8・VR大人体験 後編

第8話

「あなたが科学の娘、りかさんね」

 と、腕を組み佇むのは、魔法使いの中学生、石丸月菜であった。

 前回のあらすじ。りかが開発したVRゴーグル大人体験を試したまいたち。まるで大人になったかのような感覚に浸り、それぞれがVRに映る自分の大人姿を堪能したと思いきや。

「私は将来、プー太郎になるのよ!!」

 あらかじめプログラミングされていた引きこもりにされたまいが、真に受けてしまった。


 沈黙が走ったままの居間。

「まいちゃん、どうしちゃったのかしら?」

 まなみが声を発した。

「なあ、りか。お前なんかしたんじゃないのか?」

 続いて、ゆうきがりかに質問した。

「あたしはなにもしてないよ? ただ、まいちゃんの大人姿が、引きこもりになっただけだよ」

「引きこもりー?」

 と、あかね。

「お家の中で閉じこもって、インターネットに浸る毎日を送る人だと言われますね」

 石田君が教えた。

「で、姉ちゃんはそんな自分の姿を見て、ショックを受けた感じ?」

 と、ゆうき。

「かもね。どうやら、りか様の発明は、少々できすぎたようだ……」

 と言って、りかは鼻息を鳴らした。

「いや、まいちゃんが不憫でしょ……」

 唖然とするあかね。

「やいやい君たち! 私のことを忘れてやしないかい?」

 月菜が声を上げた。

「誰この子?」

 りかが聞く。

「俺たちの知り合いです」

「へえ」

 りかは、握手を求めてきた。

「よろしく。あたしはここ、科学の娘のりかだ」

「あなたは、科学者と言うけれど、一体どんなものを発明できるのかしら?」

 りかの顔を覗き込むようにして、聞いた。

「え?」

「なんか急に現れて、急にケンカ腰?」

 首を傾げるまなみ。

「ていうか、なぜ来た?」

 首を傾げるあかね。

「このVRゴーグル大人体験というものを開発してね。今、この子たちに試してもらってたの」

 ゴーグルを見せた。

「ふーん」

 月菜は空返事をした。

「この子たちを大人の姿にするのなら、これ一本でちょちょいのちょいよ?」

 と言って、セーラー服の袖から魔法の杖を取り出した。

「そ、それは……」

 呆然とするりか。

「はっ!」

 呆然とするまなみ、あかね、石田君。

「どの子を大人にしてやろうかな~?」

 月菜は、魔法の杖の先端に付いた星をまなみたち三人に向け、誰にするか考えた。

「やだやだやだ!」

 三人は、手を横に振り、拒んだ。

「うーん……」

「はいはい」

 りかが、魔法の杖を持つ月菜の手を押さえた。

「な、なに?」

「悪いけど、魔法なんて非科学的なもの、信じないの」

「えー?」

「いや、りかさん? 月菜さんの魔法はほんとに……」

 石田君が言おうとして、

「そんなことよりまいちゃん、どうすんの?」

「あっ」

 三人はハッとして気づいた。

「一度、家に帰って様子を見てみたほうがよさそうだな」

「ゆうきさん、おじゃましてよろしいでしょうか?」

「まなみも」

「あたしも」

「私も」

 ニコニコする月菜。

「あたしはパス」

「なんで?」

 月菜が聞く。

「これから録画したサスペンスドラマ観ないといけないしさ」

「えー?」

 まなみたち三人と月菜は、金山宅へ向かうことにした。月菜だけほうきでプカプカと浮きながら、三人についていった。全員を乗せることはむずかしいからだ。


 金山宅。

「お茶菓子とお茶用意するわ」

 居間に集まったまなみ、あかね、石田君と月菜。

「へえー。弟君のお家、昔ながらの戸建てなんだねえ」

 月菜が家のまわりを見渡し、感心した。

「初めてだよね」

 と、あかね。

「ゆうきさん、お手伝いしますよ?」

「いいよ、石田。お前もあいつらと待ってろ」

「やん、ゆうきさんったら! 僕はあなたのフィアンセですよ? お手伝いするのは当たり前のことじゃないですかあ」

 くっついてきた。

「やめろ~!」

 ゆうきは離れようとした。

「ところで、まいちゃんはどこにいるんだろうね?」

 と、まなみ。

「多分部屋にいるな」

 ゆうきは、ベタベタしてくる石田君を足で放って、お盆にのせたお茶菓子を持ってきた。

「部屋?」

「ああ」

「それを聞いたら、月菜さん行っちゃったけど……」

 あかねは、指をさし、月菜が向かった方向を示した。

「おじゃまします~」

 月菜は、まいとゆうきが使う部屋の襖を開けた。

 まいは、布団にくるまって、横になっていた。

「まいちゃん。月菜だよ、久しぶり」

「……」

 返事はなかった。見向きもしない。

「まいちゃん。話は聞いたけど、どうやら科学の娘とかいうやつの発明品で、よくない未来を見せられたみたいね」

「……」

「引きこもりになった自分の姿を……」

「帰って……」

「へ? 今しゃべった?」

「帰って!」

 まいは布団にくるまったまま、声を上げた。

「姉ちゃん、ただいま」

 ゆうきたちが来た。

「まいちゃん、どうしたの?」

「突然帰っちゃって、びっくりしたよ」

「なにかありましたか?」

 順に、まなみ、あかね、石田君が問いただした。

「みんな、帰って……」

「こ、こんな姉ちゃん初めてだ……」

 ゆうきは物めずらしげにつぶやいた。

「まいちゃん、石頭だもんね」

 まなみの一言に、あかねは唖然とした。

「まいさん」

 石田君は、枕元に座った。

「これでも、みなさん心配してるんですよ? もちろん、僕だって」

 まいは、布団にくるまったまま、返事をしない。

「石田、あとは頼んだぞ」

「え?」

 と言って、ゆうきは石田君とまいを残し、襖を閉めた。

「こ、これはどういうことでしょうか?」

 当惑したが、すぐに気づいた。

「女の子の悩みは、女の子同士かつマンツーマンで、ということ? ゆうきさん、ジェントルマン!」

 ときめいた。

「じゃなくて! まいさん、ゴーグルに映った大人姿は、引きこもりだったんですか? そんな姿を見て、絶望しちゃったんでしょうか?」

「……」

「すぐに答えなくてかまいません。ただ、僕やゆうきさんたちは、困ってる様子のまいさんのためになりたいだけなんです。だって、友達でしょ!」

 石田君はまいに背を向け、お山座りをした。ただ、悩みを打ち明けてくれるまで、いっしょにいることにした。

 幾分か時間がすぎた。

「わかってる……」

 まいが口を開いた。石田君は、まいに顔を向けた。

「引きこもりの自分の姿がゴーグルに映し出されたものだってことはわかってる。でも、なんだか付けてる時、体に感じる感覚のせいで、将来が不安になっちゃって……」

「そうですか」

「自分でも変だとは思う。たかがゴーグルに映る姿ごときでどうして怖がって布団にこもってるんだろうって。おかしい、おかしいんだけど、でも……」

 まいは布団の中で、涙を流した。

「まいさん!」

 石田君は言った。

「VRの映像、体感で将来を不安がる必要はありません。まいさんが見たものは、すべてVRが映し出したものだからです。ですから、今震えるほど心配している将来については、まいさんの幻想にすぎません!」

「!」

 布団の中で目を見開くまい。

「まいさん。今布団から顔だけでも出せますか? 僕がいます!」

「石田君……」

 まいは、ぎゅっとかけ布団を掴んだ。そして、ゆっくりとかけ布団から顔を出し、体を起こした。

 目の前には、石田君と、後ろにゆうき、まなみ、あかねと月菜がいた。

「みんな……」

「よっ」

 グッドサインを送るゆうき。

「まいちゃんおかえり!」

 ほほ笑むまなみ。

「まいちゃん。今見えてるものが紛れもない現実なんだよ?」

 ほほ笑むあかね。

「幻想に惑わされちゃいけないよ、天才!」

 ウインクする月菜。

「ね?」

 石田君もウインクをした。

「みんな……。お騒がせしたわね」

 まいは、立ち上がった。

「ところで、なんで月菜さんがいるのよ?」

 ジト目で月菜を見つめた。

「あらあ? 最初に君に声をかけたのは私なんだけど?」

「お前が来てるのが意外すぎなんだよ」

 ゆうきも呆れていた。


 翌日、まいたちのスマホにりかのメールが届いた。放課後、科学の娘りかにやってきた。

「りかさん。私が代表して、あなたに公言するわ」

 はり切るまい。

「あなたのVRゴーグルは、できすぎる! だから、私を混乱させる可能性もある! よって、今回もなしで……」

 りかは答えた。

「うん。まいちゃんの話を聞いて、少し改良してみたんだ」

 ベランダの見える窓の前に立ち、言った。

「なりたい人になれるように、ね」

 まいたちに顔を向け、ウインクした。

「なりたい人に?」

 と、まなみ。

「なれる?」

 と、石田君。

 てなわけで、実験室へ移動。

「説明しよう! このVR他人体験とは、ゴーグルを付け、スイッチを付けると、事前にプログラミングされた人になりきることができる発明なのだ!」

 VRゴーグルを掲げながら、説明した。

「その、前のとなにが違うのよ?」

 まいが聞く。

「例えば、現段階でプログラムされてるのは、サッカー選手とか、アイドルとか、アニメのキャラクターとかなんだけど。もしまいちゃんがゆうき君になりたい場合、スマホで撮影した写真をあたしに送ってくれれば、そのVRゴーグルに作成したデータを送信して、後日プログラムできるシステムになってるの」

「つまり、弟君の写真をスマホで送って、りかちゃんが作り上げたVRの弟君を、後日送信してくれるんだね」

 まなみが説明を繰り返した。

「ゆうきさんに!?」

 石田君は目を丸くした。

「石田、お前はアニメのキャラにでもなってな?」

 ゆうきがツッコミを入れた。

「まいちゃん。今度は引きこもりなんて、将来を不安にさせるようなものにならないから。もう、学者でも芸者でも医者でも偉い人になりたい放題なんだよ」

 と言って、まいにゴーグルを渡した。

「いや、芸者はないな……」

 唖然とした。

 しかし、昨日まで布団にくるまるほど不安がっていた自分に情けを感じて作り直してくれたのだと思うと、使わないわけにもいかない。

(たまには、りかさんの発明品を素直に使ってみようかな)

 まいは、ゴーグルを装着した。

「わっ! ま、まずはなにになりたいメニュー画面が出てくるのね」

 ゴーグルのスイッチを付けると、メニューが表示された。

「オリジナル、アニメキャラ、スポーツ選手、学者。この、オリジナルっていうのが、さっき言ってたりかさんに写真を送信して、後日作成されたものがってやつかしら?」

 まいは、まずアニメキャラを選択した。

「これ知ってる」

 まいは、前にテレビで放送していた魔女っ娘のアニメキャラを選択した。

「わっ!」

 選択した瞬間、まいは、アニメの魔女っ娘キャラに変身した。

 実験室に置いてある、手鏡を見た。

「ほ、ほんとに変身したみたい……」

 鏡に映る自分の姿が、魔女っ娘そのものだった。

 ふと、手にしている星の付いた杖に目が向いた。

「それ!」

 杖を振った。

 すると、目の前に巨大なクッキーが現れた。

「ウ、ウソ~」

 まいが変身した魔女っ娘キャラは、魔法でなんでも巨大なものを出す、特殊な魔力を持っていた。

「も、もしかしてもしかしなくても……」

 現れた巨大クッキーに手を伸ばした。

「あら? あらあら?」

 なかなか触れられない。

「まいちゃん、なにに変身したんだろう?」

 まなみが首を傾げた。

「姉ちゃん、もしかしてVR付けると現実と映像の区別がつかなくなるのでは?」

 なにもない場所でなにかに触れる仕草をする自分の姉の姿を見て、呆れるゆうきだった。

「僕も!」

 石田君は、りかにメールを送った。

「はいはい。お、ゆうき君の写真をたくさん送ってきたねえ」

「は?」

 思わず声を上げるゆうき。

「りかさん!」 

 ゴーグルを付ける石田君。

「僕を……。ゆうきさんにしてください!」

 胸を張り、お頼みした。

「なんですとー!?」

 ゆうきは驚がくした。

「いいよ。はい、ゆうき君完成したから、石田君のVRに送っといたねえ」

「おい! てかできるの早すぎだろ!」

「だってゆうき君さあ。すごい単純なんだもん」

 鼻笑いしながら答えた。

「お前大人でも容赦しねえぞ? なぐってやる!」

「うわあ……」

 歓喜の声を上げる石田君。

 VRに映る自分の姿は、ゆうきそのものだった。

「僕が、ゆうきさんになってる~!」

 VRの中のゆうきが、石田君の声でうっとりした。 

「あれ? 声が変わってない」

「ごめんね石田君。声まではできないかなあ。まあ、ゆうき君に五十音順言わせて、レコーディングすれば叶う話だけど」

「絶対しないからなそんなこと!」

 断言するゆうき。

「ゆうきさんの体……」

 鏡を見ながらうっとりする、VRの中のゆうき。

「おい石田! お前変なことするなよ?」

「下はどうなってるのかな?」

 ズボンを脱ごうとした。

「おいいい!!」

 それを制した。

「いやーん!」

 VRの中のゆうきが、ゆうきにズボンを脱ぐことを押さえられている。

「いやーん!」

 しかし、現実ではまなみとあかねが悲鳴を上げており、ゴーグルを付けた石田君をゆうきが押さえている。

「VR……。もうちょっと健全なの作るようにがんばろ」

 りかはフッとほほ笑み、実験室を去った。

「あれ? あれー?」

 まいは、いまだに決して触れることのできないクッキーに手を伸ばしていた。

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