卒業と友-[完]



「じゃあ、おばちゃん元気でね〜」


私たちはそれぞれ1番のお気に入りのパンを買った。私はメロンパン、優香は揚げパン、澪は塩パン。


最後におばちゃんはミルクパンのおまけをくれた。


『ベーカリーアポロ』のロゴの入った袋を手に店を後にして、やっと卒業の実感が湧いてきた。


こうやっておばちゃんに手を振るのも、この朝の匂いを3人で共有することも、もう難しくなる。会えなくなるわけじゃないけど、この瞬間、この時間は二度とやってこない。



涙でうるっと視界が歪む。それにいち早く気づいたのは澪だった。



「もうー、まだ卒業式はじまってないのに泣いてるよ柚ちゃん」


「はやくない? あ、ほんとだ泣いてる」


「覗き込むな、泣いてないもん」


「なんだかんだ、柚がいちばん繊細だからなあ。寂しくなっちゃったか?」


優香はケラケラ笑って茶化す。

澪が袖で私の涙を拭ってくれた。


「寂しくなんかないし、別に」


「ああ、優香ちゃんがそんなこと言うから、余計に泣いちゃったよ」



澪がカバンをゴソゴソと探って、ポケットティッシュを出してくれた。あの甘い香りが鼻をかすめる。可愛い、お花の柄のポケットティッシュ。



「また、クッキー作ってやるから泣き止みなよ」


「クッキーなんか作ってくれたことなかったじゃーん」


ぴぇーと私はだらしなく泣いた。


「あんたら毎日食ってたろ。チョコの挟まったクッキー」


「………え?」「あれ?」


つーっと流れていた涙があっという間に引っ込んだ。目をぱちくりさせ、私と澪は顔を見合わせる。


「あれ、作ってたの? 優香が?」


「ま、まあ。私、パティシエになろうと思ってたから練習で」


「うそ…」「すごい! あれ売り物だと思ってた!」



「……君らがあんまり美味しい美味しいって言うから、言い出せなかったんだよ」


頭をかいて言い淀む優香。


私は言おうか言わまいか、悩んで、悩んだ結果

「……もしかして、私たちのために作ってくれてた?」と訊いてみた。



ビクッと優香の肩が揺れる。わかりやすい。


言ってくれたら良かったのに、という言葉が喉のすぐそこまで来ていたが、飲み込んだ。


優香はどんな表情で私たちがクッキーを食べている様子を眺めていただろうかと思い返す。


そうだ。気づけない方がおかしいくらい嬉しそうに微笑んでいたじゃないか。


決して自慢することも無く、言いたいことは言うけれど、驕りはしない。はっきりとした物言いと謙虚さがなんの矛盾もなく同居している優香は今の今まで、私たちのために………。と思うと引っ込んでいた涙がまた溢れ出しそうだった。



「やっぱり、寂しいかも……」


思わずでた本音に2人はぷッと吹き出す。



私が死ぬ時、走馬灯にはこの日の一場面が映し出されるに違いない。これは大袈裟でもなんでもない。


卒業したくないよぅ、とちょっとでも力を緩めれば弱音を吐いてしまいそうだった。



「もう何言ってんの、春休みも遊ぶじゃん。そんな、この世の終わりみたいな顔するなって、な? まあメロンパンでも食べて、ほらほら」



優香に促され、私は大人しくむしゃむしゃとメロンパンを齧った。なんだか涙でしょっぱい。


でも、元気出てきた気もする。


おいしい。甘くて、おいしい。


たくさんの甘い匂いと、スッキリとした朝にちょっと愉快な気持ちになってきた。



「柚は単純だなあ」


「柚ちゃんのそういう優しいところにたくさん救われてきたから、今日は存分に甘やかしてあげよう」


澪が私の頭を撫でた。


かけがえのない友人たちとの思い出を、これから先、私は何度も思い出すだろう。



もう思い出になり始めているこの温もりが、ずっと続けばいいのにと願いつつ、メロンパンの香りをお腹いっぱいに吸い込んだ。


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卒業と友 一寿 三彩 @ichijyu

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