月夜に提灯なエピローグ 後編

 花火大会当日――。

 待ち合わせは、神社の前でということになった。

 というのも、ハルちゃんが花火の前にみんなで少し早い合格祈願をしようと提案したからだった。


「みんな、驚くかな?」

「驚くんじゃない? それに浴衣に甚平とか、俺らだけだろうし、そっちも何か言われるかもね」

「浮かれてるって思われるんじゃない?」

「それでもいいんじゃないかな。実際、俺はハルちゃんと恋人になって、毎日浮かれてるしさ」

「へえー、そうなんだ。まあ、それは私もなんだけどねー」


 ハルちゃんはご機嫌な表情を浮かべたまま、腕を組んできた。まだ恋人としてくっつかれるということに慣れてなくて、ドキドキしてしまう。

 幼い頃は当たり前のように手を繋いだリ、腕を組んでいてたけれど、今はそのころとは重みが違っていた。ただ根本にある想いは一緒なのかもしれない。


「それにしても、浴衣と髪型でずいぶん印象変わるね」

「そう? 大人っぽさでユウくんに惚れ直してもらおうと思ってね」


 ハルちゃんはかごバックを持った組んでいない方の手を肩の高さまで上げて、たもとの柄を俺にも見えるようにひらひらとさせる。

 今日のハルちゃんは白地に黒で牡丹のような花唐草があしらわれた大人っぽい落ち着いた柄の浴衣を着て、髪は少し低めの位置でまとめたお団子ヘアだった。

 いつもはかわいい顔つきや、よく笑っていて明るい雰囲気のせいか、幼くみられがちだけど、今日はどこか色気というものが感じられた。

 しかし、手に持ったかごバックがかわいい系なので、結局かわいいが勝ってしまっている。


「うん。ハルちゃんは今日もかわいいよ」

「褒められたのは嬉しいけど、今日は綺麗って言って欲しかったな」


 ハルちゃんはわざとらしく頬を膨らませながら、さっきよりも強く腕を組んできた。歩きながら、ハルちゃんが組んだまま腕を下に軽く引っ張るので、思わず腰をかがめた。


「ユウくんは今日はいつもよりかっこいいよ」


 ハルちゃんに耳元で囁かれ、自分でも顔が真っ赤になっていくのを感じた。

 そんな俺の反応を楽しんでいるのか、隣でハルちゃんが幸せそうに笑っていた。


 神社に近づくと、先にみんなが集まっているのが見えた。

 その中で横沢が一番に気付いて、おもむろにスマホを取り出して、こちらにスマホの背面を向けたので写真を取っているのかもしれない。

 ハルちゃんもそれに気づいて、腕を組んだまま横沢に向けてピースサインをするので、俺も同じようにピースサインを向ける。

 横沢の行動に合わせて、高山も健太も拓也もこっちに気付いて笑い始めた。


「いやあ、さっそくいい写真撮れたわ。それで、ようやく付き合いだしたってことでいいの?」

「うん。ユウくんと私は付き合いだしたよ」


 合流してすぐに横沢が確認するように尋ねてきて、それにハルちゃんがあっさりとした口調で答えた。


「てか、横沢は……というか、お前ら誰も驚かないのな」


 そう言いながら、みんなの顔を見渡した。驚く様子は欠片もなく、ただただみんな笑顔だった。


「そりゃあ、悠。みんな、お前と弓月がずっと両想いなの知ってたからな。まあ、浴衣と甚平姿には驚いたけど」


 健太の言葉にみんなが頷くので、それがここでの共通認識ということなのだろう。

 自分が知らないだけで、気持ちがみんなにはだだ漏れだったことに気恥ずかしさを感じてしまい、何かひとこと言い返したいのに言葉が出てこない。


「だから、正直なとこ、付き合いだしたって聞いても、今さら感がすごいのよね」

「ちょっとレイナ?」

「それでも、やっぱり自分のことみたいに嬉しいわ。二人のこと、ずっと近くで見てきたからね。よかったね、二人とも」

「おめでとう、ハルカ」


 横沢に便乗する形で高山も祝福してくれた。

 ハルちゃんは「ありがとう」といつものようにニコッと微笑むように、しかし、いつもより魅力的で幸せそうな笑みを浮かべていた。


「てかさ、二人が来るの遅いから、俺らだけで先に合格祈願しちゃったんだ」

「ちゃんと二人の分も祈願しておいた」


 拓也の言葉に、またしても高山が被せるようにしながら、ドヤ顔を向けてくる。

 優しいのか適当なのか、抜け目ないのか分からない。


「なあ、合格祈願は自分でしないと意味なくね?」

「親友の頼みの方が、神様も聞いてくれそうじゃない?」

「……そう、かも?」


 俺の苦言に高山が屁理屈で返してきて、それに妙に納得してしまった。

 別の誰かが自分のことのように願ってくれるという方が、聞き届けられそうな気がしてしまったのだ。

 その噛み合ってるのかずれてるのか分からない会話に、誰かが噴き出して笑い始めたのをきっかけにみんなで笑い始めた。

 そこにいつもの仲のいいグループのもう一人が神社の方から出てきた。


「お参りしてきたよー」

「おかえり、ハツキ。ねえ、これ見てよ」


 横沢が吉川を迎え入れながら、俺とハルちゃんを指差した。吉川は俺とハルちゃんをじっと見つめ、ふっと目を細めながら薄く笑みを浮かべた。


「ああ、そういうこと。付き合いだしたんだね。ハルカは昔から羽山のこと好きだったもんねー。幼稚園からだっけ?」

「ハツキまでそういう感じ? もっとみんな驚いてくれると思ったのに」

「少しは驚いてるよ。ハルカ、恋が叶ってよかったね。おめでとう」

「ありがとう、ハツキ」


 吉川は健太と同じく、俺とハルちゃんと幼稚園から一緒なのでこの中では一番付き合いが長い。

 だからか、同じ祝福の言葉でも、吉川の言葉が一番重く心に響くような気がした。

 吉川の視線はハルちゃんというより俺に向けられ、吹き抜ける風になびく長く綺麗な髪を手で押さえた。吉川の表情は笑っているのに、目はどこか寂しそうに揺れている気がした。


「ねえ、ハツキ。ハツキも実は羽山のこと、いいなと思ってたんじゃない? たまに羽山を見る目が違うときあったし」


 横沢が冗談ぽく口にする。いつものようにからかっているだけなので、吉川のリアクションでその後の流れはだいたい決まる。否定しても誤魔化しても話に乗っかっても、横沢や周りにそのまま同じ質問を投げつけてもいい。

 ただの話のきっかけでしかなく、最終的な落としどころとしては、今日の主役である俺かハルちゃんをいじって盛り上がりたいだけ。

 だけど、誰しもが思わなかった方向に会話は転がり始めた。


「今だから言えるけどね、私も羽山のこと好きだったよ。でも、ハルカにはかなわないから」


 吉川がしっとりと本気のトーンで口にするものだから、誰もが言葉を飲み込んで吉川を見つめていた。


「あっ、でもね、ハルカ。もし別れることがあったら、羽山を私にちょうだい」


 吉川は冗談なのか宣戦布告なのか分からないトーンで、ハルちゃんに向かってそう口にした。

 ハルちゃんは吉川から向けられた視線と言葉を受け止めて、俺の腕に両手でしっかりと抱きついた。


「ハツキでもユウくんはあげない。だって、別れるなんてことないもん」


 ハルちゃんは頬を膨らませながら真っ直ぐに吉川に言葉を返した。吉川の目はハルちゃんから俺へと向けられる。

 吉川の言葉と気持ちに俺も向き合わなければならないと思った。


「俺もハルちゃんと同じ気持ちだから。でも、そういう気持ちを俺に持ってくれてたってのは嬉しかった。ありがとう。そして、ごめん」


 吉川は俺とハルちゃんをもう一度じっくりと見つめる。

 それから大きく息を吐き出して、表情を崩した。


「あーあ。言うつもりなんてなかったのにな。失恋しちゃった」


 吉川が誰が見ても強がっている笑顔で笑った。横沢は自分が話を振ったばかりにと責任を感じているのか、吉川を抱きしめた。


「ごめんね、ハツキ。私、無神経だった」

「いいよ、レイナ。今日はみんなで花火楽しもうよ」

「そうだね。それにハツキならさ、羽山なんかよりいい男捕まえられるよ」

「そうだよ、ハツキ。羽山なんて鈍感クソ野郎じゃん」

「アヤカ、それは言い過ぎだよ」


 高山と横沢が吉川を慰めながら、笑い合っている。

 慰める流れで俺を貶めるのはやめてほしい。せめて、聞こえないようにやってほしいが、あれはわざとやっているのだろう。

 その様子を見ながら健太と拓也が近づいて来て、健太が俺の肩に手を置いた。


「いやあ、モテる男は羨ましいですなあ」

「本当だよ。健太はモテる方だからいいけど、俺はなあ」

「拓也、俺は気付いてるんだぜ。お前の好きな人――」

「ちょっと、お前――」


 拓也が焦るような声をあげると、健太は笑い始めた。

 健太が俺をからかうものだと思っていたので、反応が遅れてしまったが、拓也が流れ弾に被弾したのだと気付いて、一緒になって笑い始める。

 拓也が気になっている相手のことを俺は気付いてないけれど、いつかは話してもらえる日がくるのかもしれない。


「じゃあ、そろそろ会場に行こうよ」

「だな。お腹空いたし、屋台でなんか食べたい」

「俺はたこ焼きが食べたいな」

「私はかき氷食べたい」


 そうやって、これからのことを話しながら歩き出した。

 俺とハルちゃんは手を繋ぎ直し、みんなについて歩き出した。

 しかし、ハルちゃんがすぐに足を止めた。

 その理由はすぐに分かった。

 吉川がまだ歩き出せず、ぼんやりと神社の方を見ていたのだ。


「ハツキ! 行くよ!」


 ハルちゃんの声掛けに、吉川は「うん、分かった」と笑顔と返事を返した。

 そのことに安心してハルちゃんは俺の手を引くように歩き出した。

 ただ吉川の様子がなんだかおかしように思えて、歩き出しながら顔だけ吉川の方に向ける。

 吉川の表情は横顔からは読み取れなかったが、風に乗って声が聞こえた気がした。




 ――ハルカがいなかったら、私が付き合えてたのかな。




 夜に変わりつつある空には、綺麗な半月が浮かんでいた。

 もうすぐこの空に花火が打ち上がる。

 そのときの世界は――――。

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君の存在という悪魔の証明 たれねこ @tareneko

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