たばこ

環流 虹向

たばこ

私が手を出したことのない嗜好品は彼のお尻のポケットにいつもある。


そしていつも左手にブラックの缶コーヒー、右手にタバコを持っている彼は、今日私の家で最後の一吸いを終えると空になったプリンの容器に捨てた。


「じゃ。」


あまり会話は多くなかった。


無口、とまではいかないけど、感情を言葉に出してくれる人ではなかった。


だから今日話した関係性の進展はどっちつかずで終わってしまった。


まあ、自分もこの間の自分より意思を強く持てなくなってしまったからかもしれない。


だから彼は私の意見にあまり賛成してくれなかったのかも。


体を絡めてる時だけ好きと言ってくれる彼の本当の心情を知ったら私が泣いてしまうからめんどくさそうと思ってあまり口に出さないのかもしれない。


私は彼を追うように玄関に行って靴を履く背中越しにポケットから転げ落ちそうなタバコの箱に気づく。


あれが落ちたらこのまま。


落ちなかったらさよなら。


今、思いついた一世一代の賭け。


少し手を伸ばしたら自分の思いのままに操れるけど、彼の行動次第。


何も知らない彼の行動をひとつひとつシャッターを押すように記憶に残す私はあることを思い出した。


ああ…、そうだった。


いつもなら…。


そう思った瞬間、彼は今にも落ちてしまいそうなタバコの箱をポケットに押し込み、靴をコンコンと鳴らした。


「おやすみ。」


玄関の鍵を開けて私側の口角だけ上げた彼はあっさりと最後の挨拶を済ませて軽快な足取りで帰っていってしまった。


いつもならあの可愛さに口元が緩むけど、今日は涙腺が緩んでしまってその足でベッドに倒れこんだ。


…はあ、鼻先が息苦しくて肺が重い。


この気だるいタバコの匂いがあなたと一緒に居たという思い出よりも大切な痕跡で好きでした。


もう、それを伝えることもないけど。


私は彼の連絡先を全てブロックして新しいアプリを入れ、禁煙の部屋を探すことにした。





たばこ/環流 虹向

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