第27話 アウスフェーロン戦車戦

 戦争は盛夏を迎えた。この季節、都市アウスフューロン前景において開戦以来最大の戦車戦が生起した。


 一大兵站拠点である同都市の攻略を企図する帝国軍は第四戦車軍団、各種戦車およそ700両をもって突進。対する国防軍は各種戦車150両。後にアウスファーロン前景戦車戦と呼ばれる。


 初戦は帝国軍の歩兵中隊に直協していた二個軽戦車中隊と国防軍中戦車一個中隊の激突だった。


 帝国軍軽戦車8両に対峙したのは長砲身75mm砲装備の四型中戦車3両。


 先手を取ったのは四型だった。中隊長は砂塵を巻き上げながら接近するのを視認。双眼鏡で全戦車が軽戦車であることを確認すると戦闘開始を命じた。


 距離1,700メートル。時期を考えればかなりの遠距離だったが、国防軍の練度は本物で、中隊は初弾から命中弾を得た。


 対する軽戦車の主砲は37mm、正面装甲は38mm。75mm砲から撃ち出された砲弾はスラリと綺麗な低伸弾道を描き、易々と軽戦車の装甲を撃ち抜いた。


 そもそもこの軽戦車は歩兵と協力し、機会を得れば機動性を活かして敗走する敵を追撃する役割を負う。


 そのような戦車だから中戦車を相手に対戦車戦闘はどだい不可能だった。


 最後の軽戦車は1,200メートルまで接近、射弾し四型戦車に命中させたが80mmの装甲は難なく受け止めた。



×××××



 戦車戦は7月20日頃、最盛を迎えた。


 パンテル大尉率いる戦車4中隊、通称ドクロ中隊は大隊の一部として機動防御の任に当たっていた。


 「撃て!」


 パンテル大尉は枯れた声で吠える。中隊は今日だけで既に3回目の交戦だった。本日だかで敵戦車撃破は30両を越えていた。他に装甲車、トラック、歩兵多数。中隊の損害は僅か1両。

 

 ただし長時間の稼働で2両が故障により脱落している。


 放たれた砲弾は敵戦車の手前に着弾し土を蹴り上げた。


 「馬鹿野郎!砲身の加熱を考えろ!」


 各車既に射撃は100発を越えていた。砲身からは陽炎が立ち昇っていた。


 「了!」


 返す砲手の声も疲労に塗れている。だが一番疲れているのは装填手だろう。砲弾は大体8kg。最早悪態を吐かない。そのための体力すら尽きたようだ。補給は何回か受けたが、今は休憩が必要だ。

 

 「装填良し」


 装填手が伝え、砲手は照準器の三角形の頂点を敵戦車の砲身に合わせる。砲身の加熱で弾道が垂れることを考慮すればこれで良いはずだ。


 「照準良し」


 「撃て!」


 命令に合わせて撃発ペダルを踏み付けた。


 射撃の轟音。衝撃波に戦車周囲の土埃が巻き上がり、照準器の視界を塞ぐ。砲身が後退して空薬莢が吐き出され、薬莢受けにぶつかり、カーンと金属音を立ててバスケットに落ちた。


 「命中!」


 より高い位置にいる車長は双眼鏡越しに見た。命中した砲弾は正面装甲を貫き、おそらく弾薬に誘爆した。腹の中に溜め込んだ弾薬。砲弾の炸薬に発射薬。どれほどあったかは知らないが、そいつが一気に誘爆すればどうなるか。語るまでもなく砲塔が車体から間欠泉みたいに噴き上がった。


 車体からだいたい2メートル、地面からだとおよそ4メートルの高さにまで砲塔は舞い上がった。二桁トンはあろう物体が、だ。


 「次目標、右のやつ!」


 戦闘中でありながら全員疲労困憊の態だった。搭乗員は戦車長を除いてとうに戦車兵用搭乗服パンツァーヤッケを脱いでいる。パンツァーヤッケの生地は搭乗員保護のため分厚く、熱がこもりやすいからだ。特に装填手は重労働で早々に汗だくになって真っ先に脱いだ。


 砲手も操縦手も無線手も脱いだ。戦車の内部はエンジンの排熱、夏の陽気で暑いことも彼らに脱衣を促した。


 この日、国防軍戦車隊は100両を越す帝国軍戦車を撃破した。内完全に撃破され修理不可能な戦車は76両。


 対する国防軍は完全撃破された戦車11両、その他故障等で修理を要し、野戦修理廠へ送られたもの29両。特に故障が目立つ。


 理由は単純明快で、戦車部隊が開戦以来連戦を強いられているためだ。陸戦の王者たる戦車。対歩兵、装甲車に戦車、攻撃の缶切りとして、後退時の後衛として。担う役割は幅広く、ゆえに出撃回数も多い。


 これにより整備のための時間が充分に取れないという問題に直面した。個々の搭乗員が行う簡易(簡易、と分類されるが搭乗員には当然負担としてのしかかる)なものから野戦廠で行われるオーバーホールまでとにかく時間が足りなかった。その最たる原因は交代のための部隊がいないことだ。


 これはやはり数で劣るからとあうのが最大の要因である。交代できないから、修理や休養に十分な時間を割けない。


 これがそのまま故障に繋がった。


 戦闘に話を戻すと、この日は戦線の各所から溢出いっしゅつする第四戦車軍団隷下の戦車隊を機動防御によって撃破するという戦闘が続いた。


 そして大抵は小規模とは言え、複数回の戦線突破を許してしまう程には前線の国防軍諸部隊は戦力が不足していた。人員、補給の不足、疲弊、ほうした要因が重なり結果として戦力が低下していた。


 翌日の7月21日、リュッツ歩兵大将は帝国軍一個戦車軍団の主攻正面に配置されている部隊を後退させた。到底攻撃に耐え切れないと判断しての処置だ。


 同時に大将は反撃のための一部機甲部隊の抽出、再配置を始めた。


 後退と兵力の抽出が合わさりこの日、この方面の国防軍戦線は大いにところで10kmも後退した。一方でこの10kmはリュッツ大将のしかけた巨大な罠だった。


 明けて7月22日、帝国軍先鋒は猛進、国防軍は5km押し込まれた。一方で帝国軍も息切れを起こしていた。


 単に距離の問題だった。10km以上を熾烈な戦闘を交えながら進めば弾薬、燃料共に消耗する。


 そして補給線に対し国防空軍のシュトルムが2機、あるいは4機で、倍する数の戦闘機の緊密な護衛の元で攻撃を仕掛けた。散発的ではあったが、一回一回は効果的だった。

 

 補給物資は主としてトラックによって運ばれていた。


 空戦では数の帝国軍と、質の国防軍で拮抗していた。その様な状況だったからシュトルムは爆装を限定し、通り魔的に襲撃していた。


 両翼下にロケットを懸吊し、空戦が行われてる隙を突いて補給段列を襲う。装甲の無いトラックは至近弾でも簡単に撃破され、もし弾薬を積載していたならば誘爆してフレームすら残らず吹っ飛んだ。


 さらにロケットの着弾で道にクレーターができ、不整地走破能力の無い段列の前進を阻むといった事態も生じた。


 このような状況で、突進した帝国軍は停止せざるを得なかった。攻勢限界に至った。


 リュッツ大将はこの機を見逃さなかった。大将は司令部にあって、前線各部隊からの報告を総合していた。帝国軍先鋒の動きが鈍くなっている、つまり攻勢限界に至ったのだとその鋭い観察眼で看破した。


 正午頃、帝国軍突出部へ国防軍戦車一個連隊が、良く統制された、訓練精到な鉄の戦狼が突撃した。リュッツ大将の罠がその姿を表した。

 

 通常、突出部や機甲部隊の側面は側面援護部隊によって守られている。


 けれどこの時、突出部には貧弱な兵力しか配置されていなかった。戦車の突進とそれに伴う補給のため、街道がそれら段列に圧迫されていたからだ。


 「踏み潰せ!」


 先頭を務めた戦車長は叫んだ。


 航空機と砲兵の密接な支援の下にあった。国防空軍が戦闘機を増やし一時的に制空権を確立、さらに士官を戦車連隊に陸空協同のため派遣した。大型の無線を搭載した装甲車に乗り込み、前線でシュトルムパイロットに攻撃目標を伝達する。


 さらに必要に応じて、爆撃目標をパイロットに示すために戦車に発煙弾を目標に撃ち込むよう求めた。


 これで例えば堅固な建築物に籠る敵、樹木線に隠れた対戦車砲を丸ごと爆撃で吹っ飛ばした。


 砲兵は、機械化された部隊が機動力を活かして大急ぎで駆け付けた。


 16:00頃までに主要街道を遮断、日が暮れる迄には完全に断ち切り、突出していた戦車部隊を孤立させた。


 ハーフトラックで後続していた歩兵が陣地を構築、片翼包囲を完成させた。


 歩兵は1時間で個人用掩体を、さらに2、3時間で相互に接続し、鉄条網の展開も済ませた。日が変わる頃には歩兵の攻撃なら容易に撃退できる陣地が完成していた。

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