【完全版】
「蘭ちゃん、聞いてくれよ!」
部室に駆け込むなり、ジローはそう喚いた。
どたばたぎゃあぎゃあと騒々しくて敵わないが、ジローの騒々しさは今に始まったことではないので、蘭は呆れながらも聞き返した。
「何よいきなり」
「ラーメン大好き丸さんがもう3日も投稿してないんだ」
「なんですって? ラーメン?」
「だから、ラーメン大好き丸さんだよ」
「誰なのよ、それ。配信者か何か?」
「違うよ、僕の推しのレビュワーだよ。ラーメン専門の」
「レビュワーって、食レポとかの?」
「そう。飲食店のレビューサイトに、毎日絶えずラーメン店のレビューを投稿してるんだけど」
「毎日って、毎日?」
「そうだよ、僕が見てる限り3年間、1日も休まず。それが、3日も投稿を休んでるなんて、おかしいだろ?」
「べつに、おかしくないわよ」
「どうして?」
「つまりその人、3年間も毎日休まずラーメンを食べてたってことでしょ」
そんなにラーメンばかり食べていたら、人はどうなるか。簡単なことだ。
「身体壊しちゃったのよ、きっと」
「そんな!」ジローは悲壮感のある声を上げた。「僕、ラーメン大好き丸さんのレビューがないと生きていけないよ! 彼のレビューだけが頼りだったのに!」
馬鹿みたいだと思ったが、ジローは真剣そのもので、今にも泣きだしそうだった。そんな彼の様子に呆気に取られながら、蘭は尋ねる。
「そんなに良いレビューを書くの? その、ラーメンなんとかさんは」
「そりゃあもう!」
ジローは途端に泣き顔をやめ、スイッチが入ったように熱っぽい口調になる。
「ラーメン大好き丸さんはね、☆5レビューは滅多に付けないけど、単に評価が厳しいだけじゃない。☆1レビューも、よほど店に問題があるときしか付けない、とてもフェアで信頼できる人なんだ。その証拠に、試しに彼が☆1を付けたラーメン屋に行ってみたら、罵声は飛び交うわ皿は投げるわ会計は間違えるわ、本当に酷い目に遭った」
「なんで☆1の方に行くのよ。☆5に行きなさいよ」
「もちろん行ったよ」
「感想は?」
「最高だった」
「乏しいわね」
その程度の感想しか出ないのなら、せっかくの名レビュワーも浮かばれないのではないか。
とそこで、はたと何かに気がついたように、ジローが顎に手を当てた。
「そういえば、ラーメン大好き丸さんの最後のレビューも☆1だったな」
「そうなの?」
「うん。どうしてかすぐに消されちゃったんだけど、『らーめん霧崎』って名前の店のレビューで」
「へえ、どんな内容だったの?」
するとジローは、コホンと咳払いをして次のように言った。
「ラーメンを食べて吐きそうになったのは初めての経験だ。なんの肉なのかチャーシューは臭くて食感も悪いし、何よりスープの味が酷い上に、極めつけには髪の毛まで入っている。それも束で。接客の質も最低で、外国人らしき店主(名札にはたしか『ジャック』と書かれていた)に出汁の材料を聞いたところ、『ニホンゴワカラナイ』ときた。どこから漂ってくるのか、店内にはうっすらと腐臭が充満していて、衛生管理にも不安がある。腹を壊したい事情がある者以外は行かぬが吉」
ジローがまるで台本を読み上げるようにすらすらとレビューの内容を暗唱する様を目の当たりにした蘭は、恐怖に近い何かを感じていた。
「なんで覚えてんのよ、気色悪い」
「蘭ちゃんが訊いたんじゃん、酷いな」
「でも、それならもしかしたら、身体壊したんじゃないのかもね」
「どういうこと?」
「そんな酷いレビュー書いたら、裁判沙汰になってもおかしくないでしょ。その対応に追われて、新しいレビューを書けずにいるのかも。すぐに消されちゃったっていうなら、何かしら問題になった可能性は高そうじゃない?」
「なるほどね。でも、ラーメン大好き丸さんは本当のことしか書かないよ?」
「本当のことでも名誉毀損になることはあるの」
「そんなあ」
☆★★★★
口直しのコーヒーを片手に☆1レビューを書き終え、喫茶店を出た直後、私の意識は途絶えた。
目が覚めるとそこには、左胸に『ジャック』の名札を付けた、見覚えのある顔があった。
「オハヨウゴザイマス」
青い目をした男は、私の顔を覗き込みながら言う。
「レビューハ消サセテモライマシタ」
なんだ、日本語喋れるじゃねえか。わざとらしい片言は鼻につくが。
「アナタニモ消エテモライマス」
男が左手で私の胸倉を掴んだ。彼の右手には、刃こぼれした出刃包丁が握られている。
ああ、そうか。分かったぞ、あの不味いチャーシューの正体。恐らく出汁も。その考えが過るだけで、胃の底から酸っぱいものが溢れ出しそうだった。
「待ってくれ!」
苦し紛れに私は叫んだ。律儀に男の手が止まる。
「最期にレビューを書かせてくれないか」
「ホシヒトツハ許シマセン」
「違う、☆5のレビューだ。私はこう見えてプロのレビュワーなんだ。私のレビューを待っている人が大勢いる。最近見つけた最高の店、10件ほどあるんだが、そのレビューがまだ書けていない。これを世に出さずには死んでも死にきれないんだ」
訝るような少しの沈黙の後、男はこくりと頷いた。
あわよくば助けが来てくれれば、という目論見もないではなかったが、恐らく私には間に合わないだろう。ならばせめて、同じ轍を踏む人がこれ以上現れないように、願いを込めて。
☆☆☆☆☆
「蘭ちゃん! 大変だ!」
またしても、ジローがばたばたと部室に駆け込んでくる。
いい加減うんざりしている蘭は、精一杯の顰めっ面を作って振り返った。
「今度はなんなのよ、一体」
「大変なんだよ! ラーメン大好き丸さんのレビューが投稿されたんだ!」
「あら、良かったじゃない」
「それがおかしいんだよ! 今まで1日1件が鉄則だったのに、一度に10件も投稿されたんだ」
「しばらく休んでた分まとめて投稿したんじゃないの?」
3日も投稿されてない、とジローが騒いでいた日から、ちょうど1週間ほどが経っているはずだ。
「それだけじゃないんだよ。レビューが投稿された店が、どれもラーメン屋じゃないんだ」
「たまには違うものも食べたくなるでしょ」
「違うよ、ありえない! 3年間一度もラーメン以外のレビューを書いたことないんだよ、ラーメン大好き丸さんは」
「3年もやってたら方針変えることだってあるわよ」
「ありえないんだって! それに、見てごらんよ。レビューの内容も変なんだ」
ジローがスマートフォンの画面を見せつけてくる。なんてことのない文章に見えるが。
「これのどこが変なのよ」
「☆5を付けてるんだよ! それも10件とも全部!」
「全部美味しかったんじゃないの?」
「ありえないよ! ☆5なんて、年に一度あるかどうかの高評価なんだ。それが10件も同時に現れるわけがない」
「評価基準を変えたとか?」
「違うよ! よく見て、例えばこの店のレビュー」
蘭はそれを読み上げる。
「殺風景な店内には面食らいましたが、料理を食べてみてなるほど。味一本で勝負している、強気のスタイルだと理解しました」
「でもほら、この店内写真」
ジローがスクロールする画面を目で追う。そこに映った店内の風景は。
「とても殺風景とは言い難いわね。絵画とか飾ってあるし」
「でしょ? 他のレビューもこんな調子でさ。多分だけど、ラーメン大好き丸さんは店に行かずにレビューを書いてるんじゃないかと思うんだ」
「サクラってこと? あるらしいわね、そういう商売。お金もらって☆5の架空レビューを書くっていう」
「ラーメン大好き丸さんがそんなことするはずないだろ!」
心の底から憤慨して怒声をぶつけてくるジローにほとほと呆れ、蘭は投げやりに言った。
「じゃあ、何かメッセージが隠されてるのかもね」
「メッセージ? って何?」
「ダイイングメッセージとか、そういうの。違和感のあるところには被害者ないしは犯人からのメッセージが隠されてるの、ミステリーの常套手段でしょ」
「それだ!」
頬を紅潮させ、ジローは叫んだ。鼓膜がびりびりする。
「ラーメン大好き丸さんは、きっと何か事件に巻き込まれて、レビューを通じて助けを求めてるんだよ! それで、どんなメッセージが隠されてるの?」
「知らないわよ。適当に言っただけだし」
「そう言わずに。思いつきでいいから」
「例えば、縦読みとか?」
レビューサイトを見ながら、ジローが首を捻る。
「ちょっと読めそうにないな」
「じゃあ、地図上に並べてみる、とか?」
「地図上に?」
「その、レビューが書かれたお店の位置をさ。何か図形が現れたりするかも」
「へえ、面白そう。やってみようよ」
「いいけど」
蘭は自分のスマートフォンを取り出し、渋々と地図アプリを開いた。
「じゃあ、レビューの投稿順でいい?」
「うん」
「1件目が、本格イタリアン『Mamma a Napoli』。『絶品のパスタの噂を聞いて駆けつけた本格イタリアン。マンマの田舎風ナポリタンは期待以上の味でした』」
「レビューの内容まで読んでくれなくていいんだけど」文句を言いながら、地図上にピンを置く。
「大事なメッセージが隠れてるかもしれないだろ」
「次は?」
「次、2件目。純喫茶『マカロン』。『行きも帰りも、通りがかったときにはつい立ち寄ってしまう、お気に入りの喫茶店です』。どう? 何か分かった?」
「分かるわけないでしょ。点二つじゃただの線よ。次」
「3件目。これ、コンビニなんだよね。『トゥウェンティーフォーエバー公園前店』。『なんとなくふらりと立ち寄った店ですが、これが大当たり。2回もおかわりしてしまいました』」
「コンビニで2回おかわりって、どういう状況なの」
「だからこのレビュー、全体的におかしいんだって」
「はいはい。次」
「4件目。創作フレンチ『パリの斜塔』。『さりげなく隠し味に使われた地元産のフルーツがポイント。ご飯が進む濃い味付けながら、爽やかにいただけます』。どう? そろそろ何か図形とか現れたんじゃない?」
「あのね。全部で10件あるのに、たったの4件で図形ができちゃったら逆に困るでしょ。残りはどうするの」
「たしかに、それもそうだね」
「次」
「次は5件目。ポルトガル料理店『ジョージ&アンナ』。『ルーマニア料理とは初めて食べましたが、意外に親しみやすく、日本人の口にも合うかと』」
確かにこのレビューはどこかおかしいようだ。
「ポルトガル料理店だっつってんのに」
「だから言ってるでしょ?」
「はいはい」言いながら、『ジョージ&アンナ』の位置にピンを置く。すると。「あれ?」
「どうかした?」
「図形、完成しちゃったかも」まだ10件中5件目なのに。
「どれ?」ジローが蘭のスマートフォンを覗き込んだ。
「ね?」
「ほんとだ。綺麗な正五角形だ! やっぱりこの10件の☆5レビューにはメッセージが隠されていたんだ!」
ちょうど真北に位置する頂点から、レビューの投稿順に時計回りに点を打ち、正五角形が姿を現した。本当に図形が現れたことは確かに驚きだが。
「でも、五角形っていうのも、メッセージ性に欠けるような」正直、だから何? という感想しか湧かない。
「あと5ヶ所点打ったら何か分かるのかも」
「だといいけど。じゃあ次」
「6件目! 洋食レストラン『みつばち亭』。『殺風景な店内には』」
「それはもう聞いた。次」
「えーと、7件目。お好み焼き店『さんぺい』。『れっきとした老舗である本店。代々受け継がれた秘伝のソースは、店主でも再現不能だそう』」
「さんぺい、さんぺい、と」先にできた正五角形の内側に、一つ、二つと点が入っていった。「はい、次」
「8件目。居酒屋チェーンだね。『のんべえ三丁目店』。『ぞっとするほどの行列ができていましたが、意を決して並びました。3時間待った末、食べた結論は大正解。もはや待ち時間もスパイスです』」
やはり、店名とレビューの内容はちぐはぐだ。居酒屋チェーンに3時間も並んでたまるか。
「はい、次」
「9件目。九州料理店『よか軒』。『対馬の食材をふんだんに使った海鮮料理が魅力。メインディッシュは言わずもがな、前菜の海鮮サラダが今までに食べたことのない美味しさでした』」
「次が最後ね」
「うん。10件目。フルーツパーラー『タカサキ』。『くせの強い店主には賛否分かれるかと思いますが、味はホンモノ。ぜひ一度食べてから判断してほしいです』」
『タカサキ』の位置を検索し、そこにピンを置いた。すると、最初の5件の正五角形の内側に、一回り小さい逆さ向きの正五角形が現れた。真南に位置する頂点から、時計回りに順に点を打った形だ。
「また五角形?」
「うん」
大小二つの五角形が、重なる形。蘭は考え込み、そして思わず、「あっ!」と声を上げた。
「何? 何か分かったの?」
「いや、分かったわけじゃないんだけど。これって、星じゃない? 五角形二つじゃなくて、こう、ジグザグに」
地図上に並んだ点を、真北に位置する頂点から順に、星を描くようになぞってみせる。
それを見て、ジローも顔を輝かせた。
「すごい! 星ができた!」が、すぐに困り顔になり、子犬のような瞳でこちらを見つめてくる。「で、星ができたからなんだっていうの?」
「知らないわよ」そんな目で見られてもこっちが困る。「ただの悪戯じゃないの?」
「そんなわけないよ。きっと意味があるはずなんだ」
「あなたはラーメン大好き丸さんをなんだと思ってるのよ」
「蘭ちゃん、なんか思いつかない? なんでもいいから」
「知らないってば。ミステリー小説なら、星の中心に何かが隠されてるところだけどね」
「星の中心かあ。ちょっと見せて」
ジローはそう言って、私の手からスマートフォンを取り上げた。
画面を拡大し、星の中心あたりの地図に目を凝らしている。
「あっ」
ジローが声を上げた。
「何?」
「見て! これ」
スマートフォンの画面には、最大限まで拡大された地図が映っている。その中心には。
「『らーめん霧崎』?」
どこかで聞いた覚えのある店名だった。
「ほら、あれだよ! ラーメン大好き丸さんが投稿を休み始める前、最後に投稿したレビューの」
「ああ、あの酷い言いようの☆1レビューの?」
「そうだよ! 星の真ん中にあったのは、☆1の店だったんだ!」
地図上に現れた一つ星。その真ん中に、☆1の店。
「え、つまり。わざわざ架空のレビューを10件も書いて、その『らーめん霧崎』が☆1だってことを表現してたってこと? それは恐らく、せっかく書いた☆1レビューが消されてしまったから」
ジローはぽかんと口を開け、少しの沈黙の後、「そうか。そうなるね」と言った。
「それだけのために、こんな回りくどいことを?」
「それはさ、きっと、あれだよ。よっぽど酷い店だったんだ。だから、みんなにそれを伝えるために」
ごにょごにょと口ごもりながら、ジローは懸命にラーメン大好き丸のことを庇おうとする。
「逆に気になるわね、そこまで酷い店」
「そうだね。今度一緒に行ってみようよ」
5×10の一つ星 七名菜々 @7n7btb
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます