求めていたのとは違います
第5話
ようやく連勤が明け、連休がやって来た。といっても、一週間程度のお盆休みなんだけど。お盆休みとはいえ、休みが全く無いよりかはましだ。
「今日から一週間は仕事がないからゆっくり休む事ができる!やったー!」
私が満面の笑みでそう言いながら、背伸びをすれば三成さんがすかさずふんと鼻を鳴らした。勿論、お得意の嫌味も忘れずに。
「休むも何も貴様は仕事以外の時は、いつもだらけているだろう」
狭い部屋の中で素振りをしながら、三成さんが言った。
ちなみに彼の手に握られているのは木刀だ。真剣ではない。この前、仕事で帰りが遅くなってしまったお詫びに買ってあげたのだ。もう一度言うが、間違っても真剣ではない。
それよりもお願いだから、木刀をこの狭い部屋の中で振らないでほしい。物を壊したり誰かにぶつかったら危ないし、何より我が家の口うるさいお母さんが怒り出すから。
あっ、ほら、噂をしたら元就さんがすごい顔をしながらこっちに来た。
「そんなに振ったところで君は戦には向いていないんだ。いくらやったところで、結果は見えているよ。いい加減諦めたらどうだい?それと、室内で木刀を振るうのは危ないと幼い頃に習わなかったのかい?」
「なんだと、貴様ァ…」
「本当のことを言ったまでだよ。それの何が悪いんだい?」
「元就さーん、三成さーんっ!ストップストップ!」
元就さんはなんでそんなに喧嘩腰で話しかけるんですか。もっと優しい言い方してあげてくださいよ。そう言って私が彼らの間に入って何とか止めようとする。
「蜜!貴様はどう思う!」
「蜜くん、君からも言ってやってくれないかい?いくらやっても無駄だよ、と」
彼らの間に入ったところで私には彼らを止める
はじめから私には止めるだなんて絶対に無理だったのだ。、この人たちの口喧嘩を止めようとするだなんてはなから
とりあえず、ベランダで洗濯物を干してくれているであろう幸村さんを呼んで、彼に仲裁してもらった方がいいだろう。
「で、ですから…お二人とも、おち、お、落ち着いてください…っ」
「そう言っている貴様が落ち着かぬか!聞いているだけで腹正しい!」
「君が叫ぶから真田くんがかしこまるんだよ。もう少し柔らかい言い方をするなり、叫ばないなりすれば真田くんも落ち着いて話ができるよ」
「何だと?毛利、貴様は私が悪いというのか!」
「よくわかっているね。その通りだよ」
「貴様ァ…!」
駄目だこりゃ。
何とか仲裁してもらおうかと思って、幸村さんを呼んでみたけれど彼が巻き込まれるだけ巻き込まれて全然喧嘩は収まらなくて。寧ろ、ヒートアップしているような気がする。
普段、私が仕事に行っている時はどうしているのだろうか。その時もこんな風に言い合いをしているのだろうか。今更ながら不安に駆られる。
「み、蜜殿…っ!」
困ったような顔で私に助けを求めてくる幸村さん。その様はまるで子犬が
そんな顔をされて助けない人なんていないでしょ。
私は重たい腰を渋々ソファからあげ、今度こそ彼らの口論を止めることにしたのだった。
「三成さんそんな顔をしても、元を言えば三成さんが悪いんですからね」
「そうだが…あの男が…」
「元就さんも言い方の問題があるのは確かですが…あれが普段の彼なんですから、こっちが上手に接していくしかないじゃないですか。三成さんが大人になってあげましょうよ」
「そうかもしれんが、やはり…」
「はあ、もう終わったことなんで、話終わらせてもいいですか?」
「貴様、それは自分勝手すぎるだろう!」
ああだと言えばこうだと言う三成さん。そんな彼の相手をするのに疲れた私。話を無理矢理終わらせようとすれば、鋭いツッコミが返ってきた。うん、良い反応ですね、三成さん。
「もう、いつまでも小さなことでうじうじしないでください」
「貴様……だんだんと面倒になっているだろう」
「そうですが、何か?」
「無い胸を張って言うなっ」
「うわ、失礼!三成さんそれ女の子に言っちゃ駄目なやつ!」
ふふんと得意気に言った私に対してこの人は、なんて
「
とりあえず、この場を何とか収める事に成功した。
喧嘩後は暇を持て余していた。特に今日何か急いでやらなきゃいけないということはなくて、たぁ暇を持て余すのもどうかとは思うのだが、思うだけでやる気は全く起きない。さっきの仲裁で疲れ切ってしまった。
「おい、蜜。貴様に聞きたいことがあるんだが…」
「三成さんが私に聞きたいこと…?一応、言っておきますけど歴史系は苦手なのでお断りしたいんですが…」
「そんなことはわかっている。貴様にわざわざ聞くほど私も馬鹿ではない。てれびとやらで事足りる。ふざけているのか、貴様は」
「ふざけてるのは三成さんの方ですよね。今から質問をしようとしている相手を
本当、なんでこの人はいつも
さっき幸村さんに聞いてみたところ、私がいない時の方が酷くないそうだ。なんで私がいる時だけそんなに喧嘩が酷くなるんですか。意味が分からないです。無駄な労力を使いたくないんでやめてください。
「それで…何が聞きたいんですか?あっ、分かりました。インスタントの良さについてですね?それなら私、いくらでもお答えできますよ!」
「誰がそんなものの良さを聞くか!頼まれても聞かぬわ」
「そんなものとは聞き捨てなりません!インスタントはですね…」
「いい、分かったから話さないでくれ。話が前に進みそうにない」
綺麗な眉間にグッと皺を寄せた三成さんは、人を追い払うかのように手を振る。大人しく開いていた口を閉じれば、彼は満足そうに笑う。そして、話を元に戻し始めた。
「あぁ、聞きたいというのはだな……わたー…」
「蜜くんっ!」
「元就さん?どうしたんですか、珍しく顔色を変えて……しかも、走ってきましたね」
某漫画ならドドドとでも効果音が付きそうな勢いで現れた元就さん。すごい速さで走って来た彼は、それはそれは強い力で私の肩をぎゅうと掴んだ。痛い、と抗議の言葉をあげたのだが、反応はいまいちだ。少しだけ首を傾げ、彼の顔を覗き込む。
「どうかしたんですか?」
そう、尋ねれば彼は小さな声で奴が出た、といった。
「奴?誰か来たんですか?」
「あぁ、私や君にとって最悪なものが来たんだよ…」
「おい、毛利…私と蜜の会話を
「蜜殿ッ!」
またまた三成さんの言葉を遮って部屋に飛び込んできた幸村さん。今度はどうしたのだろうか、そう思って何があったのかを尋ねる。すると、彼もまた奴が出たと口にした。まさかの元就さんと同じ要件でしたか。
「ご…」
「ご?」
「ごき、ぶりが…ッ」
「何だって!」
半泣きで奴の名前を出した幸村さん。私は珍しくそれに対して素早い返事を返す。ゴキブリなんて、私の宿敵とも呼べる生き物じゃないか。ちゃんと対策はしておいたのに。ゴキブリホイホイだってこの部屋含め、家のあちこちに設置してある。
「何処?何処の部屋に出たの?」
「む、向こうの物置ですっ」
「今すぐ行く!殺虫スプレーは何処に置いたっけ?」
「ここにあるよ」
スッと赤と黄色のスプレー缶を手渡してくれる元就さんにお礼を言って、幸村さん案内のもと奴がいる場所へと向かう。途中、三成さんの騒ぐ声が聞こえたような気がした。
まぁ、気のせいだろう。多分。
「蜜ッ!貴様、話がまだ終わっていないっ!戻ってこい、おい、聞こえてるのか?」
殺してやる的な物騒な声が聞こえたけど、気のせいってことにしておこう。それどころではないのだから。今は三成さんの話を聞くよりもゴキブリを処理する方が大事なのだ。
ぶすっとあからさまに不機嫌そうな態度をとる三成さん。それは勿論お昼の時も続き、夕方になった今でもまだ彼の機嫌は一向によくならなさそうだ。どうにかしようと我が家の良心、幸村さんが彼に話しかけ機嫌を取ろうとしたがそれでも駄目だった。ちなみに、元就さんが私が説得してくるよ、と言って来た時は土下座する勢いで止めた。貴方が行ったら状況が悪化するだけじゃないですか。
「……三成さん、今朝のことは何度も謝ったじゃないですか。そろそろ機嫌を直してくれませんか?」
「元はと言えば、貴様がすべて悪いんだぞ」
「はいはい、分かってますって」
「返事は一回」
「……はい」
長い腕を組みながら、彼はそう言った。そして、深く重たい溜息を一つ
「私が貴様に聞きたいことがあると言ったのを、覚えてはいるか?」
「覚えていますよ。流石の私でも今朝のことは忘れませんよ、馬鹿にしてるんですか?」
「いちいち突っかかってくるな。話が進まぬ」
切れ長の瞳を鋭く細めながら、三成さんは言った。彼に対してごめんなさいと謝れば、少しだけ三成さんの表情が柔らかくなる。
「それで、聞きたいことって何ですか?」
小首を傾げながら尋ねれば、また三成さんの表情が険しくなってしまう。
「聞きたいことって言うのは、私たちのことだ」
「三成さんたちのこと?だから、私歴史系は得意じゃないんですよ。インスタントの歴史ならいくらでもわかるんですが……」
「そういうのものではない。今更、自分自身のことを聞きたいとは思わない」
「それなら……何だって言うんですか?」
自分のことを聞くんじゃなかったら、他に何があると言うのだろうか。彼の尋ねたいことがいまいちよく分からず、眉間に皺を寄せてしまう。そんな私を見てか、三成さんが少しだけおかしそうに笑う。
「私たちがやって来た時、此方の方はどうなっていた?」
「と、いうと?」
「私は首を
「うーん、どうだったかな…幸村さあん」
「どうかしましたか?」
ひょっこりと扉から顔を覗かせた幸村さん。きょとんとした丸目が子犬みたいでちょっと可愛いと思ってしまった。
「あのね、幸村さん。三成さんたちが落ちてきた時ってこっちはどんな感じだった?」
「どんな、とは…?」
「なんか、変わったことが起きたとかそういうのだと思う。ね、三成さん」
「あぁ。何か思い出せるようなものはないか、真田」
私と三成さんの言葉に幸村さんは顔を
「確か、天井に黒い染みみたいなものができました。そしたら、毛利殿が落ちてこられたのです。石田殿の時も確か、その染みみたいのが見えたような気がします」
ごつごつと骨張った指で天井を指しながら、幸村さんは言った。そんな彼の後ろから元就さんが楽しそうだね、と笑いながら現れた。
「何の話をしているんだい?私もぜひ、混ぜて欲しいね」
「毛利殿…私たちは今、此方へ来た時のことを話しているんですよ」
「ほぉ、それで?」
「一番初めに落ちてきたのは私なんですが、その時のことはわかりませんが……毛利殿や石田殿がこちらへ落ちてきた時、天井に黒い大きな染みが見えたような気がするんです……確証はないんですが」
そう、彼らは会話をしながら扉の方から私たちのいる方へ足を向ける。幸村さんたちが所定の位置に着いたところで、三成さんが重たそうに唇を開いた。
「その黒い大きな染みとは一体何だ?」
「うーん、分かるのは落ちてくるときに関係してる、かもってことだけですね」
「確証はないんだろう」
「はい…」
三成さんの聞きたかったことはさらに、彼に深い謎を増やしたようだった。
「黒い大きな染み、ね…」
「元就さん?」
「まさか、貴様心当たりがあるのか…?」
そんな、まさか、そう言った表情で尋ねる三成さん。それに対して元就さんが言った言葉は、はぁと思わず聞き返したくなるようなものだった。
「心当たりがあるも何も……石田くん、今、君の上にできているものじゃないのかね?」
白く細い指を天井に向け、元就さんは当たり前のかのように言ったのだ。その次の瞬間、三成さんの耳を
日本人なら、いや生きている人なら誰でも一度は見たことがある
そう、今回落ちてきたのはあの有名で噂の伊達政宗だ。
「ここはどこだ!」
「だから、ここは日本でしてね…」
「馬鹿めッ!このような
「頭堅いなこの人!この話、何回してると思ってるの?」
あぁ、なんだかもう頭が痛くなってきた。諦めてもいいかな。私、もう諦めてもいいかな。
「伊達殿、お静かに…!石田殿が…」
「ええい、うるさい黙れッ!」
「貴様が黙らぬかッ!黙れぬというのなら、その首を斬り落としてやろうか?」
三成さんの甲高い
そそくさと寝る支度を始める私を無視して、リビングでは三成さんと伊達の取っ組み合いが始まっていた。
「蜜くん、何処へ行くつもりだい?」
にこりと爽やかな笑顔で呼び止められた。後ろには鬼がついているように見えますよ、元就さん。ひくひくと顔を引き
今、私の左隣にはちょこんと正座をしている三成さんと伊達がいる。言わずとも、元就さんによって正座を無理矢理させられているのだが。ついでに言ってしまえば、私も正座をさせられている。なんでも、逃げようとした罰だとかなんだとか。何処かの体罰教師か何かですか、貴方は。
「元就さん、足が痺れてきました。いい加減、正座崩してもいいですか?」
「駄目。まだ、君は正座していなさい」
「口うるさいおばあちゃんか」
「…せめて
突っ込むところはそこかよ。そう口にすれば元就さんから脳天チョップをもらった。痛い、地味に痛い。口では勝てないのは分かっていたので、大人しく恨めしそうに彼を睨んでおくことにする。
「何故、貴様とわしが同じ場所におらねばならぬのだ!解せぬ…っ」
「それは此方の
「何だと……この化け狐がッ!」
左隣の二人はなんともくだらない言い争いをしている。
私の目の前にいた元就さんは、珍しく口角をひくひくと
「君たち、少しは黙っていることは出来ないのかい?今、私は蜜くんに説教をしようとしていたのは分かるよね?まさか、
ものすごい早口で嫌味をたっぷりと込めながら元就さんはそう言った。流石の三成さんも返す言葉がすぐには見つからなかったようで、口をあんぐりと開きながら彼のことを見ていた。その隣にいる伊達の方はまさか自分が此処まで他人に、しかも初対面の人にボロくそ言われるとは思わなかったらしく、心ここにあらずの状態でいる。
「真田くんももう少しキツく止める努力をしたらどうなんだい?」
「は、はい、すみません…」
今度は関係のない幸村さんに火の粉がかかったよ。元就さんの怒りゲージやばいんじゃないかな、これ。
「それじゃあ、これから説教を始めるよ。異論は……勿論無いよね」
にんまりと唇に弧を描きながら笑った元就さんは皮肉にも綺麗だと感じてしまった。
元就さんからのお説教が終わったのは時計の針が三周したぐら。つまりは三時間も正座のまま、私たちは叱られていたというわけだ。
ようやく正座を崩すことができた足はジンジンビリビリと痺れていて立つのは困難だった。幸村さんの手を借りて、何とか、ソファに座るまでは歩けたけども回復するにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
「おい、小娘」
「何よ、このちび!初対面の人に向かって小娘とはないでしょ、小娘とは!」
「なっ…き、貴様の方こそ、初対面の人間に向かってちびとはなんだ!」
初対面で人の家に勝手に落ちてきた人のくせに、なんでそう偉そうな口を利くのかなこの人は。
「きさ、まァ…」
かぁっと綺麗な顔を赤い金魚のように真っ赤に染めた伊達は、薄く色づいた唇をへの字に曲げ、ギロリと私のことを鋭い目つきで睨んできた。うわ、ちょっと、その顔は反則でしょ。性格はともかく、顔だけは綺麗で可愛い顔立ちをしているんだから。
「わしを誰だと思ってそのような口を聞いている!?」
「
そうは言っても名前と出身地ぐらいしか分からないんだけどね。テレビの特番でたまにやっているのを見ているくらい。だから、別にこれといって伊達政宗が大好きというわけではないんだけどね。
「な、何だ、知っているではないか」
「いや、なんでそこで頬を赤らめるんすか。なんか、ちょっと、気持ち悪い……」
「本気で嫌がるのやめろ!…あぁ、向こうの石田まで気持ち悪いっていう顔をしている…ッ!」
ムカつくな、この家の住人はと騒ぐ伊達。勝手に落ちてきて、勝手にムカつかれるとか意味分からないんですけど。腹立つんですけど。
「前にも言った通り、私は貴様を助けてなどやらん。早々にお引き取り願おうか!」
「貴様らの話を聞けば、此処はわしがおった時代よりも未来だというではないか。行く宛など勿論、あるはずがなかろう」
「知らん。勝手に此方の世に落ちてきた貴様が悪い」
「死んで目が覚めたら此処に落ちた…。わしが望んで何処かに落ちるならこんな色気もクソもない小娘のところになぞ、落ちてくるはずがなかろうがッ!」
「……それは否定はしないが」
「なんでそこで否定しないのよ!せめて、否定ぐらいはしようよ、三成さん!」
また喧嘩をし始めたか、と思っていたら地味に私のことをディスってくる。本当に何なんだこの人たちは。とりあえず、私は近くに置いてあったスリッパを三成さんに向けて投げておいた。お、頭にクリーンヒットした。
「蜜!貴様、何をする!」
「こらこら、蜜くん。すりっぱは投げるものじゃないだろう。せめて、近くに行ってから叩きなさい」
「毛利、問題はそこではない!」
「はあい、おばあちゃん」
スリッパを片手に私の方へ向かって歩いてくる三成さんと、新聞紙を片手に笑っている元就さんはまさに、
とりあえず、私には頭を守るように手を上にやることしか出来なかった。せいいっぱいのガードのつもりです。
遅めの夜ご飯はいつもと変わらずインスタントラーメン。ちなみに私と幸村さんは
「……なんだこれは」
ぶかぶかのスウェットを着た伊達は豚骨ラーメンを一口食べた瞬間、酷く顔を歪ませた。眉間には皺を寄せて、口角は左右ともに下がっている。
「味が濃い。
他には何かないのか、と言いたげな視線を私に向けてくる伊達。
「残念なことにこの家にはそれしかないぞ」
「何…?」
「ちなみに
三成さんの言った言葉が本当に信じられなかったのだろう。伊達は疑わしそうな視線を、自分の左側にいる元就さんと幸村さんに向けた。彼らは非常に残念なことにって言いたそうな顔で頷いていた。それを見た伊達はあり得ぬ、と低い声で呟く。
「貴様それでも人間か」
「そこまで言う必要あります?ぶん殴ってもいいですか?」
右手をぎゅっと握りしめながら笑ってそう言えば、伊達がふざけるなと口にした。いやいや、最初にふざけたのはそっちですよね。ふざけてないなんて悪い冗談言うのやめてください。
「食材は何かないのか?」
「卵」
「それ以外」
「白米」
「他は?」
「醤油」
「…他には?」
「お菓子とおつまみ。後はビールとインスタント!」
得意気に言った私の頭を思いっきり引っ叩いた伊達。
「何も作れないではないか!」
あんたは主婦か。そう口にすればうるさい、と一言。うるさい、本当のことを言って何が悪いんですか。
「これでも金欠なんですよ!今が月末なのわかってます?私のお給料は二十五日なんです!」
待ち遠しいお給料日まであと一週間もある。そこまでこの人数を養わなければいけないのだ、私は。ただでさえ、この短期間に戦国武将さんが今日来た伊達を合わせて、四人になった。四人だよ、四人。ただの平社員の私にそんな人数、養えるわけないでしょ。
「知らぬわ!」
「じゃあ、出て行け!」
節約をしない人はこの家にいなくても結構です。そう口にすれば、伊達はえっと、とどもり始めた。そんなにどもってどうしたんですか。もしかして、どんぐりでも食べたんですか。
「蜜殿…」
「ん?どうかしましたか、幸村さん」
そろりと手を上げた幸村さん。何かあったか尋ねれば、彼は困ったように笑った。
「伊達殿がいないと私たちの中に料理ができるものがいなくなります…」
そういえばそうだった。
前にインスタントラーメンを食べた時にそんなことを話していたような気がする。性格に難があると言った三成さんに、優しい言い方で三成さんのことを捻くれていると言った幸村さん。その時のことを今更思い出したよ、うん。幸村さん、思い出させてくれてありがとう。
「伊達くん、君が出て行くことはないよ。君はこの家に必要な人物だからね」
「……非常に残念なことだが、貴様がいないと、このいんすたんとを食べるのも飽きていたところだ」
元就さんと三成さんが伊達に向かってそう言った。三成さんに至ってはすっごい嫌々そうだったんだけどね。
「インスタントは週四、手料理は週三でお願いしますっ」
私がそう言えば、三成さんにいい加減にしろと頭を叩かれる。何をいい加減にするって言うんですか。
「ふん、扱いが女中のようで腹正しいが、まぁ、致し方ない」
よろしく頼む、と伊達は苦笑交じりでそう言ったのだった。
こうして新たに主夫、伊達政宗が我が家に加わった。
さて、どうしようか。この人数で暮らすにはそろそろ部屋が狭くなってきたぞ。
朧月 七妥李茶 @ENOKI01
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