5×10の一つ星
七名菜々
【古賀コン版】
「蘭ちゃん、聞いてくれよ!」
部室に駆け込むなり、ジローはそう喚いた。
どたばたぎゃあぎゃあと騒々しくて敵わないが、ジローの騒々しさは今に始まったことではないので、蘭は呆れながらも聞き返した。
「何よいきなり」
「ラーメン大好き丸さんがもう3日も投稿してないんだ」
「なんですって? ラーメン?」
「だから、ラーメン大好き丸さんだよ」
「誰なのよ、それ。配信者か何か?」
「違うよ、僕の推しのレビュワーだよ。ラーメン専門の」
「レビュワーって、食レポとかの?」
「そう。飲食店のレビューサイトに、毎日絶えずラーメン店のレビューを投稿してるんだけど」
「毎日って、毎日?」
「そうだよ、僕が見てる限り3年間、1日も休まず。それが、3日も投稿を休んでるなんて、おかしいだろ?」
「べつに、おかしくないわよ」
「どうして?」
「つまりその人、3年間も毎日休まずラーメンを食べてたってことでしょ」
そんなにラーメンばかり食べていたら、人はどうなるか。簡単なことだ。
「身体壊しちゃったのよ、きっと」
「そんな!」ジローは悲壮感のある声を上げた。「僕、ラーメン大好き丸さんのレビューがないと生きていけないよ! 彼のレビューだけが頼りだったのに!」
馬鹿みたいだと思ったが、ジローは真剣そのもので、今にも泣きだしそうだった。そんな彼の様子に呆気に取られながら、蘭は尋ねる。
「そんなに良いレビューを書くの? その、ラーメンなんとかさんは」
「そりゃあもう!」
ジローは途端に泣き顔をやめ、スイッチが入ったように熱っぽい口調になる。
「ラーメン大好き丸さんはね、☆5レビューは滅多に付けないけど、単に評価が厳しいだけじゃない。☆1レビューも、よほど店に問題があるときしか付けない、とてもフェアで信頼できる人なんだ。その証拠に、試しに彼が☆1を付けたラーメン屋に行ってみたら、罵声は飛び交うわ皿は投げるわ会計は間違えるわ、本当に酷い目に遭った」
「なんで☆1の方に行くのよ。☆5に行きなさいよ」
「もちろん行ったよ」
「感想は?」
「最高だった」
「乏しいわね」
その程度の感想しか出ないのなら、せっかくの名レビュワーも浮かばれないのではないか。
とそこで、はたと何かに気がついたように、ジローが顎に手を当てた。
「そういえば、ラーメン大好き丸さんの最後のレビューも☆1だったな」
「そうなの?」
「うん。どうしてかすぐに消されちゃったんだけど、『らーめん霧崎』って名前の店のレビューで」
「へえ、どんな内容だったの?」
するとジローは、コホンと咳払いをして次のように言った。
「ラーメンを食べて吐きそうになったのは初めての経験だ。なんの肉なのかチャーシューは臭くて食感も悪いし、何よりスープの味が酷い上に、極めつけには髪の毛まで入っている。それも束で。接客の質も最低で、外国人らしき店主(名札にはたしか『ジャック』と書かれていた)に出汁の材料を聞いたところ、『ニホンゴワカラナイ』ときた。どこから漂ってくるのか、店内にはうっすらと腐臭が充満していて、衛生管理にも不安がある。腹を壊したい事情がある者以外は行かぬが吉」
ジローがまるで台本を読み上げるようにすらすらとレビューの内容を暗唱する様を目の当たりにした蘭は、恐怖に近い何かを感じていた。
「なんで覚えてんのよ、気色悪い」
「蘭ちゃんが訊いたんじゃん、酷いな」
「でも、それならもしかしたら、身体壊したんじゃないのかもね」
「どういうこと?」
「そんな酷いレビュー書いたら、裁判沙汰になってもおかしくないでしょ。その対応に追われて、新しいレビューを書けずにいるのかも。すぐに消されちゃったっていうなら、何かしら問題になった可能性は高そうじゃない?」
「なるほどね。でも、ラーメン大好き丸さんは本当のことしか書かないよ?」
「本当のことでも名誉毀損になることはあるの」
「そんなあ」
☆★★★★
口直しのコーヒーを片手に☆1レビューを書き終え、喫茶店を出た直後、私の意識は途絶えた。
目が覚めるとそこには、左胸に『ジャック』の名札を付けた、見覚えのある顔があった。
「オハヨウゴザイマス」
青い目をした男は、私の顔を覗き込みながら言う。
「レビューハ消サセテモライマシタ」
なんだ、日本語喋れるじゃねえか。わざとらしい片言は鼻につくが。
「アナタニモ消エテモライマス」
男が左手で私の胸倉を掴んだ。彼の右手には、刃こぼれした出刃包丁が握られている。
ああ、そうか。分かったぞ、あの不味いチャーシューの正体。恐らく出汁も。その考えが過るだけで、胃の底から酸っぱいものが溢れ出しそうだった。
「待ってくれ!」
苦し紛れに私は叫んだ。律儀に男の手が止まる。
「最期にレビューを書かせてくれないか」
「ホシヒトツハ許シマセン」
「違う、☆5のレビューだ。私はこう見えてプロのレビュワーなんだ。私のレビューを待っている人が大勢いる。最近見つけた最高の店、10件ほどあるんだが、そのレビューがまだ書けていない。これを世に出さずには死んでも死にきれないんだ」
訝るような少しの沈黙の後、男はこくりと頷いた。
あわよくば助けが来てくれれば、という目論見もないではなかったが、恐らく私には間に合わないだろう。ならばせめて、同じ轍を踏む人がこれ以上現れないように、願いを込めて。
☆☆☆☆☆
『絶品のパスタの噂を聞いて駆けつけた本格イタリアン。マンマの田舎風ナポリタンは期待以上の味でした』
『行きも帰りも、通りがかったときにはつい立ち寄ってしまう、お気に入りの喫茶店です』
『なんとなくふらりと立ち寄った店ですが、これが大当たり。2回もおかわりしてしまいました』
『さりげなく隠し味に使われた地元産のフルーツがポイント。ご飯が進む濃い味付けながら、爽やかにいただけます』
『ルーマニア料理とは初めて食べましたが、意外に親しみやすく、日本人の口にも合うかと』
『殺風景な店内には面食らいましたが、料理を食べてみてなるほど。味一本で勝負している、強気のスタイルだと理解しました』
『れっきとした老舗である本店。代々受け継がれた秘伝のソースは、店主でも再現不能だそう』
『ぞっとするほどの行列ができていましたが、意を決して並びました。3時間待った末、食べた結論は大正解。もはや待ち時間もスパイスです』
『対馬の食材をふんだんに使った海鮮料理が魅力。メインディッシュは言わずもがな、前菜の海鮮サラダが今までに食べたことのない美味しさでした』
『くせの強い店主には賛否分かれるかと思いますが、味はホンモノ。ぜひ一度食べてから判断してほしいです』
---
(ここでタイムオーバー)
本作は古賀裕人氏主催の文学祭『古賀コン6』に参加するため執筆した作品です。
古賀コンは「1時間で書く」というルールのため、1時間以内で書けた範囲のみを【古賀コン版】として公開しました。
1時間をオーバーしてしまった部分も含めた全編を【完全版】として次話に公開しておりますので、よろしければそちらもお楽しみください。
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