チキチキタキチキ

第21話

 paraの初めての雑談配信があった日の夜。私はスマホで、私と同じようなことをしていて、私と同じような年齢で、私と同じようなめちゃくちゃな選曲をしている女子ドラマーを探して、ネットの海を徘徊しまくった。

 そんなのはいない。心のどこかじゃ分かっていたけど。やっぱり、paraは私の話をしていた、と思う。落ち着かなくて、琴子達にこの話を聞いてもらいたかったけど、なんて言ったら私のこの感動や興奮が伝わるのか分からないから、結局その日は、遠足の前日みたいな気持ちで眠りに就いた。



***



「琴子、泣くのですか」

「そこまで感極まってないよ!」

「そう? 私は結構泣きそうだけど」

「チル……淡々と言っても説得力が無いよ……」


 私はチルに困った視線を送りながらも、口元は笑いを堪えられずにいた。だって、それこそ泣きたくなるほど簡略化したとは言え、ヒイズルの曲を最初から最後まで、止まらずに演奏しきったのだから。

 楽譜を買いに行った日のことを思い出す。駅前の謎の休憩スペースでファーストアルバムのスコアを開いて、目次をみんなで指差す。あれがいいとか、あの曲は無理だと思うとか。曲を決めてからその曲だけの楽譜を買うこともできたと思う。そんなにメジャーなバンドじゃないから、カップリング曲とかは楽譜が出て無いかもしれないけど。アルバム収録曲の中でも、シングルで出た曲なら用意できた可能性が高い。だけど、私達はそれをしなかった。楽譜は、大げさに言うとその楽曲を演奏するための設計図だ。いくつかを見比べて内容を確認しながら、自分達の実力と照らし合わせて考えるのが一番確実だと思った。

 あとは、私達は、これからもっともっと上手くなる。たくさん上手になったら、きっとどの曲だって合わせられるようになると思う。一曲だけの、いわゆるバンドピースと呼ばれる楽譜は、当たり前だけど割高だ。まとめて買った方がお得。一回の出費はちょっと大きいけど。要するに、この買い物は、いつかここの収録されている曲の全部を演奏できるくらい上手くなってやる、それまで諦めないっていう、私達のちょっとした決意表明だった。


 だけど現実は非情、全員の「これは無理だと思う」を掛け合わせると、全ての曲が演奏できないことになる。ドラムかギターかベース、どれかのパートが泣きを見ないといけない状況だった。誰がそれを被るべきか考えたら、答えは分かるだろう。そう、私が申告した「無理」は無理じゃないことになった。いや無理なんだけど。

 決まった曲の基本フレーズは16ビート、実を言うとそういう繊細なスティックワークが要求されるような楽曲は嫌いじゃない。そしてあの曲のテンポに合わせてドラムを叩くこと自体は簡単だ。何が無理って、あのテンポで16ビートを相手にすること。コンパスを使って綺麗に円を描くことも、ジェットコースターに乗ることもできるけど、ジェットコースターに乗りながらコンパスで綺麗に円を描くのは無理って感じ。

 だから、曲のノリとかグルーヴとか、そういうのを一切無視して8ビートにした。8ビートでも、思っていたよりはマシだ。いや、みんなも私と同じように複雑なところを省略したから、逆にバランスが良くなった可能性がある。とにかくそんなマイナス方向の工夫の果てに、私達は今日、初めてヒイズルの曲を合わせることに成功した。


「ギターソロについては……面目ない……」


 鳳は、普段から猫背な背中を更に丸めてため息をつく。内臓が出てきてもおかしくないってくらいの深いため息。だけど、私には彼女の落胆が分かるつもりでいるから、安易に慰められない。まぁ、あるよね、もうちょっとマシな演奏できると思ってた、って数十分前の自分に失望するような気持ちになること。

 鳳の成長は本当にすごい。だけど、それでもまだ彼女は初心者なんだ。自分がどこを演奏しているか分からなくなったり、次の展開に上手く移れなかったり。そんなときに一瞬で復帰できたりしない。三人にはまだ、圧倒的に経験が足りないんだ。いま慰めても、また同じことになるかもだし、”私”はそっとしておくべきだと思った。こういうときは誰に任せればいいのか、大体分かってきたから。


「ま、まぁあれは仕方ないって! あたしなんか楽譜見た時点で戦意喪失したもん!  練習してきただけ鳳はすごいよ!」

「私はベースだから関係無いけど。大変そうだなって思ってギターとドラムの楽譜見てる。私だって簡単ではないけど、でも、一番難易度低いような気がする」


 琴子がフォローしてチルが話題を変える。この三人は本当に、それを自然にやってのけるからすごい。役割が変わっても、三人はどこでもこなせるから、こうやってずっと仲良しだし、すぐ笑い合えるようになるんだと思う。

 私はすかさず、チルの言葉に同調してみせた。


「あー……かも。でも、ベースがしっかりしてるおかげで崩れないでいれるんだよ。ありがとう」

「どういたしまして。ジュース奢らせてあげようか?」

「遠慮するね」


 笑顔で彼女の提案を断って、コピーした楽譜に目を落とす。演奏中は両手が塞がってるからページを捲ることは出来ない。いや、やろうと思えばできるかもしれないけど、その間は片手分の演奏がお留守になるからあんまりしたくない。だから私は、ドラムのパートだけを切り取ってA4のルーズリーフに貼り付けていた。

 そして、楽譜を見る度にそれを無視していると、凹みそうになる。っていうか凹んだ。もちろん、16ビートで叩くのが一番かっこいいと思ってる。私がそれを安定して演奏できないだけ。だからいつか叩けるようになりたい。この曲と向き合うことになったお陰か、最近の私は速く叩けるように意識して基礎練している気がする。我ながら、向上心だけはすごいと思う。


「ねね、もう一回やんない!?」

「あと一時間ある。一回と言わず何度でも」

「ですね。ギターソロについてはもう少しマシにできるよう、次回までに工夫してきます」

「よっしゃ! そうこなくちゃ! なつき! いつでもいいよ!」

「うん!」

 本当に、この三人に出会えて良かった。そう思いながら、私はスティックでカウントを取った。


***


 練習の後、私達はスタジオのロビーでくつろいでいた。琴子はギターの練習にのめり込み過ぎて、成績がちょっと下がったらしい。あんまり下がると親にギターを止められるかもしれないから、これ以上はヤバいなんて言って暗い顔を見せていた。


「琴子って、バランスよく頑張るとか、苦手そうだもんね」

「そうなんだよ、なつき! あたしは、自分で言うのもなんだけど、結構猪突猛進だからさ」

「私は変わりありませんね」

「それってつまりトップクラスってことじゃん!」

「私なんかちょっと上がったよ。ベースの練習の休憩で、勉強するようになったからだと思う。オンとオフってやつ?」

「鳳より成績いいチルが!? そんなことある!?」


 この話題に同調してもらえると思っていたらしい琴子は、チルと鳳を恨めしそうに見つめている。苦笑いしていると、私の方まで火の粉が飛んできた。


「なつきは!?」

「私、中学の頃からずっと吹奏楽やってきたし、多少は、ね……?」

「そうだった……」


 琴子は完全に打ちひしがれた様子で、柔らかいソファにひっつくみたいにして溶けた。可哀想に。でも、私は鳳みたいに頭がいい訳でも、チルみたいに要領がいい訳でもない。どちらかというと琴子と似たタイプの人間だと思う。


「琴子の気持ちは分かるよ。でも、それなりになんとかなるから」

「うん……だといいけど……」

「そういえば、なつき。最近、動画の再生数がかなり伸びていますね。チャンネル登録者も」


 鳳は烏龍茶のペッドボトルを傾けながら言った。彼女が指摘する内容には流石に気付いていたけど、まさか鳳がそこまで気にしてくれてると思っていなかったからちょっとビックリした。


「そうなの!? すごいじゃん!」

「実はね」


 私は少し前の出来事について話した。女子ドラマーの動画にハマってるって話は前にしてたから、状況の説明はわりと簡単だった。


「……すごいですね。大物に宣伝してもらったのとほぼ同義ですよ、それ」

「paraのチャンネル登録者は五万人くらいいるけど、あの動画をみんなが観た訳じゃないし」

「だとしても、ですよ。普通は自分以外にネットで宣伝してくれる人なんていません。これは大きなアドバンテージと言えるでしょう」


 鳳……なんか、私よりもチャンネルの運用について色々考えてくれてそう。でも、だからこそ伝えておかなければいけないことがある。


「それは、そうかもだけどさ。私は、有名になりたいとか、そういう願望って、あんまりピンとこないんだよね」

「それはまた。本心ですか?」


 前髪で隠されている両目が、私を見ているのが分かった。別に責める意図は無いんだろうけど、それくらい信じがたいことを私は口にしているのだろう。


「動画を投稿し始めたのはね、paraと同じことをしてみれば、あの子が見てるものが見えたりするのかなって、思ったから」

「……なるほど」


 私の言葉を、鳳は真摯に受け止めてくれているようだ。腕を組んで天井を仰いでいる。彼女はいま、何を考えているんだろうか。


「ねね、なんか、さっきからすごい話してない?」

「思った。次元が違うというか」


 琴子とチルは私と鳳の話に入ってこようとはしなかった。次元が違うだなんてことはないと思うけど……。


「しかし、なつきはたった数本の動画で、向こうに気付いてもらえた。paraは今、あなたを見ているのですよ」

「……鳳って、すごいこと言うね」

「でも、あたしも間違ってないと思うなー、鳳の言うこと!」

「うん。うん」


 チルは噛み締めるように頷いている。三人とも、私の活動を応援して見守ってくれている。それだけは痛いほどに分かった。間近に控えている定期演奏会も、動画投稿も、このバンドも。全部を応援してくれてるから、私も彼女達の全てを応援したいと思った。


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2025年1月10日 18:00
2025年1月12日 18:00
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タチーチーチータ nns @cid3115

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