第3話 ほぼ拒否権なくて草

 ———同盟を結びたい。

 つまりそれは、俺を世界を巻き込む戦争に強制参加させられる呪いみたいな契約であって……俺が最も望まないことでもあった。 


 良い加減休ませてよ。

 何年もほぼ無賃で命張ってたんだからそれくらいのご褒美はあっても良いじゃん。

 半年じゃまだまだ足りないって。


 何て思ってみるのは良いものの、そもそも大前提として。




「———ごめん、同盟とか以前に、どういう状況なのかさっぱりなんだけど。ちょっと今のご時世について教えてくれないでしょうか?」




 今の世の中が一体全体どうなってるのか、全然分からないんです。

 森に引き篭もって自由気ままなスローライフを送ってた、早期退職引き篭もりニートの世間知らずさを舐めるなよ。

 こちとら今の米の物価すら知らないわ。


 何て、初めこそタメ口で話せるほどの気概で接していたものの……湖月さんのこいつマジ的な視線によって、最後あたりでは自分でもびっくりするくらい腰が低くなっていた。

 多分今ならどんなワガママも聞き入れてもらえる気がする。


 ……という下らない話は置いといて、信じられないと言わんばかりに目を見開いて驚く湖月さんと、額に手を当ててため息を吐くグランツ爺さんへの弁明タイムを開始した。


「い、いやホントに知らないんだよ……。あの森でずっと隠居生活送ってたからさ、転移もし辛いってことで一切森の外に出てないんだって。最近俺の唯一の情報網たるレイナだってほとんど来てくれないしさ」

「……陛下、貴方が最も信を置く者が本当に彼なのですか?」

「……ああ。昔からこんな感じなのだ。寧ろ今の方がマシなまである」


 こんな感じって何だよ、こんな感じって。

 昔はもっと熱意……いや厨二病だったからどっちにしろ異端でこんな感じだわ。

 まぁ厨二病の方がウン千倍恥ずかしいけど。


 何て不覚にも昔のことを思い出してしまい羞恥心に悶える俺へ、湖月さんが小さくため息を吐いて口を開く。


「えっと……何から話した方が良いでしょうか?」

「じゃあ人類と魔族が戦うことになったところからお願いします」

「最初からじゃないですかっ!」

「ふっ、だから何も知らないって———へへっ、教えて下さいよ姉御〜」


 ドヤ顔で告げる俺だったが、ギンッという擬音が付きそうなほどの眼力で睨まれると同時に手揉みしながら擦り寄った。


 あっぶねぇ〜普通に目だけで殺されるとこだったぜ。

 何だか真面目そうだし、言動には少し気をつけよっと。

 

 とてもじゃないが手揉みしながら擦り寄っている者の思考じゃない、というツッコミが聞こえてきた気がするが、湖月さんの話が始まったことで完全に頭から抜け落ちるのだった。


「元『極地』であるメグル様ならお分かり頂けるでしょうが……このバランサーがある日けたたましい音を鳴らしたのが発端です」

「ああ、アレな。死ぬほど五月蝿いよな、分かるわー」


 俺が渋い顔で頻りに頷くと。


「ですよねっ! ……ごほんっ、話を続けま……何ですか、その顔は?」

「いやぁ〜〜別に〜〜? 何だちょっと可愛いところあるじゃん、何て思ってないですよ〜〜?」


 露骨に嬉しそうに目を輝かせては、ハッとした様子で元の表情に戻る湖月さんの姿にニヤニヤと笑みを浮かべる。

 そんな俺の顔と言葉にビクッと眉を動かした湖月さんは……一瞬顔を下に向けたかと思えば、ニコッと綺麗な笑顔で此方を見つめ始めた。


 何だ何だ?

 遂に俺のかっこよさに気付い……たわけじゃなさそうですね、はい。

 顔は笑ってるのに、目が全然笑ってないどころか絶対零度なんですけど。



「———少し黙ってもらっても良いですか?」

「ハイッ、カシコマリマシタッ」

 

 

 あまりの恐怖にカタコトの言葉が口を衝く。

 仮にこの姿を見せられた後に、コイツこれでも元世界最強なんですよ……的なことを言われたら多分誰も信じないだろう。

 俺だって逆の立場なら、絶対に信じない自信しかない。


「———聞いていますか?」

「もちろんです」


 下らないことを考えていたのが顔に出ていたのか、説明を止めて訝しげな視線を送る湖月さん。

 ただ本当に聞いているので、そんな胡散臭げに見ないでください。


 今まで彼女が説明してくれた話をざっくり要約すると。


 クソ魔導具たるバランサーが、ある日突然『もう1人のバランサー所持者である魔王を倒せ』と言ってきたらしい。

 それは魔王側も同じらしく、あれよあれよと周りがその噂を耳にした結果———戦争にまで発展してしまった、とのことだ。


 …………いやどういうことやねん。

 説明聞いたら余計分かんなくなっちゃったよ。


「えーっと……つまりはバランサーが悪いってことだな! よく理解したぜ!」


 俺が自信満々にサムズアップすれば、湖月さんが何か言おうとしてやめ……頭が痛いと言わんばかりに眉間を押さえた。


「間違ってませんけど、何かちゃんと説明した労力と見合ってない気がします……」

「お見合い!?」

「労力に見合ってない、です! どうして私が貴方とお見合いをしないといけないのですかっ!」


 幾ら最強と言えどまだまだ思春期らしく、年相応に顔を赤くする湖月さん。

 

 てかそんなことより、俺のボケにツッコんでくれる人が久し振り過ぎておじさん泣いちゃいそうだよ。

 ヘレナは最近めっきりツッコんでくれなくなったし……海龍達はそもそもボケとツッコミを知らないし。

 

 何て俺が感動に打ち震えていると……持ち直したらしい湖月さんが可愛らしく咳払いしてジトーっとした瞳を向けてくる。


 ただ、碌に出会いのない男にとって美少女のジト目はご褒美であることを彼女はまだ知らないらしい。ありがとうございます。

 まぁご褒美であることを知った最近の女性陣は、何かある時には毎回無機質な瞳を向けてくるのが悩みの種だが。


「……なぜ貴方の中に強い気配と弱い気配が混在しているのかと思っていましたが、納得です」

「納得しないで!? 俺は強い一択ですけど!? 俺、これでも元最強だよ!?」

「自分でこれでもと言っているじゃないですか」

「俺、元最強だけど?」

「指摘された後で言い直しても意味ありませんよ」

 

 俺の怒涛のボケをしっかり返してくれる心優しき湖月さんは、呆れや疲れを孕んだため息を吐いた。


「貴方と会話すると、体力をごっそり奪われます……」

「俺は体力が回復するよ」

「本当に奪われてません?」

「無意識かな」

「害悪じゃないですか」

「おいグランツの爺さん、この美少女が俺を害悪呼ばわりしやがった! 爺さんの方から何とか言ってくれよ!」

 

 話が振られないからと言って気を抜いていたグランツの爺さんは、いきなり話を振られたことでビクッと身体を震わせたのち……ごほんっと咳払いと共に口を開いた。


「あ、あー……あまりメグル殿を悪く言わないでくれないか? こんな者でもこの世界を護っていた御方なのだ」

「こんな者、だそうですよ、メグル様」

「そうなのかよ爺さん! 爺さんのことだけは信じてたのに!」

「い、いや! これは言葉の綾というか……」


 失言した爺さんを俺と湖月さんがここぞとばかりに弄れば、グランツの爺さんはオロオロと世界最大の国の王とは思えぬ動揺振りを見せる。

 そんな彼の様子を眺めながら、俺がケラケラ笑っていると。





「———それで、同盟は結んで下さるのですか?」




 湖月さんが唐突にぶっ込んできた。

 この温度差には、流石の俺でも風邪引きそう。


「あー、えーっと……」

「結んで下さるのですか? くださらないのですか?」


 ジーッと俺を見つめて返答を待つ湖月さんの視線から目を逸らしつつ、胸中で頭を抱える。


 どうしよう、本当にどうしよう。

 さっさと断るつもりだったのに、何か追い詰められてるんだけど。

 いやでも、ここはハッキリと断りを……。


 何て覚悟を決めた俺に、湖月さんが思い出したかのようにポツリと呟いた。



「そう言えば、この部屋って私の力にも———」

「———同盟を結びましょう、今直ぐに」

 

 

 やっすい脅しに呆気なく俺は屈した。

 後で死ぬほど後悔することは、もう言わなくても分かるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元最強の魔法師が現最強で美少女の魔王と勇者に媚び売った結果、板挟みになった あおぞら@書籍9月3日発売 @Aozora-31

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ