卒業と友-3



優香と澪のふたりは真反対の性格だ。


優香が言いたいことははっきり言う前向きポジティブな女の子だとしたら、澪は物静かで言いたいことも胸の内に秘めてしまうような慎重な性格。



あれはいつだったか、比較的穏やかにすぎた中学校生活の中で澪が「自分の顔が嫌い」と落ち込んでいたことがあった。


澪はどうやら、誰かに言われたらしい”見た目”を揶揄するような言葉で、酷く傷ついていたようだった。


「そんなことないよ」


私は言いながら背中をさする。そんな当たり障りのない励ましの言葉しかかけられず、もどかしいく思っていた。



澪はほんとにほんとに落ち込んでいて、何か言わないと、と私はオロオロしていたのだけれど、優香は特段慌てることもなく静かにタッパーを開けながら澪を見つめていた。


少ししてふんわりクッキーの甘い匂いが漂ってきて、優香はその日も「ほれ、クッキー」と澪と私に差し出した。


私は大好きなそのクッキーにつられて「やったー」と声をあげそうになったが


なかなか受け取らない澪に気づいて、私も手を引っ込めた。


「優香ちゃんは、人にどう思われようと関係ないって顔していられていいよね」澪が静かに言った。


暖かい日差しがさしていた教室がぴしゃりと冷たくなるのを感じた。


「それ、どういう意味?」優香が顔をしかめる。


「毎日おやつ持ってきて、みんなに嫌な顔されてるかもって思わないの? 」


「考えたこともなかった。澪は嫌だった?」


「……いや、別に私は」



優香はそんな澪の態度にため息をついて、机に頬杖をついた。



「澪さあ、ちゃんと言葉にしてくれないと分からないよ私。みんながどう思ってるかわかないけど、澪がイヤって言うならもう持ってこない」


そんな2人のやり取りを息を飲んでみつめる。

言い合いになってしまうかと身構えたが、優香は思った以上に冷静だった。


「………ごめん違うの。優香ちゃんと柚ちゃんはいつも自信があって可愛のに、私は外見ばかり気にして、そんな自分が嫌になって……。

2人といると自分がどんどん醜くなっていく気がして、ごめんね、八つ当たりだ」




そう言って澪はさっきよりも落ち込んでしまった。私は黙って澪の背中をさすった。

澪は可愛いよ、自信持ちな、と言いたかったけれど、なんとなくそれで解決するようには思えなかった。




「………お菓子ってさ」


優香が口を開いた。いつの雑談の延長のような声色だった。


「甘くて美味しいよね。

私いつもこのクッキーを一旦袋から出してタッパーに詰めなおして学校に持って来てるんだよ」



私と澪は一体なんの話しを始めたのだと驚く。



「2人はこのお菓子がどこのメーカーなのか知らずに食べて、美味しい美味しいっていつも言ってるでしょ?


柚なんかタッパー開けただけで、嗅ぎつけて走ってくるくらいだし。


つまりさ、パッケージなんてただの入れ物なんだって。結局はなんでもいいの、可愛くても、オシャレでもタッパーに入っていても肝心なのは中身なんだから。


美味しさと真心はイコールだよ。

私はそう信じてるし」



私はその言葉をきいて、ふと優香の芯の部分が見えた気がした。



「何が言いたいかって、外見なんか関係ないってこと。


私も柚も、澪自身が思慮深くてあったかくて、私たちのこと気にかけてくれてるところとか、そういうのをひっくるめて良いなって思うから一緒にいるんだよ。


誰に、何言われたのか知らないけど、そんな人達の言葉より、澪のこと大好きな友人の言葉に耳を傾けて欲しいね」



「……うん」


澪はすんすんと泣いていたけれど、その澪に慰められるほど号泣したのは私だった。


「ちょっともう……」


「……う、ううぅ」


「なんで柚が泣いてんのよ」


と優香が笑う。


「だから、もう自分のこと卑下しないでよ?

じゃないと柚がまたこんな風に鼻たれで号泣することになるんだから」


澪はこくこくと頷く。


それから、隣でぐちゃぐちゃになっている私を見て「ほんとだ鼻水すごいよ〜柚ちゃん」と可愛い柄のポケットティッシュを惜しげも無く私の鼻にあててくれた。



それはなんだか甘い香りのするポケットティッシュだった。




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