5・恋してる?

第5話

ゆうきとあかねは、毎日公園で待ち合わせをして、いっしょに登校していた。一年生の時からずっとだ。

「おっすあかね」

 ゆうきがあいさつした。

「おはよう」

 あかねが返した。

「ねえ聞いてよ。昨日さ、いつも観てるクラシック番組で、ヴィヴァルディについて特集がやってたの!」

「へえー」

 意気揚々と話すあかねに対し、空気のように返事をするゆうき。

「もうあたしさ、はりきっちゃって! 寝たのが十二時になっちゃったの。バイオリンって、やっぱり最高だねえ」

「へえー」

 意気揚々と話すあかねに対し、空気のように返事をするゆうき。

「特に好きな曲はね」

「へえー」

「秋なんだけど……」

「へえー」

「……」

 空気のように返事をするゆうきにムッとするあかね。

「ゆうき!」

「は、はい!」

 あかねの大声に驚いた。

「ちゃんとあたしの話を聞いてるの?」

 にらんだ。

「き、聞いてるよ?」

「ふーん。の、割にはさっきからポケーッとして、同じような返事をしてるように見えるけど?」

「ま、まあまあ!」

 必死であかねをなだめた。

 二人は、交差点の前に来た。

「ここの信号って長いよなあ。そうだあかね、しりとりして待とうぜ?」

「しりとり? そんなことしてる間に青になるんじゃないの?」

「”の”だな。のこぎり!」

「り!? り、りんご!」

「ごりら」

「らっぱ」

「ぱんつ」

 あかねはゆうきにげんこつをした。

「なんでぶつんだよ……」

「自分の胸に手を当ててよーく考えな!」

「はっ!」

 交差点の向かい側を見て目を見開くゆうき。

 向かい側には、私立小学生の制服を着た児童たちがいた。そのうちの一人に、まなみのいとこ、小原アリスの姿があった。

「アリスちゃん……」

 ゆうきは頬を赤くし、アリスを見つめた。

「ゆうき?」

 覗き込み、様子を伺うあかね。

「青だよ。ゆうき?」

「はっ!」

 我に返るゆうき。

「お、おうよ。青信号は右見て、左見て横断だよな?」

 左右の確認をしたのち、渡った。

 ゆっくり、ゆっくりとアリスが近づいてくる。

(来る!)

 ゆうきの鼓動とともに、近づいてくる。

 そして、ゆうきとアリスがすれ違った。

「……」

 信号を渡りおえ、呆然とし佇むゆうき。

「ゆうき? ゆうき!」

 背中をバンと叩いてやるあかね。

「いってー」

「いってーじゃないわよ。なによさっきからボーっとして」

 呆れた様子を見せた。

「いや、まあ別に……」

「学校、遅れるわよ?」

 と言って、あかねは先を急いだ。

「アリスちゃん……。いい匂いだったなあ……」

 しばらくポケーッとして、学校へ足を急いだ。


 小学校。

「あー」

 ゆうきは、席に着いて頬杖をしながら、ボーっとしていた。

「なんか変だな」

 あかねは教室の入り口から、彼の異変を感じた。

「どうしたの?」

 あやめが話しかけた。

「あやめちゃん。実は、朝からあーなのよ」

「ふーん」

「熱でもあるのかしら? いやいや、熱があるなら、そもそも学校に来ない」

「わからないわ。もしかしたら、勉強熱心なご家庭で、微熱程度なら登校させるのかもよ?」

「ゆうきの親はそこまで鬼じゃないわ」

 あやめは聞いた。

「まあ、あんなポケーッとしたバカ面は熱に見えないわよね」

「確か、横断歩道を渡る前、しりとりをしている途中にいきなりポケーッとしたのよねえ」 

 あかねは腕を組み、考えた。

「その前に、なにかなかった?」

 あやめが聞く。

「えーっとねえ……。ゆうきがしりとりで下品なことを言うから、げんこつした」

「それよ! 打ち所が悪かったんだわ」

「へえ!?」

 驚がくするあかね。

「あたし、なんてことを!」

 がく然とした。

「それもありえないわね。小学生の拳で脳天ぶちのめすなんてこと、できっこないもの」

「じゃあ、なにが原因なのよ!」

 ムッとした様子を見せるあかね。

「そうね。あの様子だと、あいつに限ってと言いたいところだけど。表情を見ればこれも一理あるかなってとこね」

「なによそれ?」

 あやめはフッと笑み、答えた。

「恋よ」

「恋?」

「恋よ」

「あははは! あいつに限ってそんなこと~」

 あかねは笑った。

「ううん。あの様子は、頭を打ったとも熱を出したとも考えられない。好きな人のことしか考えられなくて、上の空なのよ」

「で、でもゆうきに限って……」

「あかね。ゆうきだって人よ? 人は人を好きになり、きらいになるの」

「は、はあ……」

「誰に恋したのかしらね」

 あかねの肩に手を触れ、すぐ自分の席へ向かった。

「恋……」


 一時間目は、国語。

(ゆうきは、普通に授業を受けている。いつもならまじめに受けているフリをして、こっそりノートや教科書に落書きしているはずなのに……)

 ゆうきは頬杖をしながら、黒板に目を向けていた。

(まさか! 好きな相手のことを考えているのでは?)

 あかねはゆうきをまじまじと見つめた。

「西野さん? 西野さん!」

「は、はい!」

 担任のまどか先生に呼ばれ、驚いて、イスが倒れるくらいの勢いで立ち上がった。

「えっと……。十五ページのひと段落目から読んでください?」

「は、はい……」

 あかねは少し照れてから、音読を始めた。

 二時間目は算数。

(ゆうきは普通に授業を受けている。おかしい……。いつもなら教科書の数字に混乱して寝ているくせに)

 ゆうきは頬杖をしながら、黒板に目を向けていた。

(まさか! 好きな相手のことを考えているのでは?)

「西野さん? 西野さん!」

「は、はい!」

 担任のまどか先生に呼ばれ、驚いて、イスが倒れるくらいの勢いで立ち上がった。

「問五の問題、解けるかしら?」

「わ、わかりました……」

 黒板に向かい、あわてて解きました。

「ふう……」 

 無事に解けて、一安心しながら席に着いた。

「どうしたあかね? なんか今日上の空だな」

 と、ゆうき。

「あんたのせいでしょ!」

 大声を上げた。クラスメイトたちとまどか先生が一斉にあかねに目を向けた。

「し、しゃーません……」

 あかねは腰を低くして、謝った。


 お昼休みになった。

「サッカーやろうぜゆうき!」

 校庭の鉄棒にぶら下がるゆうきに声をかける男子。

「いい」

 ゆうきは断った。

「あっそ」

 男子はサッカーボールを持って、走り去っていった。

「はあ……」

 ゆうきはぶら下がったまま、ため息をついた。

「ゆうき……。ほんとに恋をしたのかしら?」

 あかねは校庭の隅にある黄色いタイヤの上に座って、鉄棒にぶら下がるゆうきを見つめていた。

「なに、あんた妬いてんの?」

 あやめが後ろから声をかけてきた。

「なっ!」

 赤面するあかね。

「幼馴染みだもんねー」

「ちょっ! そういうんじゃないから!」

「じゃあ、なにをそんなに考え込んでんのよ?」

「そ、そりゃゆうきが恋してたら、なんか今までにないことだから? 考えちゃうわよ」

 と言って、あやめから顔をそらした。

「ふーん」

 ニヤリとするあやめ。

「じゃあほんとにゆうきが恋してるか、調べてみたら?」

「へ?」

「なにもしないでもやもやしてるより、いいでしょ?」

 と言って、あやめはその場を離れようとした。

「待って! そんなの、どうしたらいいのよ?」

 あやめは背を向けたまま、答えました。

「あたしに聞く?」

「え? い、いやだってあなたが言い出したんでしょ?」

「わかった。じゃあどうしたらいいか考えるから、放課後に会いましょう」

「う、うん」

「じゃっ」

 と言って、あやめは去っていった。

 ゆうきはずっと鉄棒にぶら下がり、ボーっとしていた。

「あいつ、いつまでぶら下がってるつもりよ?」

 唖然とした。


 放課後。

「あやめちゃん」

 昇降口で彼女を見かけ、声をかけた。

「思いついたわよ」

「なにをすればいいの?」

「専業主婦を目指さないか、誘ってみるのよ」

「は?」

「もし、ゆうきが恋をしていたとしたらば。専業主夫になるための教示に聞く耳を持たないはずがない!」

 断言した。

「は、はあ……」

「というわけだから。あとは自分でよろしく」

「ちょちょいのちょい!」

 帰ろうとするあやめを止めた。

「なに?」

「い、今からいっしょにその作戦を実行してくれるんじゃないの?」

「あたしは、アドバイスしてあげただけよ? だから、ここからは自分で動きなさい」

「ええ?」

「じゃ、あたしは帰ってマミーが用意したお菓子を食べないといけないから」

「マミー?」

 立ち去るあやめを見て、あかねは途方に暮れた。


 あかねは帰路を辿りながら、考えた。

「自分でと言われても。いきなりゆうきに専業主夫にならないかとか言ったら……」

 回想した。

『はあ? お前なに言ってんだ? 家じゃ姉ちゃんにも母さんにも電子レンジさえ使わせてくれないほどなのに、専業主夫になれるかってんだ!』

 ゆうきが文句を垂れる回想が浮かんだ。

「いやいや。さすがに電子レンジは使えるだろ!」

 自分で自分をツッコんだ。

「じ、じゃあこれはどうかな?」

 回想した。

『ゆうき? 今時のモテる男は、専業主夫を目指すんだって。いっしょに専業主夫の練習しよ?』

 はりきって誘う自分の回想が浮かんだ。

「……」

 いいアイデアが浮かんだと思ったが、すぐになしにした。

「ダメだ……」

 頭を抱えた。

「そもそも、ゆうきとは幼馴染み。なにをそこまで悩んでるのよ、あかね!」

 なんだかどうしようもなくなり、涙が浮かんできた。

「どうしたの?」

 誰かが声をかけた。

「まい、ちゃん……」

 まいだった。

「あかねちゃん?」

「うわーん!!」

 あかねは、大泣きしてまいに抱き着いた。

「お、おお。よしよし、とりあえずうちに来る?」

「ぐすっ。うん……」

 胸に埋めていた顔を離すと、あかねの顔から鼻水が、まいの制服を伝い、伸びた。

「きゃああああ!!」

 まいの悲鳴がこだました。

 二人は公園のベンチに座った。

「ごめんね? ていうかこれ、前にもあった気が……」

「いいのよ。ブレザーが汚れただけだし。水洗いですぐに落ちたわ」

 まいは、すすぎ洗いしたブレザーを木の枝に干した。

「で、なにかあったの?」

「ま、まあね。まいちゃんだから言えることだけどさ!」

「う、うん」

「ゆうきがさ……」

「ゆ、ゆうきが? なんかした?」

 まいは息を飲んだ。

「恋をしたかもしれないの」

「へ?」

 目を丸くした。

「今日、朝からポケーッとしてて、熱でも出したのか、それともあたしがげんこつして変なスイッチ入ったのか心配したけど、クラスメイトが恋をして上の空なのかもって言ったの」

「こ、恋ねえ」

「でもまだ断定はできなくて……。だから、それを調べるために、ゆうきを専業主夫の練習に誘おうと思ってて」

「専業主夫の、練習~?」

「うん。でも、なんか言い出しづらくて、切磋詰まってたら泣きそうになって」

「なるほど。でも、あいつが専業主夫は無理よ。家のこと一切やらないから」

「ほんとに?」

「ええ。お母さんが頼んでも、私が頼んでも一切やらない。あいつがもし結婚したら、日中仕事か遊びに出てるほうがマシね」

「で、でもゆうきが恋してるかどうかって……」

「あいつに限ってそんなことあるのかしら?」

 まいは首を傾げた。

「でも。あかねちゃんやそのクラスメイトが見て様子がおかしいと思うなら、なにかあるわね」

 と言って、まいのスマホがバイブレーションを鳴らした。

「まなみだわ」

 まいは、スマホを出し、まなみのメールを見た。

「最近弟君からアリスのことでメールが多くてしつこいから注意しといて、だって」

「アリスちゃんのこと?」

「そう、ね。ん?」

 まいは考えた。

「恋ってまさか……」

「え、なにまいちゃん?」

「まさかね……」


 ゆうきは、茂みから顔を出していた。

「まなみに毎日メールを送って、アドバイスをメモして、アリスちゃんはよく学校帰りに本屋で童話を立ち読みするらしい。好きなお菓子はクッキー。手作りは無理だけど、さっき買ってきたちょっと高めのクッキーだぜ。姉ちゃんには悪いけど、貯金箱の中の千円、貸してもらったよ」

 ゆうきは、立ち読みしているアリスにばったり会ったことにして、ご縁という意味で、高級クッキーを渡そうとしている。

「渡すだけじゃないぜ? できればの話だが、そのまま二人で俺行きつけの山頂に行き、そこで二人でクッキーを味わいながら、夕方まで……。にひひ!」

 笑った。

「よし!」

 茂みから出ると、カチーンと全身が硬くなった。そのまま、ロボットのように前進して、本屋に歩み寄った。

「いた! ゆうきだわ」

 かけ寄ってきたまいとあかねはゆうきを見つけると、電柱の影に隠れ、見張った。

 ゆうきは本屋の入り口に立つと、全身を硬くしたまま、動かなかった。

「うええ!!」

 そして、吐いた。

「ええ?」

 唖然とするあかね。

「なんで……」

 額に手を押さえるまい。

「う、うう……」

 ゆうきは苦しみながら、高級クッキーを抱え、本屋を去っていった。

「あ、あれ? ゆうき、帰ってくよ」

「あいつ、ああ見えて緊張しいとこあるからね」

「ああ、ゆうきさん! こんなところで会うなんて、僕たち、運命のどす黒い糸で結ばれているんですね~!」

 偶然にも現われた石田君が、ゆうきを抱きしめた。

「そ、それを言うなら赤い糸だろ……」

 苦し紛れにつぶやくゆうき。

「あれえ? そのクッキーは?」

「お、お前にやるよ」

「ほんとですか!?」

 目を輝かせた。

「ゆうきさん……。なんだかんだで、僕のこと好……」

 と、ゆうきが、

「それ見てると吐きそうになるんだよ!!」

 怒鳴った。まいとあかねは肩をすくめた。

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