経営したり企画する大企業の社長さん。ゆりさんが時代村に招待されたのも、時代村を観光地にするため、ゆうじさんが行くから、無理やりついてきたそうです」

「ついてきたというか、お兄ちゃんが宿泊費や交通費を出してくれたんだけどね」

「ふっ。社長の僕に、その程度のお駄賃安いもんさ」

 気取った。

「まなみ、あの人はゆりさんのお兄さんで、時代村を観光地にするために、各国の社長を連れ出したってことか」

 ゆうきが再度確認した。

「ごめん。そこまではわかんない」

「お兄ちゃんのすることだもん。なにか騒々しいことになるのは想像していたよ」

「”そうぞう”だけに?」

 ゆうじはほほ笑んだ。直後に冷たい風が吹いた。

「あの!」

 まいが、村長に近づき、声をかけた。

「ん?」

 村長は、まいを見下ろした。

「あの、私この村は気に入ったんですけど、その……。勝手に住民登録するのはなんとかなりませんか?」

「なぜじゃ?」

「なぜって……。私たちは観光のために来たんです」

「ほう」

「俺も、今度来たら馬に乗ってチャンバラしたいな!」

「僕も、ゆうきさんと馬に乗りたいです……」

 うっとりしてくっついてくる石田君にげんなりするゆうき。

「まなみ、いろいろな写真が撮れたよ」

「馬フンはダメよ?」

 と、まなみにツッコミを入れるあかね。

「村を、気に入ってくれたのか」

 村長が聞くと、

「はい!」

 まいたちはにこやかにうなずいた。

「村長さん、今を生きる現代っ子でも、江戸時代という普段踏み入ることのない世界に入れば、誰だって、楽しめるものです。だから、観光地にしま……」

 ゆりがゆうじの頭を押さえつけ、言った。

「私も観光のために来ましたけど、甘味処の店員さん、すてきですね! ついでにあんみつも最高でした!」

「……」

 村長は、現代社会を憎み、流れ着いてきたわけではない人でも村を満喫してくれることに気づかされた。

 村長は、また海に体を向け、こう言い放った。

「若い社長よ」

「は、はい」

 ゆうじはゆりに頭を押さえつけられたまま、返事をした。

「お前の話、少しだけ耳を傾けてやろう」

「ほんとですか!?」

 押さえつけている手を払いのけ、立ち上がった。

「ああ。しかし、少し時間をくれ」

「かしこかしこまりました!」

「ははは! かしこかしこまりましたってどっかで聞いたことある」

 ゆうきが笑った。


 あれから時代村がどうなったのかは不明確だが、今もホームページは健在中であり、村長の気が変わったのであれば、観光のために来た人でも快く受け入れていることだろう。

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まいとゆかいな仲間たち4 みまちよしお小説課 @shezo

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