第3話 きっかけ

 室内を照らす灯りが消える。黒い外套に身を包んだ男はその暗闇に紛れて消え、


「疾ッ!!」


 次に視認出来た時には、既にナイフが振り抜かれていた。回避出来たのは偶然だった。危険を察知した体が、がむしゃらに動いて致命傷を避けたのだ。


「なになになに!?」


 壁まで走り、そこで自分の失策を悟る。駄目じゃん、壁に逃げちゃ。

 暗殺者だろうか。一振りのナイフを持った男は、ジリジリと距離を詰めてきた。

 極限の状態。鼓動が跳ね上がる。汗が吹き出す。目が回る。


「悪いが依頼だ。お前に恨みは無いが、死ね」


 仮面を被った暗殺者のくぐもった声。

 一体、これまでその腕でどれだけの人を殺してきたのだろうか。素人の俺から見ても、うっとりしてしまう絶技。一切の無駄なく、無機質な殺意が命を刈り取ろうとしていた。

 それを見て、俺は思ったのだ。


「馬鹿かっこいいじゃん」


「へ?」


 間抜けな声とともに、暗殺者のナイフの軌道が僅かに逸れた。


「痛っ!!!」


 左肩に迸る激痛。体を内側から焼かれるような痛みに、俺はのたうち回り――――はせず、ぼうっと熱に浮かされたように、暗殺者を見ていた。

 だって、格好いいんだもん。裂傷がなんだ。出血がなんだ。格好いいじゃん。ねぇ?


「なんだ、こいつ」


 ナイフを突き立てられても怯みもしない俺を見て、暗殺者が警戒するように一歩引き下がる。俺は一歩詰めた。暗殺者が更に下がる。


「あの、」


 ボタボタと血が流れる。それを気にせず、俺は思いの丈を伝えた。


「弟子にしてください!!!」


「何なんだこいつ?!死ね!!」


 さっきまでは無情に、淡々と命を刈り取ろうとしていた暗殺者が、怯えたように叫びながらナイフを振るった。未知を前に抱く恐怖。それが更にナイフを鈍らせる。デブな俺は当然被弾するが、構わず駆け寄った。


「惚れました!!弟子にしてください!」


 なんという機能美に溢れた技術か。

 振るわれたナイフの軌道には、一切の無駄がない。最短距離を走り、音もなく敵を殺そうとする。素晴らしい。俺はそれに心を奪われた。

 もっと見ていたい。なんなら実際にやってみたい。だが、そんな夢のような時間は、長くは続かなかった。


「ご無事ですか!?」


 離れに常駐する使用人たちが入ってくる。この家にとってはただの使用人とはいえ、武の名門家の武術を修めた者たちだ。暗殺者は彼我の実力差を見抜いたのか、直ぐさま外に飛び出していった。


 俺はそれを、うっとりと見つめていた。


 暗殺者、格好いい、、、。

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クソデブ悪役令息のドキドキ(心拍数危険域)暗殺術ダイエット〜ストーリー無視して暗殺者ムーブしてたら舞台をひっくり返してました 太田栗栖(おおたくりす) @araetaiyou

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