エピローグ 本当の世界のかたち

月夜に提灯なエピローグ 前編

『今年は一緒に花火を見に行こうよ』


 中学三年の夏休みも終わりが見えてきたとある日の夜、ハルちゃんからそんなメールが届いた。

 それを見て、考えるよりも先に『分かった。行く』とすぐに返信していた。返信して、ひと息つく前にハルちゃんから電話が掛かってきた。


「本当にいいの? ユウくん」

「自分から誘っておいて、その確認いる?」


 そう言いながらクスリと笑うと、つられるようにハルちゃんも電話の向こうで小さく笑っているような気配がした。

 そんな何気ない瞬間が好きだった。


「そうだけどさあ……ユウくんは誰かと約束してないの?」

「まあ、いつものメンバーで行こうかって話してたくらいだけど、予定が合えばってくらいだしな。ハルちゃんの方こそ、誘われたりしてるんじゃない?」

「うん。でも、今年はユウくんと行きたかったから。もしユウくんに断られたら、そのときは友達と行こうと思ってた」

「俺がハルちゃんからの誘いを断るわけないだろ?」

「本当に?」

「本当だって。この間も夜に、急にコンビニ行きたいってのにも付き合ったじゃん」

「たしかに。まあ、私もユウくんからの誘いは断らないからなあ」


 電話の向こうで照れたように笑う声が聞こえ、胸の奥がくすぐったくなる。

 ハルちゃんとはずっとこの距離感だった。

 幼馴染だけど家族に近くて、確認をしなくてもお互いを一番知っていて、相手にとっての一番だという感覚がある。

 今の関係が居心地がよくて、もう一歩踏み込むことにいつからか臆病になっていた。

 それはきっとハルちゃんも一緒で。

 だけど、不思議と早く気持ちを伝えないと後悔しそうな気がした。

 自分が自分らしく生きるために、自分の気持ちに素直にならないといけないような直感めいた感覚。


「ねえ、ハルちゃん。今から少し会えない?」

「今から? うん、いいよ。ウチに来る? それとも私が行く?」

「俺が行くよ。それでよかったら、ちょっと歩かない?」

「いいけど、そうだな……じゃあ、コンビニに行こうか。アイス奢って?」

「いいよ」

「やった。じゃあ、あとでね」

「うん、またすぐ後で」


 電話を切って、母さんにコンビニに行くと言い、すぐに家を出た。

 ハルちゃんの家に着くと、玄関の扉に背をつけてハルちゃんが待っていた。


「あっ、ユウくん!」


 俺に気付いて、ハルちゃんが軽い足取りで近寄って来た。急なことなのにハルちゃんはどこか楽しそうな笑顔を浮かべていた。


「待たせた?」

「全然。じゃあ、行こっか」


 そうやって、当たり前に二人並んで夜の道を歩き始める。

 遠く西の空に三日月が沈みかけていて、どこか暗さを感じるけれど、街灯や住宅から漏れてくる光だけでも十分な明るさだった。

 そもそも隣にハルちゃんがいれば、どんな暗い道でも不安なく歩いていける自信があった。


「ねえ、ハルちゃん――」

「なに、ユウくん?」

「好きだよ」

「うん、私も……って、えっ!? 急に何?」


 自然な流れでハルちゃんもつられて気持ちを吐露していた。

 隣で焦りながらも照れているハルちゃんがおかしくて、俺はつい笑ってしまっていた。


「なんで笑ってるの? なに? ドッキリ?」

「ごめん、なんかおかしくってさ。でも、ドッキリじゃないよ」


 ハルちゃんは今度は黙り込んだ。きっと今、一生懸命に頭を回転させて、俺に何を言われたのか、今どういう状況なのかと整理しているのかもしれない。

 だから、分かりやすくもう一度伝えることにした。


「ハルちゃんが好きだよ。ひとりの女の子として、ずっと好きだったんだ」

「うん」

「だから、付き合ってほしい」

「いいよ。私もユウくんにそういう好きって気持ち持ってたから」


 街灯の下で立ち止まり、ハルちゃんはとびっきりの笑みを俺に向けてくれる。

 嬉しすぎて、幸せすぎて、ハルちゃんの顔を真っ直ぐに見ることができない。


「なんで顔そらすの?」

「なんか急に恥ずかしくなって」

「そっか」


 ハルちゃんがそっと手を握ってくる。その温かさが心地よくて、心まで溶けてしまいそうな感覚になる。


「てか、なんで今言うかな?」

「ダメだった?」

「ううん、すごい嬉しかった。だけどね、花火の日に私から言おうと思ってたの! さっきメールで誘ったのだって、本当は少しだけ怖かったんだからね。ユウくんが相手なのに、心臓がバクバクしてた。今もすごいんだけどさ」

「心臓のバクバクはめっちゃわかる。俺も今やばいから」


 ハルちゃんがそっと俺の胸に耳を当て、「本当だ」って小声で溢しながら笑った。


「これからは幼馴染で恋人だね、ユウくん」


 ハルちゃんが至近距離で俺を見上げながら、嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「そうだね、ハルちゃん。じゃあ、付き合った記念にちょっと高いアイス奢るよ」

「いや、いつもの分けるやつがいいな。その方が私たちらしいと思わない?」

「うん、そうかも」


 顔を見合わせ笑い合い、手を繋いだままコンビニまでの道を歩き出した。

 歩きながらハルちゃんに、ハルちゃんのメールアドレスに込められた秘密を教えてもらった。俺もアドレスを変えるときが来たら、ハルちゃんのアドレスにリンクさせたものにしようと決めた。

 コンビニでアイスを買って、車止めのアーチに座って、同じアイスを口にくわえていた。


「それで今年の花火はどうしよっか?」

「どうするもなにも、一緒に行こうって誘ったのハルちゃんじゃん」

「そうなんだけどさ、せっかくなら浴衣デートにしようよ。ユウくんは甚平着てさ」

「いいね。そういや、子供のころは着せられてたよな?」

「そうだったね。あっ、いいこと思いついた。ユウくんと私のお母さんに浴衣デートしたいからって、新しい浴衣と甚平を買ってもらおうよ」

「俺らが付き合いだしたと知ったら、喜んで買ってくれそうだな。しかも、お小遣い付きで」

「ありえる」


 自然と笑い声が重なり合った。重なるのは笑い声だけでなく、座ったままずっと手も重なっていた。


「じゃあ、ついでにさ、みんなにも付き合いだしたことを花火の日にサプライズ報告するってのは?」

「それ、おもしろそう!! あっ、でも、今年はユウくんと二人だけで行きたかったんだけどな」

「告白するって目的はもうないんだから、二人だけにこだわらなくてもいいんじゃない?」

「でも、デートしたいんだって」

「それならさ、途中で抜け出して、あの場所で二人だけで見るってのは?」

「それなら、ユウくんと二人っきりにもなれるし、みんなとも楽しめるしで最高の日になりそう。それにデートは、これから先いっぱいできるし、花火デートは来年でもいいもんね」

「だな。じゃあ、さっそく健太に電話で花火に行こうって言ってみるわ。早めに言わないと、参加しないって思われて、向こうで話進んでそうだし」

「そうだね。私もレイナに電話する」

「もしかしたら、俺らが言わなくてもみんなで行く計画立てたりしてるかもね」

「それあるね。だって、中学最後だしね。高校はみんなが同じところ志望してるわけじゃないし、気軽に集まれなくなっちゃうよね?」

「だったら、なおさらみんなとも花火に行きたいよな」

「だねー」


 顔を見合わせて、頷き合った。それから、声が混じらないように俺は立ち上がってハルちゃんとは反対側を向いて、健太に電話をかけた。


「なあ、健太」

「ねえ、レイナ」


 ハルちゃんと声が重なる。向こうも同じタイミングで電話が繋がったみたいだった。

 そのことに少し驚いて、お互いにちらりと見た視線が重なり合った。

 そういう偶然の一致が嬉しくて、笑みを溢し合う。

 そして、また声が重なる。



 ――今年はみんなで花火に行こう。

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