第2話 まずは人類側へ
「———は、入りたくねぇぇぇぇぇぇ」
湖畔の我が家とは桁違いに大きくて豪奢で……と挙げたらきりがないくらいにレベチな王城を前にした俺は、圧倒されるというよりは面倒臭さが勝って足を踏み入れられないでいた。
ええ、結局来ちゃいましたよ。
何で来たんだよ馬鹿じゃねーのとか思われてそうだよね。
俺だって出来ることなら行きたくなかった。
折角世界最強の称号が無くなったのだから、ダラダラと自堕落な生活を送っていたい……というか送る予定だった。
その目標を遂行すべく、地面を這いずり回り子供のように駄々をこねてどうにか行かない理由を考えた俺だったが……世界最強2人に追いかけられるとかメンタルが持ちそうにないので、こうして渋々やって来たというわけだ。
…………断れるかな?
流石に問答無用で攻撃とかやめてくれよ。
こちとら半年以上碌に魔法すら使ってないんだから。
因みに俺がアセルティア城の外にいる理由は、言い訳できないほどシンプルにミスったからだ。
本来玉座の間にでも転移しようと魔法を発動させたのだが……如何せんブランクのせいで手元が狂ったらしく、アセルティア城の玉座の間どころか城から数百メートル離れた場所に転移してしまった。
それが余計に行きたくない気持ちに拍車をかけていた。
折角覚悟決めたのに……俺の覚悟を返せよコラ。
まぁ魔法を一切使ってなかった俺のせいなんだけど。
てか何で勇者と魔王のどっちもが俺を必要とするのよ。
お2人さんは『極地』じゃないっすか。
何て考えれば考えるほど浮かび上がってくる文句を胸中で垂れつつ、俺は外面を取り繕って笑みを貼り付ける。
久し振りで自信はないが……まぁ多少おかしくても何とかなるだろう精神で城門の兵士に話し掛けた。
「すみませーん、俺は———」
「メグル・スティン・ハヤミズ様ですね、お久し振りです……ってどうして首をお傾げになさるのですか!?」
「…………あっ! 城の中で迷ってた俺を助けてくれた博学のおっちゃんか! あの時は鎧を着てなかったから全然分かんなかったわ」
何とか思考をフル回転させて過去の記憶を掘り返し……眼の前の中年くらいの無精髭が生えた兵士が、数年前に危うく城で遭難しかけた俺を助けてくれたおっちゃんだと気付く。
思い出したのは普通に奇跡。
昔は知名度ないくせに『極地』に選ばれた俺を警戒してたのか、転移はおろか、魔力感知すら出来なかったんだよな。
あ、俺には気配を感じるなんて野生動物みたいな真似は出来ませんよ。
あんなのに比べたら魔力感知なんて数億倍簡単だね。
何てどこかの独身馬鹿を思い出していると。
「ところで……メグル様は如何様の理由でアセルティア城へ?」
兵士のおっちゃんが首を傾げながら訊いてくる。
その反応で俺との同盟の話が相当に内密なモノだったのだと気付いて、更に気分が下がるのは仕方ないことだと思う。
「…………まぁ野暮用ですね、はい。折角『極地』から開放されたわけですし、おたくらの勇者様に是非ともお礼を……と思って」
「あぁ……そう言えばメグル様は『極地』……正確には『バランサー』を物凄く嫌っていましたね」
「そうそう。アレを貰って喜ぶ奴は十中八九頭がオカシイ奴だと思ってるよ」
だって自分から面倒ごとに首を突っ込むどころか当事者になるんだぜ?
そんな自動面倒事巻き込み装置を貰って喜んでる奴は、間違いなく頭のネジが一本どころか半数以上抜けてるだろ。
まぁ全部で何本あるんか知らんけど。
俺がそう力説すると、私も嫌ですねぇ……なんて渋い顔で俺に同意してくれるおっちゃん。
やっぱりこのおっちゃんとは気が合いそうだ。
「んじゃ、ちょっくらお礼に行ってくるわ。通っても良い?」
「ええ、構いませんよ。国王陛下より『メグル殿がいらっしゃれば無条件で通しても良い』とのお言葉も貰っていますので」
「人族最大の国の国王ともあろう者が俺程度の奴に敬語なんか使うなよな。品位が下がるぞ」
「御自分で言っていて悲しくならないのですか?」
どこか呆れた様子で言うおっちゃんに、俺はドヤ顔でサムズアップを繰り出した。
「ぜーんぜん。だって今の俺って念願のスローライフ満喫中のニートだもん。やっぱ自堕落が1番! バランサーがない生活さいこー!!」
「……本当にお疲れさまでした、メグル様。貴方様に救ってもらったこの命、今後とも大事にしていきたいと思います」
我ながらとんでもなく駄目人間的思考だが……おっちゃんは嫌な顔をするどころか穏やかな笑みを浮かべてそう言いつつ、いってらっしゃいませ、と城門を開けるのだった。
「———……気付いてくれているだろうか……」
「陛下、かの手紙は恐らく昨日辺りに届いていると思い———」
「———おーいグランツの爺さーんはいるかー」
「ちゃんと届いていましたね」
俺が礼儀もへったくれもない気伸びした声で玉座の間の扉を開けば……玉座に座りつつため息を吐く綺羅びやかな衣装に身を包み、頭に王冠型の魔導具を載せた白髮グランツの爺さんと。
「…………えーっと……どちら様で?」
「初めまして、メグルさん。私は勇者としてこの世界に喚ばれた
自らを勇者湖月凛と名乗る黒髪黒目———爺ちゃんの手記に書いてあった日本人っぽい見た目と名前———のこれまた手記に書いてあった制服と呼ばれる服を着た、清楚系美少女がぺこりと頭を下げる。
そして、そんな彼女の手首にはついこの間まで俺の手首についていたクソ神代魔導具が嵌まっており、無駄にキラッと光っている。
つまり———眼の前の美少女が勇者であり、世界最強の1人というわけだ。
「あー、どもども。俺はメグル・スティン・ハヤミズです。この度はその忌々しいバランサーとかいうゴミ道具を受け継いでくれてありがとうございます。因みにもう帰ってもいいですか?」
「はい?」
「いえ、何でもないですはい」
怖っ!
何だよ今の心底冷たい瞳と声はっ!
全く、俺がツンデレ———俺に対してはツンオンリー———なヘレナと交流があったから良かったものを……普通の人なら泣いちゃうからな!
何て心の中では好き放題言いながらも、こてんと小首を傾げつつも絶対零度の瞳と抑揚のない声色にスッと敬礼ポーズを取る俺。
この一瞬で序列が決まった。
もちろん、俺が下で彼女が上。
「へ、へへっ、湖月さん……一体俺に何の御用でごぜーましょう?」
「相変わらずコロコロと態度を変えているんですな、メグル殿」
「あったりめぇよ。これが俺の生き残り術だからね」
幾ら最強の称号を持っていて、簡単にボコボコに出来るとしても……嫌われないことに越したことはないからね。
てか今回は俺がボコボコにされる側だし。
三下のような笑みを浮かべてゴマをする俺を呆れを孕んだ目で眺める国王陛下。
何とも愉快な光景である。
そんな中、国王であるグランツの爺さんが俺に敬語を使っていることに僅かに瞠目していた勇者であり『極地』であり異界の人であり……おまけにとんでもない美少女———属性多過ぎだろ。どんな人生送ったらそうなるの?———である湖月さんが、真剣な面持ちで口を開く。
「メグル様」
「へいっ! 何でございましょう、お頭!」
「……そのお頭はやめてください。あとその口調も」
「あ、はい。それで俺に何の用ですか?」
本気で嫌そうな顔をする湖月さんへ素に戻った俺が問い掛けると。
「———私達人類と、魔王側に勝つために同盟を組んでくださらないでしょうか?」
そう、分かってはいた言葉を紡いだのだった。
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