9・時代村の秘密 前編
第9話
冬が過ぎ、春休みが来た
「春休みが過ぎれば、俺もいよいよ中学生かあ」
部屋でゴロゴロしながら、ゆうきがつぶやいた。
「どうかしら?」
勉強しながら答えるまい。
「どういうことだよ?」
「つまり、あんたは頭が悪すぎて、小学生を浪人するのよ」
「浪人ー?」
ゆうきは、桜が舞う中学校の校門で、あかねやアリスが中学生になるのを見届けるランドセル姿の自分を想像した。
「あははは!」
「なにがおかしいのよ!」
「小学生と中学生は義務教育なんだぜ? 浪人なんてあったら、国の偉い人たちがだまってないだろう」
バカにした。
「言っとくけど! 中学校は勉強できないと詰むからね?」
「詰む?」
「ええ。卒業はできると思うけど、高校には行けないかもしれないわよ」
「姉ちゃん。俺は高校に行けなくても大丈夫だよ」
「どうして?」
にこやかに答えました。
「この生まれ持ったルックスを世間に売りつけてやるのさ……」
気取った。
「……」
まいは、唖然とし、なにも答えなかった。
「あ、まなみからメールだ」
まいは、スマホを付けた。
「なになに?」
まいのスマホを覗き込むゆうき。
「明日から二泊三日で時代村に行きませんかー?」
時代村。それは、まいたちの住む街にある港から出港する船で一時間ほどの場所にある離島であり、時代が江戸時代で止まっているらしい。つまり、住んでいる村人はみんな、江戸時代の格好をしている。建物も、食べ物も、なにもかも、みんな江戸時代のままだった。
「そんな不思議な村が、ほんとにあるのかしら?」
二泊三日の旅行とあってか、制服ではなく、チェックのシャツに上着という私服スタイルで来たまいが問う。
「ほんとにあるんだよ。ほら、ホームページだってあるでしょ?」
まなみは、スマホでホームページを見せた。
「あなたも江戸時代に来ませんか? 現代社会よりすてきな未来が待っています……。なんだそりゃ?」
「まなみもよくわからないけど、なんだか気にならない?」
「ま、まあ」
「ていうか、弟君は?」
「ゆうき? あいつは寝坊したから、遅れてくるわよ」
「お待たせー!」
あかねの声がした。
「あかねちゃん! おはよう」
まいがあいさつした。
「おはよう二人とも。ねえ、時代村のことネットで調べたよ」
「あかねちゃん、ちゃんと調べたのね」
まいが感心した。
「うん。要は、京都にある映画村みたいなものでしょ?」
「そういうことになるのかな?」
まなみは、ホームページを見ながら首を傾げた。
「あと、誰が来るのよ?」
「あとはねえ。弟君と、石田君が来るはずだよ?」
「お待たせー!」
ゆうきと石田君の声が聞こえた。
「姉ちゃん! 忘れ物だぜ?」
と言って、ゆうきは忘れ物を差し出した。
「えっ?」
目を丸くするまい。
「わお!」
目を丸くするまなみとあかね。
ゆうきが差し出したのは、犬のぬいぐるみだった。
「これがないと寝れないだろ? 俺知ってるんだぜ。姉ちゃんがこっそり保育園の頃から使ってたぬいぐるみを抱いて寝てることを」
「そ、そうだったの!?」
声を上げるまなみ。
「あ、あはは……」
苦笑するあかね。
「ほら、姉ちゃん。これで俺の遅刻はチャラだよな」
「なにがチャラよ! んなもん持ってこんでもいいわい!」
と、言いつつも受け取った。
「ゆうきさん!」
石田君がゆうきに抱き着いた。
「お、お前も来るのかよ!」
「最高の春休みにしましょうねえ!」
「は、離せ~」
抱き着いてくる石田君を離そうと抵抗するゆうきだった。
「さて、全員揃ったことだし、もうすぐ船が着く時間だね」
「まなみちゃん。時代村は江戸時代になりきる村だし、もしかして船も木造建てなのかな?」
「それはないと思うよあかねちゃん……」
と、まい。
「だって、今時そんな船、乗せようなんて思わないでしょ?」
「姉ちゃんはこれだからロマンがないなあ。ぬいぐるみと寝るくせに」
「ゆうきは石田君とイチャイチャしてなさーい?」
ニヤリとした。
「ゆうきさーん……」
石田君がゆうきの肩に触れた。
「ドキッ」
背筋を凍らすゆうき。
「木造で来るよ」
誰かが話しかけた。
「あはは! だから、今時そんな船おかしいって……」
まいは笑って、
「ええ!?」
驚いた。
「久しぶり、君たち」
ゆりがウエイトレス姿でウインクしていた。
「ど、どうしてゆりさんが?」
あかねが聞いた。
「実は、私のお兄ちゃんが時代村に用事があるみたいで、ついでに私も有休使って行きたーいって頼んだら、宿泊費と交通費くれたの」
「マジですか……」
「君たちはどうして?」
「はい! まなみが春休みの旅行に誘ったのです」
まなみが答えた。
「なるほどねえ」
「あの。ちょうど見えてきた木造の船、あれでしょうか?」
石田君が指さす方向に、木造の大きな船が見えた。時代村行きの船がやってきた。
船が到着すると、漁民の格好をした男性が降りてきた。
「お客様ご一行様が、時代村へ向かわれる方々ですか?」
「は、はいそうです」
ゆりが答えた。
「では、どうぞ」
漁民は船へ案内した。そして、全員乗り込んだことを確認すると、船は出港した。
「すげえ!」
初めて乗る木造の船に心をときめかせるゆうき。
「俺たち、本当に船に乗ってるんだよな? 木造のだよな!」
「そうですよ」
石田君がほほ笑み、答えた。
「潮風が心地いいわねえ。四月の前だから少し寒いけど」
潮風を浴びるあかね。
「まいちゃん。乗り物酔い、大丈夫なの?」
まなみが聞いた。
「ええ。酔い止め飲んだからね」
「そうなんだ……」
「ん?」
まいは、まなみの表情が少し暗いことに気づいた。
「まなみ。どうした?」
まいは、まなみの顔を覗き込んだ。
「うう……」
まなみは、青い顔をしていた。
「まさか……。酔ったな?」
「やばい、吐きそう……」
「ええ? ちょっ、こっち来ないでよ!」
よろよろと寄ってくるまなみから離れるまい。
「もうダメ……」
「だからって私のところに寄ろうとするなあ!」
離れていると、だんだん端に近づいてきた。
「うええ……」
青い顔で近づいてくるまなみ。
「や、やるなら海にしなさい!」
近寄ってきたまなみをサッと避けた。
「おええ」
まなみは、海に向かって戻した。
「あとで酔い止めあげるわ……」
呆れ、額に手を押さえた。
出港から一時間。あたりは海しか見えなくなり、やがて一つの島が見えてきた。
「長らくの乗船お疲れ様でした。まもなく、時代村でございます」
漁民が案内した。
「あれが、時代村……」
まいがつぶやいた。他五人も、時代村に目を向けた。
時代村に到着。聞いた通り、あたりは現代らしくない。江戸時代そのものだった。建物はすべて木造で建っており、荷車にワラ草を載せて町内を歩く人、魚屋、八百屋、雑貨屋、陶芸家、井戸端会議をしている主婦、猫じゃらしを持って走り回る子ども、現代では見られない光景が見えた。
「すごい……」
タイムスリップしたかの気分に見舞われているまい。そして、他五人。
「お主ら、さては時代村は初めてじゃな?」
武士に話しかけられた。
「へえ?」
当惑するまいたち六人。
「そめがしはこの時代村を守る、言わば警備をする役目じゃ。お主らには、時代村に来たからには、掟に従ってもらわなくてはならない」
「掟?」
と、ゆり。
「そう。それは、江戸時代の格好になることじゃ!」
まいたち六人は時代村の役場に連れられて、江戸時代の服装に着替えた。着替えたらすぐに、入り口に集まった。
「おお」
ゆうきは、羽織袴の姿になった。
「江戸時代のゆうきさんもすてきです……」
同じく羽織袴の石田君が、くっついてきた。
「石田! 江戸っ子ならもっとバシッとしろよ!」
「バシッと? こうですか?」
ゆうきをバシッと叩いた。
「あかねちゃん、着物似合ってるよ?」
花柄で黄色の着物姿のまなみ。
「まなみちゃん。相変わらずカメラは首から下げてるんだね」
もみじ模様の赤い着物姿のあかねに、まなみは答えた。
「これは生まれた時から肌に離さず大切にしたものだからね」
「あーあ。私は着替えなくていいって言ったのに……」
ゆりは、しぶしぶ桃色をした桜模様の着物に着替えたようだ。
「ところで、まいちゃんは?」
ゆりが聞く。
「姉ちゃんはね、向こうにいるよ」
ゆうきが指さす方向にみんな目を向けた。
まいは、入り口の柱にこっそりと身を潜めていた。
「まいちゃーん。おいでよ?」
まなみが呼ぶ。
「どうしたんだろ?」
首を傾げるあかね。
「もしかして、恥ずかしいんですかね?」
と、石田君。
「でも、姉ちゃんは服装でキャラが変わる性格してるからな。着物を着れば、大和撫子みたいに振舞うかと思ったぜ」
「なにそれ?」
ゆりが唖然とした。
まいは、顔を赤くしながら、じっとにらんでくるだけで、一歩も動こうとしなかった。
「こういう時は、みんなで姉ちゃんにツッコミさせよう! 姉ちゃん、これが江戸っ子の~、コマネチ!」
コマネチを見せた。
「……」
まいは反応を見せなかった。
「やーい! まいちゃんの家、おっばけやーしきー!」
まなみは謎の罵倒を始めた。
「いやなにがどうしてお化け屋敷に見えたんだ!」
まいは隠れたままツッコミを入れた。
「うわっ!」
しかし、ツッコミをした際に思わず体を前に乗り出した弾みでバランスを崩してしまった。
「おっとっと!」
コケるかと思いきや、歌舞伎役者のように片足で跳ねて、見事ゆうきたちのいるほうへやってきた。
「おお!」
まいは、足元の丈が短い、いわゆるミニの着物姿をしていた。
「こ、これしかないって役場の方に言われて、しかたなく着たのよ!」
「またまた~」
ニヤリとするゆうき、まなみ。
「ほんとなんだってば!」
「ま、まあみんな着替えたことだし、適当に散策でもする?」
あかねが聞いた。
「そうだ! みんな、それぞれ分かれて散策しない? そのほうが楽しそうじゃない」
ゆりが提案した。
「はい! 僕はゆうきさんと組みまーす!」
石田君はサッとゆうきの腕を組んだ。
「じゃあ、まなみはあかねちゃんと」
「私は、まいちゃんと行こうかな?」
「お、お願いします……」
六人は二グループに分かれ、時代村の散策を開始した。
ゆうきと石田君は、町内を歩いていた。
「江戸時代って、どんなお店があるんだろうな」
「少なくとも、現代にあるショッピングセンターとかはないですよね」
「じゃあ、なにがあるんだ?」
「うーん、商店街があるんじゃないですかね」
「じゃあ、商店街に出向き、なにか気になったものがあったら買ってみるか」
「そうですね。しかし、こちらでは現代の硬貨や紙幣が使えるのでしょうか?」
石田君は、懐から百円玉を取り出した。
「安いよ安いよ!」
目の前にあるちくわ屋の店主が呼びかけを行っていた。
「すいません」
「おっ、坊や。ちくわいるかい?」
「これ、百円で買えますか?」
「ええ? ダメダメ! 時代村では、役場から江戸時代で使われていた硬貨をもらってこないとなにも買えないよ」
「そ、そうなんですか」
石田君はちくわ屋を去った。
「ゆうきさん。やはり、ここは役場でお金を江戸時代に使われていた硬貨に取り替えないといけないみたいです」
「てかなんだよ、ちくわ屋って……」
唖然とした。
まなみとあかねは、砂浜に来ていた。
「で、まなみちゃん。あたしたちはなにをするの?」
「もちろん! 時代村に来たなら、時代村でしか撮れない一枚を探すに決まってるでしょーよ!」
胸を張り、言い放った。
「は、はあ……」
「現代では道に落ちてる空き缶やペットボトルがほとんどだったけど、ここではきっと、馬フンや髪飾りが落ちてるはずっしょ!」
ハイテンションで砂浜を探し回った。
「はあ……。まなみちゃんとペアになるんじゃなかった」
途方に暮れた。
まいとゆりは、甘味処に来ていた。
「お待たせしました」
着物姿の店員があんみつを二つ、運んできた。
「うわあ! こういうの、夢だったんだあ」
いつもは見せない子どもらしい目を見せるまい。
「接客態度よし。商品の見栄えよし」
ゆりは、あごに手を付け、うなずいていた。
「まいちゃんは着たくない格好をされた故、せめて自分の憧れていた場所に行きたいという望みがあって、私は江戸時代の飲食店を研究し、今後につなげるためという、いかにも勉強熱心な二人の思いつきそうな散策であった」
ゆりはナレーションした。
「別にただなんとなく選んだだけでしょ!?」
まいがツッコミを入れた。
「で、でもこういうとこ来るのは小説で読んでから憧れてはいたし……」
「ねっ。ただ、役場でお金を江戸時代の硬貨にしないといけないのがやっかいだったけど」
「そうね。ここ、観光施設のくせにずいぶんと本格的なことねえ」
感心して、まいは白玉を口にした。
「おいしい~」
ほおを落とした。
「まいちゃん。いつもは見せない顔、お姉さんにだけ見せてくれるんだね」
ゆりがほほ笑んだ。
「いちいち変なツッコミ入れて来ないでくれる!? 恥ずかしいんだけどっ!」
赤っ恥になりながら声を上げた。
それぞれが時代村を楽しんでいるうちに、あっという間に三日が過ぎた。三日目の夕暮れ時、六人は船が入港した港に集まった。
「いやあ、江戸時代って、買うものなんにもないねえ」
「見てるだけでもめずらしいものばかりで、楽しかったですよ」
ゆうきと石田君は、町内の散策を楽しめたようだ。
「髪飾りも馬フンも落ちてないじゃん!」
「時代村に来て、まなみちゃんに終始振り回されっぱなしだった……」
まなみは撮りたい写真が見つからず、あかねはまなみに振り回されっぱなしだったようだ。
「みんな、あまり満喫してない?」
首を傾げるまい。
「まあでも、時代村に来ることができてよかったよ。有休最高!」
ゆりとまいは堪能したようだ。
六人は、着替えと江戸時代の硬貨に変えたお金を返してもらうため、役場に来た。
「それはできません」
役場の受付が、それを拒否した。
「今なんて?」
ゆりがもう一度聞く。
「逆立ちしながらご飯を食べる?」
と、ゆうき。
「それはできません」
と、受付。
「ブタとキス」
と、まなみ。
「それはできません」
と、受付。
「幹線道路の真ん中で愛の告白」
と、あかね。
「それはできません」
と、受付。
「あ、それ僕が言おうとしてたやつ!」
石田君がすねた。
まいが、受付のテーブルをバンと叩いた。
「私たちがこの村を出ること?」
受付は答えた。
「はい。あなたたちはこの村に来た以上、正式に村人にさせていただきます。よって、始めに入村していただいた際に拝見いただきました身分証明書の情報をもとに、住民票をお作り致しましたので、よろしくお願い致します。これから、すてきな時代村生活を満喫しましょう」
六人の住民票が提示された。
「ななな、なんですとー!?」
六人はがく然とした。
一方で、港には、一機のヘリコプターが着陸しようとしていた。
「またか……」
杖を地に付け、仁王立ちする長いあごひげの老人。村長が、ヘリコプターを見つめていた。
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