第27話「道路交通法」

「躾が、足りませんねぇ。」


その声と同時に、足元の白い床が波を打つ。


「一体、どこから…っ!」


怜が構えるが、方向が掴めない。

黒い槍が再び姿を現し、また爆音を奏でて俺らに向かう。


「侑、左ッ!!」

「っ…!」


俺は夜子の手を掴んで引いた。

直後、俺らのいた場所を黒い槍が貫通し、床を焼き焦がす。


「こういう避けるだけのゲームは得意だけど現実ではなあ…!!」

「いずいず、もう少し右、そこ、危ない!」


夜子の声が震えている。

怖いのは当然だ。それでも、未来を見続ける彼女の目は逸らされない。

海人さんは銃を構え直しながら、呟いた。


「躾とは支配。あの化け物は、支配の認知で世界を上書きしている……ボクが言いたいのは逆に支配し返すことも可能だということだ。」

「支配し返すって……どうやって」

「君は、自分から認知とはなにかをはなしたんじゃなかったのかい、タスクくん。心からこれは勝てると認知しろ。」

「……そんな無茶な」


しかし、空間はどんどん崩れていく。

香織さんのPDAが激しくノイズを上げ、画面が点滅した。


[時間が、歪んでいます。今のままでは長く保ちません。]


香織さんがそれを言った直後、背後から夜子が小さく息を呑んだ。


「……未来が、変わった。」

「どういう意味?」

「誰かが、しぬ、未来、見えた。」


空気が凍る。

誰かが犠牲になる。

それが“幸せに犠牲は付き物”という海人さんのポリシーを、まるでなぞるように。


「……どうやら、正しい方向には進んでいるようだね。」


海人さんが笑みとも苦笑ともつかぬ顔で呟く。


「犠牲なくして幸福はない。だが、誰が消えるかは——」


「まだ、分からない。」


夜子の声は震えていたが、しっかりと前を見ていた。




_____





――見えた。

また、“未来”が。


端っこが歪んで、時が止まる。

音は消えて、白黒の世界。

それが、やこの『未来視』

けれど、今日のはなんか違う。

いつものように近い未来じゃない。

もっと遠くて、もっと冷たい場所を、見せられてる気がする。


そこにいたのは、血まみれの手だった。

やこの指が、手が震えてて、誰かを抱きしめてる。

その腕の中は_____


「……や、だ……」


声が漏れた。

その誰かの顔は、まだ見えない。

でも、分かる。

分かっちゃう。

誰かが、もう戻らないってことだけ。


____未来は、確定しない。

それでも、死ぬってことだけは、あまりにも強い。



_________



「夜子、どうした?」


震える夜子に、俺は声をかける。

まるで、悪夢でも見たような顔をして夜子は俺を見つめる。


「……いずいず」

「また見えたの」

「うん……」


夜子はそういうと俺から、みんなから目を逸らした。

香織さんが、PDAを差し出す。


[言葉にするのが怖い時は、言わなくてもいいです。]


夜子は首を横に振った。


「……ううん、言う。……言わなきゃ、いけないの。」


夜子は、重い口を開いた。


「この先で、誰かが死ぬ。」

「誰かって……誰が?」


怜の表情が強張る。

夜子はゆっくりと視線を上げた。


「まだ分かんない。でも……守ろうとした人が、死ぬ。」


一瞬、沈黙。

その言葉の意味を誰も理解できずにいる中で、海人さんだけが笑った。


「ほう、なら簡単だ。誰も守らなければいい。」

「っ……!?」

「皮肉ではない。ヤコくんの未来視が本物なら、それを回避するには守らないことを選べばいい。だが、」


海人さんは銃を構えたまま、瞳だけで夜子を見る。


「君たちは、それができるのか?」


夜子は唇を噛む。


「……できないよ。」

「だろうね。だから、犠牲は出る。」


その言葉が、白い空間に重く沈む。


「じゃあ、未来を変えればいい。」

「…な、何言ってんだよお前…?」


自分でも何を言っているかわからない。

だが、誰かが犠牲となるなら、その未来を壊せばいい。

俺は、みんなの目を真っ直ぐみて、また口を開いた。


「ぶっ壊す、未来を」

「……タスクくん、君は簡単に言うね。」


海人さんは笑った。


「ぶっ壊す、か。面白い言葉だ。」

「本気だ。」


俺は言い返した。息が焼けるように熱い。自分でも、何を支えにそんなことを言ってるのか分からない。でも、言葉だけは止められなかった。


「守って誰かが死ぬ未来になるなら、そんな未来、正しいわけがない。」

「……っ、いずいず……」


夜子が俺の名を呼ぶ。その声が少しだけ震えていたが、俺の中の何かを強くした。


「夜子が見た未来が確定じゃないなら、壊すことだってできる。認知だの支配だの言ってたけどさ、要は見えた通りに進むからそうなるんでしょ?なら、見えた通りに進ませなきゃいい。フラグを回避してやる。俺はハッピーエンドがお好みなんだよ。」


「……認知の改変、か。」


海人さんが顎に手をやって、俺を見たが、目の奥が笑っていない。


「だが、『未来視』の結果を覆すには、君たち、ボクたち全員が同じ信仰を持つ必要がある。『この未来は違う』と、心から確信することだ。ひとりでも疑えば、その未来は固定される。」

「……信仰?」


甘楽が眉をひそめた。


「つまり、俺ら全員が生き残るって思い切ればいいのか?ありかよ?そんなこと…」

「理屈の上では、そうだ。」


海人さんは静かに頷いた。


「だが、同時にそれは選択だ。信じる未来を、どの瞬間に選ぶか。そこを誤れば、君たちの認知はあの怪物に上書きされる。」


白い床の下から、じわじわと黒い波紋が広がり始めていた。

まるで、この会話自体が世界にとって遅すぎるみたいに。


「……守ろうとした人が死ぬ、か。」


怜がぽつりと呟く。


「じゃあ、誰も守らない。でも、誰も捨てない。それならどうだ。」

「いくらなんでも無茶苦茶だよっ!!」


夜子が叫ぶようにして俺に話す。


「誰かが守ろうって思った瞬間に、もう未来は動くんだよ!いずいずが望んでる、ハッピーエンドには行けないんだよ」

「じゃあ、俺が全部守る。」


俺は言った。

声が、自分でも信じられないほど落ち着いてた。


「未来が守ろうとした人が死ぬなら、全員を俺が守る。俺が守られる側にならなきゃいい。」

「いずいず……」


夜子が息を呑む。


「お前……本気で言ってんのかよ」


甘楽は苦笑したが、その笑いには迷いがなかった。


「ホントバカみたいだぜ、いや、お前はバカだな。根っからの。でも……お前がそう言うなら乗るよ。」


怜も頷く。


「夜子、もう一度見てみて欲しい。侑の未来。」


夜子は泣きそうな顔で目を閉じた。

数秒の静寂。

そして、夜子が小さく呟いた。


「……見えない。」

「見えない?」

「いずいずの未来が……どこにも、見えないの。」

「それはつまり…」


海人さんが銃を下ろし、静かに息を吐いた。


「彼の認知が、すでに確定していないということだ。タスクくん、君は未来の外側に立っている。」

「……外側、ね。」


俺は目を見開いた。喉が熱い。汗が止まらない。

だけど、心はやけに静かだった。

アドレナリン、というものだろうか。


「そこからぶっ壊せば、全部終わるんだろ。」


白い床の奥で、黒い槍が再び浮かび上がる。

その瞬間、夜子の手をもう一度強く握った。


「行くぞ、夜子。未来をぶっ壊す。」

「……うん。」


そう決意した途端、電撃が走るような頭痛がした。

俺は咄嗟に頭を抱えた。

俺は、この頭痛を体験したことが、ある。

確実に知っている痛みだ。




『蕾』


『わたしはこうつぶやいた。

快楽かいらくってみよう、愉悦ゆえつひたってみよう。」

よ、それすらもむなしかった。


わらいにたいしては狂気きょうきだといい、

快楽かいらくたいしてはなにになろうとった。


わたしこころ何事なにごと知恵ちえこうとする。

しかしなお、このてんしたきるみじかい一生いっしょううちなにをすればひとらは幸福こうふくになるのかを

見極みきわめるまで、さけ肉体にくたい刺激しげきし、愚行ぐこうまかせてみようとこころさだめた。』




殺刹エフェメラル



『開花』





頭痛が終わったかと思えば身体が勝手に動いていた。

そして俺は


""を切り裂いていた。



「ッはぁ、はぁ…、ッは、」


俺は膝をついた。

立てない、とてもじゃないが、立てない。

動悸が治まらない。


「伊澄ッ」


甘楽が俺の肩を支える。


「外野で騒ぐだけの陰キャが…、顔を見せろよ!バケモノッ!!」


俺は手で銃を作り、切り裂いた空間に向かって撃った。

この能力が何なのかも分からない、突如として俺に流れ込んだ能力だ。


黒い空間の裂け目の向こうから、化け物が嗤った。


低い、振動するような音。

まるで世界そのものが嘲笑しているみたいだった。

耳を裂くようなノイズ混じりの声が、裂け目の奥から響く。

切り裂いた空間から、やつは顔を出した。


「…デュラ…ハン?」


突然とピンと来た。

見覚えの正体、それはアイランドに伝わる妖精だった。

死人が出る家の元に訪れる、悪しき妖精だ。

そして、首はないのに、そのデュラハン怒りを受け取った。

___デュラハンは俺を対等として認識した。


「…ッ!なんだ、なんだこれッ!」


その空間から、黒い霧が流れる。

甘楽は俺を支えたまま後退したが、その霧は床を這って追ってくる。

海人さんはゆっくり銃をデュラハンに向けた。


「タスクくん、今の能力は何だ?」

「知らないッ……!勝手に……勝手に体が動いたッ…んだッ!」



殺刹エフェメラル



頭に直接響いたあの言葉。

理解などしていないのに、身体はそれを


「第二の能力?そんな事が可能なのか?限界覚醒だというのか?」


海人さんがそういうと、怜はハッとしたように、海人さんの目を見て口を開いた。


「…あのデータがエラーを履いていた理由って…」

「おそらくタスクくんには開花直前の能力が宿っていたせいだろう。だから機械が故障を起こしてエラーを吐いた。なるほどね。」


海人さんは、俺の肩に手を置いて、俺を見た。


「…どうやらキミは、神に選ばれているらしい。神の子、と言えばいいのかね。」

「神の子か…」


俺は深く息を吸って、吐いた。


「悪い気はしないよ。」


そして、切り裂いた空間を睨んだ。


「ぶっ殺してやる、バケモノ。」

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出撃!ライフセービング部! 鳥丸 飛鳥 @Tori0416

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