6・アリスのいとこ
第6話
日曜日。明後日に行われる定期試験のために、まいは、ゆうきと共同で使用している部屋で予習をしていた。
「あ、メール」
まなみからだ。
「なにかしら?」
スマホを付け、確認した。
『遊ビニ来ルネ』
「なぜふりがながカタカナ? 電報か……」
唖然とした。
「ていうか、なんて抽象的な。いつ何時に遊びに来るのよ?」
同じセリフをメールに打ち込んだ。
「というか。まなみは明後日定期試験があることを知ってるのかしら? あの子のことよ。どうせ勉強ばかりで退屈だから、私に相手してもらおうと目論んでるのね」
スマホを閉じて、また勉強に戻った。
刻一刻と、時間が流れた。
「ふう」
ひと段落ついて、伸びをした。
「ずんちゃ、ずんちゃ♪」
なんとなく口ずさんだ。
「ずんちゃ、ずんちゃ♪」
立ち上がり、ステップを踏んだ。
「ずんちゃ、ずんちゃ♪」
「おじゃましまーす!」
まなみが来た。
「きゃああああ!!」
まいの口から悲鳴が放たれた。
「ま、まなみ? い、いつの間に来てたの?」
「うん。というか、メールを打った時点で来てたよ?」
「はあ? で、でもインターホンの音が聞こえ……」
まいは気づいた。
「ずんちゃ♪」
まなみは、口ずさんでいたまいの真似をした。
「また勝手に入り込んできたな!」
まなみを追いかけた。まなみは逃げた。
「こら待て! あんたはよそなんだからインターホン押して入りなさいよ!」
「どおどお! 今日はもう一人、お客さんを呼んでるんだ」
「はあ?」
まなみを追いかけていたら偶然やってきた居間にいたのは、女の子だった。自分のいとこであるりんと同い年くらいだろうか。
「だ、誰? 妹さん?」
「姪っ子さんだよ」
「姪っ子……。あんたのいとこ?」
「いや、アリスのね。ほら、ゆい、お姉さんにあいさつして」
ゆいは立ち上がり、まいのもとに来た。
「あ、こんにちは。まなみのお友達のまいよ。よろしくね!」
ほほ笑み、あいさつをするまい。
「よろしくお頼み申します!」
ゆいは、土下座をした。
「ええ!?」
驚きを見せるまい。
「ちょっ。ま、まなみどういうことよこれは!」
「まなみがね、ゆいちゃんにまいちゃんは怖い人だから、土下座してあいさつしなって教えたの」
「変なこと叩き込んでんじゃねえ!!」
まなみの胸倉を掴み、怒鳴った。
「ゆ、ゆいちゃん顔を上げて? お姉ちゃん怖くないから! まなみの言うこと信じちゃダメ!」
ゆいは顔を上げ、言った。
「え、でもまなみお姉ちゃんは、私立中学生で頭がいいんだよ? だから、かしこいかわいい世界一のまなみお姉ちゃんに、なんでも聞きなさいって、言われたもん」
まいは、まなみをジト目でチラ見した。
「世界一!」
まなみは舌を出し、あざとい笑みを見せた。
ゆいは、アリスのいとこで、八歳の小学三年生。まいとゆうきのいとこであるりんと同い年である。
「昨日からはるばる静岡から家族でホテルを取って、来てるの。今夜はアリスとまなみの家族みんなで焼肉行くんだよねー」
まなみは、ゆいにほほ笑んだ。
「うん! ゆい、焼肉楽しみ!」
「それで、焼肉までに時間があるから、ここに来たってわけね」
まいが、腕を組みながら答えた。
「違うよ」
「え?」
「まいちゃん、ちょっと来てくれる?」
「な、なによ?」
まなみに促され、ろうかへと来た。
「実はさ、ゆいちゃんをどうにかしてほしいんだけど」
「ど、どうにかってなに?」
「ゆいちゃん、実はああ見えてすごく天然でさ」
「天然? ま、まあやさしそうな子ではあるわね」
「うん。その天然さがちょっと傷になってましてね?」
「どういうことよ? 単刀直入でいいから言ってごらん」
まなみは、単刀直入に答えた。
「ゆいちゃんは天然すぎて、人を疑うことを知らないのです!」
「ええ!?」
まいは、驚きの声を響かせた。
「って。それはまだ小学校三年生だからで……」
「まいちゃん! 小学校三年生になったのならば、疑心暗鬼という言葉、感情を覚えていてもおかしくないと思うのだよまなみは」
「はあ?」
呆れるまい。
「まなみがゆいちゃんと同じ歳だった頃、なぜ子どもは学校に行き勉強をするのか、なぜ大人は仕事に行き働くのか、なぜ動物は自然界で生きねばならないのか、いろいろなことに対して深く追求していた時期があったよ?」
「それ単に探求心がありありなだけなのでは?」
「でも! ゆいちゃんは何事も素直に受け入れてしまう。さっきさ、まいちゃんに土下座をしたじゃん」
「さっき? それはあんたが教え込んだからでしょ」
「ゆいちゃんはね、素直すぎる性格ゆえに、しなくてもいいことをしてしまう! このままじゃ、大人になった時にゆいちゃんはどんなにひどい人の言うことでもぺこぺこうなずく人になって、社会で生きていけない人になってしまう~!」
まなみは奈落の底へ落ちていく気分に見舞われた。
「……」
唖然としているまい。
「まいちゃん、どうにかしてよ」
まいの肩にのしかかった。
「ど、どうにかと言われても!」
「まなみたちの親族は優秀な人揃いだから、ゆいちゃんが素直なだけでなく、時に疑い深くなれるようにさ!」
肩を掴み、揺らした。
「やめなさい~!」
抵抗するが、肩を揺らす手を離してくれない。
「なにやってんだ二人とも?」
「へ?」
声がして二人とも顔を向けた。
「ん?」
ゆうきがいた。
「弟君!」
まなみの顔がぱあっと明るくなった。
「弟君なら、ゆいちゃんに人を疑うことができるようにしてくれるかもしれない!」
「な、なに? 人を疑う?」
困惑するゆうき。
「はあ……。もう勝手にして?」
呆れたまい。まなみとゆうきを放って、ゆいのいる居間に戻った。
ゆいは、ゆうきを見上げた。
「やあゆいちゃん。俺、ゆうき。この家の長男坊さ」
ウインクした。
「初めまして。ゆいです!」
お辞儀をして、あいさつを返した。
「おほん! ゆいちゃん、俺とゲームしないか?」
「ゲーム?」
「そう。ババ抜き知ってる?」
「知ってる。クラスの子たちと、雨の日にやるよ」
「そうか。じゃあ、今からトランプ持ってくるから、いっしょにやろうね」
「うん!」
ほほ笑み、ゆいはうなずいた。
「大丈夫かしら?」
湯飲みのお茶をすすり、つぶやくまい。
「おもしろそう! まいちゃん、まなみたちもやろうよ」
「ええ?」
「そうだよ姉ちゃん。まなみもやろうぜ。人数が多ければ多いほど盛り上がるんだこのゲームは」
「わ、私そういうの興味ないからパス」
断るまい。
「ふーん。姉ちゃんはすぐそうやって逃げるんだから。ゆいちゃんに負けるのが怖いんだな!」
「まいちゃんの弱虫イモムシダンゴ虫~」
ゆうきとまなみが冷やかした。
「負けた人はプリンおごり……」
ムッとしてつぶやくまい。
「えっ?」
目を丸くするゆい。
「おお、いいぜ。じゃあさっそくカードを切るか」
「待って!」
まなみが制した。
「なんだよ?」
「弟君、イカサマするつもりでしょ?」
「なんだと!? 俺はそんなずるいやり方でゲームをするのがいやなんだ」
「ふーん。あんたいつも私の冷蔵庫のプリン食べるくせに……」
「姉ちゃん! プリンを食べることとゲームは別だぞ?」
三人の言い合いにあたふたするゆい。
「じゃあ、じゃんけんで決めようよ」
と、まなみ。
「いいわよ?」
賛成するまい。
「じゃんけんぽん!」
三人はじゃんけんをした。ゆうきがグー、まいがパー、まなみもパーだった。
「じゃんけんぽん!」
と、まいがパーを出して、
「パー出すアホがいる」
まなみはチョキを出した。
「へ?」
首を傾げるまい。
「まなみがカードを切らせていただきます」
まなみは、トランプカードを切った。
「まなみ! イカサマするなよ?」
ゆうきは、カードを切るまなみの手をキッとにらんだ。
「……」
ゆいは呆然としていた。
ババ抜きが始まった。ゆい、まなみ、ゆうき、まいの順に引くことになった。
「ゆいから引けばいいの?」
「うん。まなみのから好きなの引けばいいよ」
「わかった!」
ほほ笑むゆい。
「ただし! ゆいちゃん、このゲームは、ババを抜かないようにするゲーム。だからして、誰がババを持っているか、どこにババがあるかを疑るようにしてね」
「う、うん」
ゆいは、まなみからカードを一枚引いた。
「エースだ!」
「あ、こら! 手札は口にしないの」
注意するまなみ。
「ほんとにやってことあるのか?」
ゆうきがまいに耳打ちした。
「相手は小学生よ。こういうこともあるわ」
まいは、ゆいからカードを引いた。続いて、ゆうきがまいからカードを引いた。続いて、まなみがゆうきからカードを引いた。キングが二枚揃い、出すことができた。
こうして、ゲームは十分間続いた。
「ねえ。誰がババ持ってるの?」
ゆいが聞いた。
「ゆいちゃん。お互いに、手札のことは聞かないルールになってるのよ?」
まいが苦笑いしながら答えた。
「あ、そっか。ごめんなさい」
「そういうゆいちゃんは、ババ持ってるんじゃないの?」
と、ゆうき。
「ええ?」
「自分からわざと言い出して、不意に吐かせるつもりだったな」
「ち、違うよゆうきお兄ちゃん? ゆいは、ただ気になっただけだもん」
「ゆいちゃん。これがゲームの世界……。あまり変なこと言わないほうがいいよ?」
まなみが辛辣な言葉を返した。
「う、うん……」
(やっぱり、そういうことね)
まいは確信した。
(二人とも、ババ抜きを通じて、ゆいちゃんに人を疑う癖を身に付けさせようとしているんだわ。まあ、だからこそ私も最初、カッとした拍子にプリンおごりとか言ったわけだけども……)
ゆいを見た。
(ゆいちゃん、少し様子が変わったわね。最初の時よりも緊張した様子になってるというか、ゆうきに疑いをかけられて、いつも通りにババ抜きができなくなってるみたい)
ゆいが引く番になった。
「むむむ……」
ゆいは、少し真剣な眼差しで、まなみのカードを見つめた。
「これかな?」
カードを一枚引いた。
「ああ!」
目も口も見開いた。
ゆいは、ババを引いてしまった。
「ゆいちゃんどうしたの? さては、ババを引いたのかなあ?」
まなみがほほ笑む。
「でもそんなこと口が裂けても言えないよな? バレたら、みんなゆいちゃんがババ持ってるってわかっちゃうし、プリンもおごってもらえるしな!」
ゆいは、ハッとした。
「プリンなんておごれない!」
「へ?」
目を丸くするまい。
「ゆ、ゆいお金持ってないもん……」
まいがなにか伝えようとして、
「でもゲームだぜ? ゆいちゃん、本気でやってもらわないと困るよ」
「うう……」
ゆいは、落ち込んだ。
(なんか、かわいそうになってきた。こいつら小学生相手に容赦ないなあ……)
まいは、唖然とした。
ババ抜きが始まり、三十分が経過した。
「うーむ……」
むずかしい顔をしているゆうき。彼の手札は二枚。うち一枚がババであった。
「弟君、どした?」
まなみが聞く。
「ゆいちゃん!」
「ひい! は、はい!」
ゆいは驚き、返事をした。
「ババ持ってるな?」
「な、なんでそう思うの?」
「なぜかって? へへん……」
気取って答えた。
「感だ!」
「アホか……」
まいが呆れた。
「なあ、持ってるんだろ、ババ。ほらほら~」
ニヤニヤしながら差し迫ってきた。
「も、持ってないよう……」
「ちょっとゆうき! いくらなんでもそれはやりすぎよ。ねえ、まなみ」
まなみに顔を向けた。
「持ってないって言う人ほど、実はってパターンが多いんだよねえ」
「あんたの親戚でしょ? もう少しかばってあげなさいよ!」
「ほれほれ~。ほれほれ~!」
差し迫ってくるゆうきとまなみ。当惑するゆい。
「ゆ、ゆいほんとに……」
グッとこらえていたが、
「うわーん!!」
こらえきれず、泣き出してしまった。
「おいまなみ。これはやりすぎじゃないか?」
「そうだね。泣くまで気づかなかったとは……」
「あんたらも痛い目見ないと気づかないタイプですものね!」
まいは、ゆうきとまなみの頭を寄せて、強くぶつけてみせた。
まだすすり泣いているゆいは、まいとお茶菓子を交わしながら、縁側に腰かけていた。
「落ち着いた?」
まいが聞き、ゆいはコクリとうなずいた。
「ごめんな、ゆいちゃん。俺たち、本心であんなひどいこと言ってたんじゃないんだ」
「そうなの。ゆいちゃんが、ちゃんとした大人になってほしいなと思って、まなみが提案したことなの」
「ゆいが、ちゃんとした大人に?」
「だってゆいちゃん。まなみの小学生の頃と似ていたから……」
「小学生の頃のあんたと?」
首を傾げるまい。
「うん。まなみ実は、小学生の頃、人を疑うことを知らない天使のような女の子だったの。でもある日の放課後を境に、まなみは人を疑うひねくれ者へと
それは、まだまなみが小学五年生だった頃。
『まなみちゃん。これからあたしたちコンビニに行くの。財布にいくら持ってる?』
昇降口でクラスの女子が聞いてきた。
『財布に? 一万八千九百円持ってるよ』
女子たちがクスクス笑い、
『じゃあさ、コンビニじゃなくてショッピングセンター行こうよ!』
と、女子が言うと、
『わーい!』
まなみと女子たちが歓喜の声を上げた。
ショッピングセンター。
『クレープ食べましょう』
と、女子。
『あたしお金ない!』
『私もない!』
『あたすもない!』
『まなみはあるよ』
『じゃあまなみちゃん! おごって?』
『え?』
『あたすたちのクレープおごってほすぃ』
『私たちの分払いなさいよ』
『いいよ!』
まなみは一万八千九百円で素直におごった。
しかし、後日そのおごりが間違いだったと気づくのである。
『お母さん。今日は誕生日だね』
『まっちゃん覚えててくれたの? お母さんうれし~』
ふわりと喜ぶまなみの母、雨音。
『誕生日プレゼントのために貯金した一万八千九百円で、買ってくるね!』
部屋に向かい、貯金箱を割って中身を開示した。
『あれ?』
一万八千九百円がなかった。
『あーっ!!』
思い出した。こないだクレープをクラスメイト全員におごってしまい、すべて使ってしまったことを。
『許せない……。あいつら~!』
まなみの怒りが頂点に達した。
「その日から、まなみは人を簡単に信用できなくなったのです」
呆然とするまい、ゆい、ゆうき。
「俺が言うのもなんだが、お前の問題じゃないのかそれ?」
「え?」
「そうよ。まなみ、だいたいあんたが誕生日プレゼントのこと忘れて、全額おごりになんて使うからいけないのよ」
「ええ?」
ゆいは涙を拭き、立ち上がった。
「ゆいちゃん?」
まいが呼ぶ。
「勝負の続きをしよ?」
にこやかに言い放った。三人はポカンとしたが、すぐにほほ笑み、うなずいた。
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