4・趣味を見つけよう

第4話

まいやゆうきたちがよくやってくる公園。

「待てーっ!!」

 なにやらあかねが血相を変えて、誰かを追いかけていた。

「勘弁してくれーっ!」

 相手はゆうきだった。

「待てーっ!」

「待てませーん!」

「待てーっ!」

「待てませーん!」

「待てーっ!」

「待てませーん!」

「待てーっ!」

「待てませーん!」

 二人は公園内を右往左往した。

「あ、弟君とあかねちゃんだ。リアル鬼ごっこしてんのかな? まなみも混ぜてー!」

 まなみも混ぜった。

「待てーっ!」

「待てませーん!」

「待てーっ!」

「待てませーん!」

「待てーっ!」

「待てませーん!」

 ゆうきはあかねとまなみに、公園内で追い回された。

「はあはあはあ……」

 三人は走り疲れ、息を切らした。

「ちょっと小休止といこう?」

 あかねが提案。ゆうきとまなみはうなずいた。

 三人は、東屋に集まり、お茶とお菓子を囲んだ。

「で、弟君とあかねちゃんどっちが鬼?」

「はあ?」

 首を傾げるゆうきとあかね。

「え? リアル鬼ごっこしてたんじゃないの?」

「んなわけねえだろ」

「そうよ。ゆうきがさ、あたしのバイオリンの……」

 あかねはハッとして、

「そうよ! ゆうき、どういうことよ! あたしのバイオリンを聴きたくないって~!」

 ゆうきの胸倉を掴んだ。

「ちちち、ちょっと待ってよ落ち着いて! あ、あの俺は別にあかねのバイオリンがきらいで言ってるわけじゃ……」

「じゃあ聴いてくれたっていいじゃないのよ!」

 あかねの怒声が響き、通りかかった野良猫が塀から落ちた。

「なんとなくわかった」

 まなみが納得した。

「つまり、あかねちゃんは弟君にバイオリンを聴いてもらおうとして、断られた。それに腹を立てているんだね」

「そう!」

 あかねは、ゆうきの胸倉を突き放し、事の顛末を話した。


 ゆうきとあかねは、下校途中だった。

「ねえねえ。あたしバイオリン弾きたくてさ、あんたに一曲聴かせてあげる」

「え? いいよ別に」

「遠慮しないで。家すぐそこだし、持ってくるから待ってて」

 あかねは、自宅へ向かった。

 しばらくして、バイオリンを持ってやってきた。

「お待たせー! あれ?」

 そこにゆうきはいなかった。

「やっほーい!」

 ゆうきは公園でブランコを漕いでいた。

「ほげーっ!」

 あかねは唖然として、ひっくり返った。

「ゆうき!」

 声を上げた。

「お、あかねか」

「あんたなに優雅にブランコ漕いでんのよ! あたしのバイオリンショーはっ?」

 にらんだ。

「いやー。まあ、いいかな?」

 苦笑いで断った。

「なんですって~!?」

 あかねは、鬼のような形相に変わり、雷を落とした。

「ひえっ!」

 ゆうきはブランコから降りると、ただちに逃げた。

「待ちなさーい!!」

「勘弁してくれー!!」

 これが事の顛末だった。


「うーん……」

 まなみは腕を組み、考える様子を見せた。

「ねえどう思うまなみちゃん!」

「別に俺悪くねえよな?」

「あんたはあたしの好きなものを侮辱したのよ! なにが悪くねえよな、よ!」

「いやいやそうやって押し付けがましいところがいけないんだよあかね君!」

「あたしは男の子じゃないわ!」

「あかねは昔からそうだ! コンサートのチケットだって無理やり渡そうとして!」

「はいストップストップ!」

 まなみが二人の言い合いを止めた。

「これはね、あかねちゃんが悪い!」

「ええ!?」

 驚がくするあかね。

「な、なんで?」

「あかねちゃん。好きなものに全力になれるのはいいけど、それを押し付けるのはどうかと思うよ? 弟君は、バイオリンはそれほど好きじゃないみたいだし、聴いてもらいたい気持ちはわかるけど、どうせならバイオリンを大好きな人に聴いてほしいでしょ?」

「そ、それは……」

「じゃああかねちゃんはさ。弟君が大好きなパンティを押し付けてきたらどうする?」

「キモイ」

「だよね。そういうことなんだよ?」

「そういうことなんじゃねえよ! 俺はブラのが好きなんだよ!」

「で、でも。あたしにとってバイオリンは一番の存在だから……」

 げんこつを一発お見舞いされ気絶しているゆうきを尻目に、バイオリンをしみじみと見つめた。

「お前、他になんか趣味ないのか?」

 ゆうきが聞いた。

「え?」

「他に趣味、あるだろ?」

「そ、そういうゆうきはなにかあるの?」

「あるよ。鉄道と、車かな」

「へ、へえ」

「よーし! あかね、俺が明日から車や電車について教示してやるから、楽しみにしてなよ? じゃあね~!」

 ゆうきはごきげんに去っていった。

「な、なんだ突然?」

 唖然とするあかね。

「でもいいかもよ?」

 まなみはニヤリとして、あかねを見つめた。


 翌日。ゆうきとあかねの通う小学校。

「じゃーん!」

 ゆうきは、自室から根こそぎ持ってきた車や鉄道の雑誌を掲げた。

「いいだろ?」

「は、はあ」

「これは去年お年玉で買った鉄道雑誌で、これは誕生日にもらった車雑誌。これは最近貯めたお小遣いで買った鉄道雑誌だ!」

「へ、へえ」

「んでよ。この車はアメリカ生まれのスポーツカーで、金持ちしか手に入れることができない高級車なんだ」

「う、うん」

「この電車はよくうちの近く走ってるでしょ? んでさ、これは特急車両で……」

 ゆうきは雑誌に掲載されている車や鉄道の紹介をし続けた。好きなものの話になると止まらないらしい。あかねは夢中で話すゆうきに耳を傾けず、馬耳東風していた。

「おう、ゆうき。雑誌か?」

 クラスの男子たちが寄ってきた。

「おう! お前らも見るか?」

 ゆうきはあかねから離れ、クラスの男子たちに雑誌を見せてきた。

「なによ。あたしに見せるんじゃなかったの?」

 あかねは一人、ふてくされた。

「フラれちゃったわね」

 誰かが声をかけた。クラスに転校して間もない、東部あやめだ。

「そういうんじゃないから」

「でもめずらしいわね。あいつから車や電車の話を持ちかけてくるなんて」

「ま、まあね」

「なに? なんかあんの?」

 あやめはゆうきの席に着き、あかねの隣にやってきた。

「実はさ、あたしバイオリン以外の趣味を見つけようと思ってんのよ」

「へー」

「あんたは趣味あるの?」

「うーん……」

 頬杖をしながら考えた。

「なんだと思う?」

 ニヤリとほほ笑み、聞いた。

「いや、なんでこっちが質問してるのに質問してくる?」

 唖然とした。

「しょうがないなあ。帰りに教えてあげるから、ついてきなさい」

「へえ?」

 あやめは席を離れた。

「あ、ゆうき」

 あやめはゆうきの耳元に顔を寄せ、

「席温めておいたからね」

 ささやいた。

「はあ!?」

 ゆうきは赤面し、唖然とした。


 下校時。

「ねえ、どこに行くの?」

 あかねは、あやめについていった。

「ねえどこに行くの?」

 あやめはなにも言わずに歩いていく。

「ちょっと! 無視しないでよ!」

 あかねが怒りをあらわにするが、あやめは後ろを振り返ることなく、歩いていた。

 そして辿り着いた場所は。

「レンタルショップ?」

「ほら、来なさい」

 入り口で佇むあかねに手招きするあやめ。二人は中に入り、マンガコーナーにやってきた。

「ほら、あたしの趣味だよ」

 あやめは、一冊のマンガを手にし、見せた。

「まあ!」

 という声を上げるあかね。あやめが手にしていたのは、少女マンガだった。

「へえ! 意外と少女らしい趣味があるのね」

 と言って、ひじで突いた。

「ふっ。少女マンガのおかげで、あたしは人の心理に関心を抱くようになったというか、まあ、あいつの本性も見抜けるようになったわけよね」

「あ、あいつ?」

「あたしらの担任のことよ」

「え、ええ?」

「くくくっ!」

 あやめは手に取った少女マンガを見つめ、あやしく笑った。

「ま、またね」

 あかねはそーっとあやめから離れた。

 レンタルショップ入り口。

「はあ……。あの子はわからん!」

 嘆いた。


 ある日の週末。あかねは、アニメショップやプラモデルのショップが並ぶ街中を歩いていた。

「アニメにプラモデル。スイーツ作りにお裁縫……。どれもパッと来ないな」

「あれ、あかねさんじゃありませんか」

「そういうあなたは、まいちゃんの幼馴染みの石田さん?」

 石田君とバッタリ会った。

「そういうあなたは、愛しのゆうきさんの幼馴染みである、あかねさんですね?」

「は、はいそうです」

「お出かけですか?」

「いやあ、まあ。そんなとこかな? 実は、趣味を探してまして」

「趣味? 確か、バイオリンというりっぱな趣味があったはずでは」

「それが、バイオリンのこととなるとまわりが見えなくなっちゃう性格をしてまして……。だから、他に趣味を見つけようと思って、週末はあてもなくブラブラですわ」

「なるほど。僕は鉄道というりっぱな趣味がございますが」

「ゆうきに勧められて、秒でダメでした」

「趣味って、探すの大変ですよね」

 苦笑した。

「でも、そうやって探そうという心意気はいいと思いますよ」

「そ、そうかな?」

「僕、ゆうきさんに恋に落ちてから、カフェにも興味がありまして。この辺に最近少し気になるところがありますので、行きませんか?」

「い、いいんですか!?」

 目を丸くした。

「僕は中学生だから、おごるよ!」

 右手でグッドサインを見せた。


 やってきたカフェは、街外れにある喫茶店だった。

「あ、ここ……」

 つぶやくあかね。

「へ? ご存じですか?」

「一度、いや二度三度行ったことあります!」

 中に入った。

「いらっしゃいませ! お客様二名様……」

 出てきたのは、喫茶店のオーナー、小坂ゆり。

「あかねちゃーん! 久しぶりだねえ」

「ま、まさかゆりさんの喫茶店だったなんて……」

「お知り合いなんですか?」

「あらあ?」

 ニヤリとするゆり。

「もしかして、これ?」

 あかねと石田君に立てた小指を見せつける。

「いやいやそういうんじゃないから!」

「そうです! 僕が好きなのはゆうきさんですからっ」

「え?」

「石田君、胸を張って言わなくていいから……」

 二人は窓際の席へ案内された。

「ご注文は?」

「僕はミルクで!」

「あたしは……」

「遠慮しないで。なんでも頼んでよ」

「いいよ、二人とも」

 ゆりはささやくように、

「特別にタダにしてあげる」

「え?」

 二人は目を丸くした。

「じゃあ、パンケーキで」

 あかねはカスタードクリームといちごの乗ったパンケーキを注文した。

「お待たせしました! ミルクとパンケーキです!」

「早っ!」

 仰天するあかねと石田君。

「作り置きしたのを冷凍してるかんね」

 胸を張った。

「にしても早い気がします……」

「ま、まあでも。最初の頃のサンドイッチよりかマシね」

 と言って、パンケーキを口にした。

「おいしい」

 絶賛した。

「それにしても。どうしてうちの店に? 週末だから?」

 ゆりが聞く。

「実は、あかねさんが趣味を探しているみたいで」

「趣味?」

 少し考えて、

「バイオリンじゃなかった?」

「それ以外で趣味を探そうと思っていまして……」

「ふーん、なるほど」

 腰に手を当て、ゆりは考え、提案した。

「サッカー」

「あれえ~」

 ボールを蹴ろうとして、空振りし、後ろにひっくり返るあかね。

「ゲーム」

「え、なにこれ? どうやるの?」

 ゲーム機をうまくコントロールできず、あたふたするあかね。

「お笑い」

「なんでやねーん……」

 うまく笑いを取れず赤面するあかね。

 どれもうまくいかず、落ち込んだ。

「あかねさん、落ち込まないで?」

 なぐさめる石田君。

「ねえ、あかねちゃんにとって、一番大好きなことはなに?」

「え?」

 落ち込んで下げていた顔を上げた。

「一番得意なことはなに?」

「一番……」

 ゆりはほほ笑み、言った。

「あかねちゃんにとっての一番が、趣味なんじゃないかな」

「……」

 あかねはハッとし、立ち上がった。

「見つけた気がする……」

「あかねさん?」

「一番の趣味をね!」

 笑みを見せ、喫茶店を飛び出した。

「パンケーキどうしましょう?」

 石田君はゆりに聞いた。

「お残しは許しませんで?」

 ゆりはいじわるく笑った。


 週明け。

「ゆうき!」

 教室に来てすぐにその名を上げるあかね。

「な、なに?」

「放課後、あたしのバイオリンを聴いてもらうわよ?」

「い、いや放課後は俺用事があって……」

 あかねはゆうきにグンと迫った。

「あれから他に趣味を探したわ。でも、見つからなかった。その理由は……」

 腰に手を当て、答えた。

「あたしにとってバイオリンが! 一番の趣味だからよ!」

「へえ?」

 呆然とするゆうき。

「絶対聴きなさいよー?」

「ひえー! 勘弁してくれーっ!」

 ゆうきは逃げた。あかねは追いかけた。

「待てーっ!」

「待てませーん!」

 二人は校内を追いかけっこをした。

「待てーっ!」

「待てませーん!」

「待てーっ!」

「待てませーん!」

 二人の追いかけっこに遭遇した担任のまどか先生。

「こら! ろうかを走らないの!」

 やさしく注意をして、

「はあ……。こちとら二日酔いで、立ってるのでさえしんどいっつーの」

 ぼやいた。

 ゆうきとあかねは、校庭まで飛び出していた。

「待ちなさーい!」

「もうやめてえええ!!」

 あかねは、どこからともなく出したバイオリンを掲げ、言い放った。

「あたしのバイオリンを聴けえええ!!」

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