第28話 前景遥か

 帝国軍は、にわかな混乱状態にあった。そもそも国防軍の後退を自らに耐え切れず後退しているものと考えていたし、機甲戦力の抽出にも気付いていなかった。


 7月23日、包囲された第四戦車軍団は急速に崩壊に向かっていた。黎明と共に包囲網外部から包囲された部隊を救出しようと解囲を試みたが、これはまったくの準備不足で失敗に終わった。なにせ戦車を伴ない一個歩兵大隊、実数では二個中隊と一個小隊。装甲車の支援があったが、砲兵支援は無し。


 迫撃砲の射撃の後前進したが装甲車は偽装し待ち伏せていた戦車に一方的に撃破された。もっとも、装甲車の備砲に戦車の装甲を貫通できる能力はなかったから、待ち伏せを受けなくても結果は変わらなかったろう。


 歩兵は鉄条網で巧妙に設定された火点へ誘導され、機関銃の十字砲火で次々と撃ち倒された。


 昼頃、帝国軍としては素早い決断が下り、突出部に囚われた戦車部隊に後退命令が下った。


 特に戦車軍団の中核を成していた第三戦車師団の師団長が強烈に働きかけた結果だった。


 迅速な決断だったが、状況は芳しくない。前日の時点で既に弾薬と燃料の残りは少なかった。序列最上位だった第三戦車師団長が指揮を執ることになった。師団長は包囲網内側から脱出を図る突囲とついを目指す。


 とにかく時間との勝負だった。包囲網内の部隊の消耗は連日の激戦で著しい。包囲網内外で連携をとるには調整の時間が無い。


 それでも師団長が掌握している戦車は400両弱。強力な戦力に違いは無い。これの全力で包囲網の一箇所に攻撃を集中すれば破れるかもしれない。


 昨日根本に突進して我が方を分断した国防軍部隊。これは味方を変えれば両側を帝国軍に挟まれている。それにまだ大量の戦車の攻撃を拒止できるほどの陣地は構築されていないだろう。時間的な余裕は無い。


 12:00、だからこそ師団長はここへ、我の全力を挙げての攻撃を下命した。


 一方の国防軍もそれは予想済みだし、だからリュッツ大将は先んじて攻撃開始を命じた


 リュッツ大将は檄文を飛ばした。『叩き潰せ!』


 10:00より国防軍は部隊の機動に適さない北の森林、西の包囲網を形成する部隊を除いた東、南側から一斉に攻撃した。さらに確立された制空権を活かしてシュトルムが限界まで爆装して飛び回った。


 情報伝達の遅れから、第三戦車師団長は下命するまで知らなかった。


 ともかく、戦略的な十字砲火を浴び、さらには空から急降下爆撃を浴びた。


 急降下爆撃は正確無比だった。敵機がいないから適切なアプローチで、じっくり狙いを定めて投弾できた。精度は目標を中心に半径30メートル。


 空を含め三方向からの攻撃で突囲はままならなくなった。そも、攻撃をするなら部隊を攻撃開始線まで前進させなければならない。部隊を集結させ整列させ敵陣へ攻撃する。


 空をシュトルムと観測機が自由に飛び、さらに地上からも攻撃されその対応のためにも集結がままならない。


 戦車軍団は包囲網の内側の各所で寸断され、一つの大きい包囲網から複数の小さい包囲網が存在する状況になった。


 指揮通信は崩壊していた。最早組織立っての突囲など不可能だった。師団長は一方方向の無線で繰り返し各個に包囲網から脱出するよう発信するのみだった。


 スピアー少尉は第六戦車師団の戦車小隊長を任ぜられている。少尉の属している師団は突出部の根本付近におり、何とか包囲から逃れられそうな師団であった。


 日が沈み、航空機が活動できなくなると師団は突囲に出た。ただし師団といっても実質は一個連隊規模、三分の一ほどしか存在しなかった。敵戦車に、急降下爆撃機に散々に撃破されてしまった。


 夕刻までには偵察部隊が包囲網と接触、おおよその敵陣地の所在が判明した。師団は夜襲を選んだ。


 夜間移動の訓練の経験はあっても、攻撃の訓練は実施されていなかった。だが航空機の活動時間には最早行動できないとの結論からだった。


 トラックやジープは最低限を残して燃料が抜かれ、戦車や装甲車に移された。弾薬の再分配も行われた。


 そして師団長はこれ以上ないほど簡潔明瞭な命令を下した。『突っ走れ!』


 時間との戦いだった。夜が明ければまた敵機が来週する。さらに夜間なら砲兵は観測が困難になり、砲兵は活動を制限される。


 師団長は部隊を整理してから整然と前進させるより、多少乱雑な隊形でもとにかく前進させることを選んだ。


 その先頭集団にいたのがスピアー少尉だった。二個小隊が戦備行軍で進んでおり、少尉の小隊は後方に位置していた。さらに装甲車に搭乗した歩兵一個中隊が続く。


 戦備行軍、この時は小隊が敵に対して三角形の頂点になるようにしている。それぞれの頂点、底辺の中央に1両。


 先頭から2両目が地雷を踏み抜いた。戦車が炎上し、砲塔から搭乗員が大慌てで脱出する。


 敵陣地まで少しの所だった。警戒装置としての地雷のようだ。


 二個小隊はそれでもとにかく前進した。立ち止まっている間に夜明けを迎えれば航空攻撃で撃滅される。前進以外の選択肢は元よりなかった。


 小隊は各車砲塔をそれぞれに指向し、前方180°を警戒のまま前進する。地図の上ではもうすぐそこが敵陣地である。


 突然、照明弾が夜を昼に変え、砲火が煌めき闇夜に炎の大輪が咲いた。


 「対戦車砲!」


 「構うな!前進!前進!」


 二個小隊は突撃した。引いたところで何も得られない。榴弾を発砲炎目掛けて射撃し、スピアー自身も車長用機銃を浴びせる。


 1両が地雷を踏んで擱坐かくざした。砲弾が突き刺さり1両が炎上、1両が弾薬の誘爆で四散した。


 敵陣地からの火力は衰えない。


 それでも戦車は敵陣地への突入を果たした。そこで1両が鉄条網を履帯に絡めてしまい行動不能に陥った。


 スピアーは見た。対戦車砲だと思っていたのは戦車だった。


 発砲炎が地面スレスレだったから対戦車砲だと思った。しかし実際のところは歩兵と戦車兵が協力して戦車用の壕を掘っていた。


 なるほど榴弾や機銃を撃ち込んでも撃破できないはずだ。スピアーは無視してなお敵陣深く突進する。


 陣地の二線目に当たった。ほとんど同時に歩兵中隊の悲鳴が無線を通じて入る。


 歩兵中隊も装甲車2両を対戦車地雷で失いつつ敵陣地への突入を果たした。しかしそこで衝力を尽き、前進が止まってしまった。


 そこを陣地から戦車と歩兵火力によって完膚なきまでに叩かれた。


 「畜生……!」


 スピアーはうめく。攻撃の失敗は明白だった。


 「後退だ」

 

 

×××××



 第六戦車師団は挫けなかった。攻撃が頓挫しても後続と合流し攻撃を再興する。


 兵力の逐次投入という悪手だった。しかしそれしか方法がなかったのだから、逐次投入は最善手だった。


 また、これが意図せず国防軍を掻き乱した。始まりの行軍からして統制の取れていなかったから、道を間違え別の地点を攻撃する隊も出て

、攻撃の重点はどこか?これは陽動攻撃なのか?と混乱させた。


 けれど次第に国防軍も第六師団が一点突破を目指していることに気付いた。第六師団も攻撃が何回も頓挫したことで後続が徐々に追いつき、消耗分を差し引いても戦力は増えた。


 自然、戦闘はその烈度さを増した。


 夜明けが迫る午前3時。これが最後のチャンスだと師団将兵は覚悟を決めていた。これに失敗すれば航空攻撃で敵陣を突破するための衝力を完全に失う。


 どれだけ自殺的でもひたすら突撃する。ここに至り最早それ以外の選択肢などない。それが全将兵の決意だった。


 スピアー少尉は突撃の最先鋒だった。既に中隊長どころか大隊長も戦死し、急遽中隊を指揮することになった。中隊といっても既に定数を大きく割る8両。ちょうど二個小隊分だった。


 しかも一両は砲塔に被弾し主砲破損。車体、同軸、砲塔天板備え付けの機銃のみ。


 追い詰められたことを如実に語る命令が発された。


 『前だけを見ろ!戦友を振り返るな!』


 実質的に戦友を見捨てろ、自分だけでも助かれという命令だった。全員に衝撃が走った。戦場で命を賭して互いを守りあう戦友を見捨てるとは。しかし師団がそこまでの危殆きたいであることも理解できた。


 「したくなかったな」


 スピアーは1人呟いた。


 師団長から前進の命令が下った。師団長も前線にあった。師団長が果敢な人物ということではなく、それだけ師団が小さくなっていた。


 スピアーは幾度目か数えていない前進命令を指揮下中隊に令した。残り弾薬は徹甲弾6発、榴弾3発に発煙弾1発。


 敵陣前縁では20を越す戦車、装甲車が燃え、黒煙は未だ明けぬ空を焦がしていた。


 照明弾など必要なさそうだったが、国防軍は打ち上げた。


 敵戦車が火を吹き、スピアーも撃ち返す。撃破された戦車、装甲車の隙間を縫うように敵陣に迫る。


 周囲に搭乗員の戦死体が転がっている。銃撃を受け死んだもの、炎に巻き込まれて死んだもの。


 戦車のハッチから搭乗員が上半身だけ出して天板に突っ伏していた。装甲車の車内に重なって倒れる歩兵。


 戦死者が炎に巻かれる。


 ふとフライドチキンに似ている臭いが漂ってきた。


 「進め進め!」


 スピアーはその光景を振り切るように発破をかける。


 残弾僅かではあったが、死んだって撃てなくなるとスピアーはあまり節用しないことに決めた。


 敵陣にはより凄惨な景色が広がっていた。大量の味方歩兵の戦死体である。


 鉄条網に足止めされ、機関銃に薙ぎ払われ、迫撃砲に吹き飛ばされ、歩兵火器に撃ち抜かれた。


 鉄条網に寄りかかるようにして死んでいる兵、鉄条網を掴んでいる右腕の肘から先。


 戦車では避けようがなかった。戦友の死体を潰して進む。前を行く戦車の履帯が死体を巻き上げた。膝から下がスピアーの眼前に落ちてきた。


 中隊は戦車1両が撃破されつつ、敵陣地への突入を果たした。陣地一線目は度重なる戦闘で強度がだいぶ落ちているようだった。


 一線を突破して二線へ。戦車には付近に発煙弾を撃って視界を塞ぎ、歩兵には榴弾を、それが尽きたら徹甲弾、それから機銃で頭を押さえ、寄せ付けない。


 1両が砲撃で撃破された。砲弾と装甲の激突で生じた火花がよく見えた。


 脱出した搭乗員を救出しようと1両が止まる。


 「よせ!」


 止まった戦車も直撃弾を受けた。炎上し、脱出者無し。


 「止まるな!進め!」


 悲痛な叫びだった。


 二線を踏み越えさらに先へ。後ろではますます銃火の音が激しくなっている。


 しばらく進むと三線目にブチ当たった。ところがこれがどうやら自分達が進んできた東ではなく西に正面を置いている。つまり、西からの解囲を警戒しての防衛線。友軍に近い。


 一方で後方の歩兵とは完全に別れてしまった。


 塹壕に残り少ない機銃弾を浴びせ、歩兵の頭を押さえながら突き進む。


 塹壕!もう塹壕が構築されている。個人用掩体ならともかく、それが有機的に繋がっているとは!速度が帝国軍より格段に早い。


 ここでは歩兵攻撃が主体だった。対戦車地雷を投げられ──幸いなことに戦車が通り過ぎた後で爆発し──、前方で対戦車擲弾が火を吹く。


 「ぎゃあっ!」


 車体の無線手がやられた。


 「クソ野郎が!」


 車長用の12.7mm機銃を発射した敵兵目掛けて乱射。そいつは頭、両腕を失い壕の中に崩れ落ちた。


 「ザマァ見ろ!」


 

 ×××××



 空が白み始めた。あれだけ激しかった戦闘は唐突に終わりを迎え、今は一切が平静。ただ戦車のエンジン音だけが耳に障る。


 急に訪れた静寂にスピアーは追い付かず、呆けていた。それだけ戦闘は激烈だった。


 スピアー車の後ろにはもう1両が続く。2両、僅か2両。


 その後方の戦車長の軍曹が手を振る。何やら無線が入ったことを伝えたいようだった。そちらでも受信したか?と尋ねてくるが無線装置は無線手ごと撃ち抜かれてしまい使えない。


 故障だ、と告げ操縦手に止まるよう命令。軍曹によれば友軍無線が聞こえるという。


 10分後には友軍の哨戒線に到達、スピアーは収容された。

 

 戦車は2両が逃れた。では歩兵は。


 歩兵はほとんどが逃れられなかった。僅かに装甲車1両と10名。無事なものはなく、全員が何かしら傷を負い、中には腕がなくなっている者もいた。


 歩兵では陣地を突破するだけの衝力を発揮できなかった。強力な火器と装甲を備える戦車は敵弾に耐え、反撃することができるが、歩兵はそうもいかない。


 勇猛さだけを恃みに突撃した彼らは銃弾、迫撃砲、戦車砲の前に次々と斃れ、その屍を晒した。


 まだ空が明け切らない内から続々と国防空軍機は離陸し、包囲網へ殺到した。

 

 終局を迎えた。この日以降、歩兵が少人数で脱出を図り、中には成功したのもあった。それでも10人と少し。脱出した中で最高階級の者は中尉。大隊以上の指揮官は誰一人として帰らなかった。


 包囲網の中では戦車の大多数が弾薬、燃料の、修理のための予備部品の枯渇によって放棄され、残り少ない戦車も空から、陸からの攻撃で文字通り全滅した。


 24日には残敵掃蕩の命令が下達され、同日11:00頃、包囲網内の最後の帝国軍戦車が撃破された。


 リュッツ大将の作戦終了後の第四戦車軍団の保有戦車は155両。第四戦車軍団全体が包囲されたわけではないから消滅こそ免れたものの、作戦行動などまるで不可能な打撃を受けた。


 こうしてアウスフェーロン前景戦車戦は幕を閉じた。



×××××

後書き


ここまで読み進めてくれた読者の皆様、ありがとうございます。第二章完です。最終章となる三章は全て書き終えてから投稿します。


疲れたので少し百合を書いてから、百合と並行しつつ書いていきます。

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