7・VR大人体験 前編

第7話

街外れにある、小さな建物。屋根に大きな看板が掲げられており、そこには、”科学の娘りか”と記されていた。

 その居間で、まい、まなみ、あかね、ゆうき、石田君の四人が集まっていた。

「諸君! お集まりいただき感謝感激アメフラシ~」

 と、歓喜するのは、自称科学の娘、りか。

「さて。君たちには、約数ヶ月ぶりに製作した発明品を試していただきたい」

「ねえねえまいちゃん。このクッキーおいしくない?」

「そうねあかねちゃん。このクッキー、うちにもあるわよ」

「おほん!」

 咳払いをするりか。

「えーそれでは。今すぐ地下にある実験室に来てもらおうか。そのほうが話が早い」

「姉ちゃん。このチョコレートもうまいぞ?」

「ほんと?」

「まなみ、この黒糖味のせんべいが好き」

「ゆうきさん、このキャンディも格別ですよー?」

 まいたちは、出されたお菓子に夢中だった。話を聞いてもらえずイライラするりか。

「君たちーっ!!」

 たまらず、大声を上げた。

「なんだよ! 大声を上げるのは、学校の屋上で叫ぶ某番組に出演した時だけにしてくれないか?」

 呆れるゆうき。

「そうだそうだ!」

 賛同するまなみ。

「そんなことよりも!」

 お盆に盛ったお菓子を取り上げるりか。

「ああ!」

 がっかりするゆうきとあかね。

「実験室に行きましょ?」

「悪いけど、あんたの発明にはみーんなこりごりなのよ!」

 まいが怒った。

「どうして?」

「どうしてって……。あんたは覚えてないの!? 私たちがさんざんな目に遭ったことを!」

 これまで、りかの発明品にはさんざんな目に遭わされてきた。最初はモーターシューズ。遅刻しそうなゆうきのために開発したモーターエンジン付きのローラーシューズを履いたゆうきがスピードの出しすぎで行方不明に。続いて、VR枕という夢の世界をVRで体感できる発明品では、アリスが夢から覚めなくなるなど、ろくなことがなかった。

「次も絶対ろくでもないことに巻き込まれるに違いないわ!」

「まいちゃん。発明には失敗は付き物だよ」

「一人で失敗してろ!!」

 まいたちが呆れ、同時に声を上げた。

「じゃあわかった。使うか使わないかは自由でいいから、一度発明品を見てほしいな」

「とか口車に乗せて、僕たちを誘導してますね?」

「石田君。そんなにらんじゃいやーん」

 あざとい仕草をするりか。


 りか、まいたちは実験室に来た。

「なんだかんだで実験室に来るまなみたち、お人好しだね」

「俺たちみたいなの、大人になったら損な立ち回りばかりで活躍するんだろうな」

「あんたら、変な未来予測しないの……」

 唖然とするまい。

「そう! まさに今回の発明のテーマは大人。VRと大人をテーマにしているのよ」

 胸高らかに言う、りか。

「大人?」

 と、首を傾げる石田。

「そう。その名も、VR大人体験!」

 りかは、VRゴーグルを掲げた。

「……」

 呆然とするまいたち。

「このゴーグルを装着することで、ゴーグルに映る自分の姿が大人の姿へと変化し、大人ライフを満喫できることでしょう」

「なーんだ! つまり、普通のVRゴーグルってことですよね」

 と、石田が答える。

「VRって、今流行りのやつだよね?」

 あかねが聞くと、りかが答えた。

「そう! 前にも作ったけど、VRとは、映し出される映像がまるで本物のように感じられる機器のこと。よく目にするのは、バンジージャンプのVR。使ったことのある人は、本当にバンジーしている気分になったって、言うわね」

「じゃあ、その大人体験ってのは、ゴーグルを付けることで、自分の体がまるで大人になったかのような感覚になるってこと?」

 まいが聞く。

「まあ、そういうことになるのかなあ」

「姉ちゃん。VRゴーグルだぜ? 今回はなんとなくだけど、大丈夫な気がする」

「気がする、でしょ? まだあやしいわよ」

「どの辺が? まなみも大丈夫だと思うよ。VRなんだから、映像だけでしょ大人になるのは」

「そう考えれば、平気だと思う」

「まいちゃん、なにかまずいことでもあるの?」

 と、あかね。

「そうですよ」

 と、石田君。

「うーん……」

「どうせ感だろ? りか、今回は信用してやるよ。そのゴーグル、俺に貸してくれない?」

「いいよ」

 りかは、ゆうきにVRゴーグルを渡した。

「あと四人分あるよ」

 りかは、まい、まなみ、あかね、石田君に顔を向けた。まなみ、あかね、石田君もVRゴーグルを手にした。

「ちょっとみんな!」

 まいがみんなを制しようとしたが、

「まいちゃんも」

 りかがVRゴーグルを渡してきた。

「ぐぬぬ……」

 ゴーグルを目前にして、歯を食いしばった。

「りかさん。一つだけ聞くわ。ほんとに大丈夫なんでしょうね?」

 りかをキッと見つめ、聞いた。

「大丈夫……」

 りかはやんわりと答えた。

 まいは、まだ完全に信用していない様子だったが、VRゴーグルを受け取り、装着した。

「ウソ……。ゴーグルを付けると視界が暗くて見えない!」

 あわてるまい。

「右の縁にあるスイッチを押して? すると、大人になれるから」

 まいたちは、手探りでスイッチを押した。

 すると、目の前に実験室が現れた。

「俺、大人になったのか?」

 若い大人の男の声がした。

「鏡を見てごらん、みんな」

 りかが促した。

 まいたちは、鏡を見に、りかの部屋に向かった。

 鏡を見て、まいたちは仰天した。

「大人になってるーっ!!」

 全員、二十代前半ほどの大人の姿に変化していた。


 実験室を出て、居間に戻った。

「俺、スーツ着てるぞ?」

「ゆうき君は、新卒の社会人っていう設定ね」

 りかが教えた。

「まなみは、白衣?」

「まなみちゃんは、お医者さんね」

 りかが教えた。

「あたしは、コックさんかな?」

「あかねちゃんはコックさんね」

 りかが教えた。

「いやーん。僕、つなぎなんて着てます~」

「石田君は工場作業員ね」

 りかが教えた。

「なありか。俺、大人になったら石油王になりたいんだけど? 変えれる?」

「無理だよ」

「ええ?」

「この発明は、あらかじめプログラムしておいた大人の姿になれるだけだから」

「でも、まなみも弟君もみんなも、結構趣があるよ?」

「そうだね。ちゃんとその辺は読み取るようにしてるから、君たちの顔がまんま変わるなんてことはないわ」

 と言って、

「ただ、例外もあるのだけどね」

 横に顔を向けた。

「げっ」

 ゆうき、まなみ、あかね、石田君は顔をしかめた。

「これが大人になった私ですか……」

 まいは、髪がボサボサで、トレーナーにスウェット姿で、引きこもりのような見た目をしていました。

「でも、なんだかんだで顔は趣あるね。よかったじゃん」

 あかねが賞賛した。

「どこがよー!」

「あはは!」

「りか、笑うな!」

 怒るまい。

「まあというわけで君たち。しばらくその大人姿を満喫したらどうだい?」

「ええ?」

「でも、僕たち映像では大人そのものですけど、外見はゴーグル付けてるだけですよね」

「でも、なんだか体の感覚が、いつもと違わない?」

 言われて、まいたちはいつもと違う感覚に気づいた。

「確かに。背丈がいつもより高い……」

 と、ゆうき。

「肌触りも違う……」

 と、あかね。

「もうこれ完全に大人じゃね?」

 と、まなみ。

「そう! ゴーグルを付けていても、大人という感覚を味わえる。だから、存分に楽しんどいで?」

「行くぞお前ら!」

 ゆうきは自分がゴーグルを付けていることも知らず、外へ飛び出した。

「ゆ、ゆうき?」

 当惑するまい。

「まなみも! なんだか、せっかく大人になってる感じがするのに、なにもしないのはおかしい!」

 まなみも外へ飛び出した。

「待ってください、ゆうきさーん!」

 石田君も飛び出した。

「あ、あかねちゃんはさすがに行かないわよね?」

 ゴーグルを付けたまま苦笑いするまい。

「ま、まなみちゃんといれば安心よ!」

 あかねも外へ飛び出した。

「……」

 呆然とするまい。

「まいちゃんは? 行くの? 行かないの?」

 問いた出すりかに、

「あんたのせいであの子たち恥をかくじゃないのよーっ!!」

 りかの肩を掴み、揺さぶった。

「でも、まいちゃんも大人になってる自覚あるでしょ?」

「えっ?」

 図星だ。例えみすぼらしい姿でも、いつもとは違う感覚、大人になっている感覚があった。


 ここからは、VRゴーグルを付けたまいたちが、大人姿という流れでいく。

 ゆうきは、繁華街にやってきた。

「やっぱり、まわりは大人ばっかりだなあ」

 スーツ姿で繁華街を見渡した。

「こうして大人になって歩いていると、デートみたいですね」

「おいおい。彼女がいるなんてプログラミング……」

 右を見た。

「ぎょえええ!!」

 つなぎ姿の石田君が腕を組んでいて、悲鳴を上げた。

「お、お前いつの間に!」

「あーん! 大人になって声変わりしたゆうきさんも、す・て・き♡」

「大人になってまでお前に好かれたくない……」

 気持ち悪がった。

「そういえば、まわりが僕たちのこと、じろじろ見てきますね」

 繁華街にいる人たちが、ゆうきと石田君に視線を向けてきていた。

「きっと、大人カップルの僕たちがうらやましいんですよ~」

 すり寄ってくる石田君。

「違えよ! 俺たちはまわりにはゴーグルを付けて馴れ合ってるように見えてるだけだから、異様に見えてるだけさ」

 石田君を体から離し、言った。

「でも、俺たちの感じる体の感覚は大人だ。なにか大人しかできないことをしてみたい!」

「じゃあ……」

 石田君は、ゆうきに顔を近づけてきた。彼の顔をパンチし、離した。


 まなみとあかねは、ショッピングセンターに来ていた。

「まなみちゃん。ここ、いつもあたしたちが来てるとこじゃない」

「そうだね」

「なにかすることある?」

「ふふふ……。ずばり、大人買いだよ」

「大人買いー?」

「そう。まなみたち自身は大人と思っていても、まわりからすればゴーグルを付けただけの子ども。そこで、リスクの少ない方法で大人を楽しむなら、大人買いしかないっしょ!」

「ほう……」

 感心した。

「ほら、あかねちゃん。実は今さっき、りかちゃんの財布からクレジットカードをパクッてきたの」

 クレジットカードを掲げた。

「いや、ダメだろ!」

「まあまあ。他にも何枚か持ってたし、借りるだけなら一枚くらい、いいっしょ」

「あのね……」

 唖然とした。

「さあ、なんでも買うぞー!」

「大人買いするって言っても……。自分のお金じゃなーい!」

 二人は大人買いに出向いた。


 まいは、電柱の影から、コソッと顔を覗かせていた。

 そして、人目がないことを確認すると、サッと別の電柱に隠れ、また人目を確認し、サッと別の電柱に移動した。

「くそ~。外れないかなこれ? りかさんに通話して聞いたら、一時間は外れないって言うし、てことは私は一時間ずっとゴーグルマンのままじゃなーい!」

 一人、叫んだ。虚しく風が吹き、カラスが一羽鳴きながら飛び去っていった。

「はあ……。でも、確かに大人である自覚はあるんだよなあ。体がね」

 まいは、みすぼらしい自分の足元を見た。

「なぜ、私はこんなみすぼらしい姿に? まさか、将来こんなんにならないでしょうねえ……」

 将来が不安になった。

「うう……」

 そして、涙した。

「私、ちゃんと勉強して、就職してるわよね? お母さんやお父さんを困らせないわよね?」

 その場に座り込んだ。


 魔法使いである中学三年生石丸月菜は、ほうきで空を飛び、空中散歩をしていた。

「おや?」

 ふと、繁華街がいつもと違うことに気づき、ほうきで向かった。

 繁華街に着地すると。

「わあ!」

 思わず声を上げた。

「なあ、お嬢ちゃん。俺、大人だろ? 俺とデートしようぜ?」

「なんなのよあんた! ガキのくせに調子乗ってんじゃないわよ!?」

 そこには、VRゴーグルを付けたゆうきが、大人のギャルにナンパしている光景があった。

「弟君? と……」

 もう一人。

「ゆうきさん! 僕たちはゴーグルを付けた子どもですー! 目を覚ましてくださーい!」

 石田君がナンパするゆうきの服を引っ張る姿が見えた。

「弟君ともう一人女の子……。まわりの注目を浴びながら、なにをしているんだ?」

 不思議に思ったが、月菜はその場をあとにした。

 続いて、ショッピングセンターに来た。

「おっ」

 偶然、まなみとあかねに会った。

「とろ子ちゃん! と、君は?」

「とろ子じゃなくてまなみ! 月ちゃんじゃん。買い物?」

「まなみちゃん。この人知り合い?」

「二人もなんで変なゴーグル付けてんの?」

「ええ? なに言ってんの? まなみたち、大人になったんだよ。だからほら、こーんなにお菓子、大人買いしたんだよ?」

 まなみとあかねは、両手で抱えきれないほどのお菓子の入った紙袋を抱えていた。

「いや、まなみちゃん。あたしも今言われて我に返ったけど、今VRゴーグル付けてたんだよ」

「え? あ、そういえば!」

 我に返った。

「VRゴーグル? どういうこと?」

「かくかくしかじか四角い……」

 まなみが手短に説明した。

「なるほど……。そんな魔法使いのような科学者がいるのねえ」

 月菜、感心。

「だから、弟君ギャルなんかにナンパしてたんだね」

「ナンパ?」

「うん。繁華街でね」

「あいつは……」

 あかねは呆れ、まなみはポカンとした。

 すると突然、VRゴーグルからピーという音が発され、自然に取れた。

「あら?」

 繁華街でも、ゆうきと石田君のVRゴーグルが取れた。


 科学の娘りかの居間に戻ってきた。

「やあ君たち。大人を楽しめたかな?」

「ありがと、りかちゃん。おかげでお菓子をたくさん買うことができたよ」

 まなみは、クレジットカードを渡した。

「え? こ、これあたしの?」

「あはは……」

 苦笑いするあかね。

「チェッ。あのギャルめ。俺のアプローチ、そんなにダメだったか?」

 ゆうきはすねていた。

「ゆうきさん! 僕というものがありながら、浮気はダメですよ?」

 石田君は怒っていた。

「お前なんかにホレる将来はねえよー!」

 ゆうきが言い返すと、石田君はぷいっと顔を背けた。

「まいちゃんはどうだった? VRゴーグル!」

 りかが聞いた。

「私の将来、絶望だわ……」

「え?」

「私は将来、プー太郎になるのよ!!」

 叫び、まいは科学の娘りかを飛び出した。

 居間に沈黙が走った。

「あなたが科学の娘、りかさんね」

 と、腕を組み佇むのは、魔法使いの中学生、石丸月菜であった。

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