第5話

きんこんかんこん、とお決まりのチャイムの音。もう何度聞いたかわからない終礼の合図を聞いて、教室は一気に喧騒に包まれた。


 私も机の中に入れていた教科書類を鞄に詰めて帰り支度をする。資料集の類はどうせ置きっぱなしなので、部活もしていない私の鞄はそう大した重さにはならなかった。


「由梨ー、帰ろ」


「あ、みっちゃん。帰ろ帰ろー」


 鞄を手に、みっちゃんと共に並んで廊下に出る。(ちなみにみっちゃんには何も生えていない)

 みっちゃんは何故か隣に立つ私の顔を覗き込むとにまにまと笑った。


「由梨ってば最近どうなのよ?」


「どう…って?」


「崎山君とのことだよ!噂になってるよー、二人が付き合い始めたって」


「え」


 崎山と私が?


 ぽかんと口を開けてみっちゃんを見る。みっちゃんはそれが照れ隠しだと思ったのか、より一層いたずらっ子のような笑みを浮かべるばかりだった。


「しょっちゅう二人で話し込んでるし、お昼も二人で食べてるじゃん!こないだとか一緒に帰ってたって崎山君と同じ部活の子が言ってたよ」


「いや、あれはたまたま部活と委員会の終わる時間が重なっただけで……」


 ついでに最近の花についても話したかったから帰っただけなんだけど。しかしみっちゃんはそう思わないらしく、面白がるばかり。


「なんで言ってくれないのさー。まあいいけど。それでそれで?いつから付き合い始めたの?ていうか告白はどっちから?教えてよー」


「いやー、だからー、崎山とはそう言うんじゃないってばー」


 私がそう言って反論した時だった。


「そ、そそそ、そうだったつの!」


 背後から突然大声が響いて、私もみっちゃんも振り向いた。


 ざわめく廊下が一瞬静まり返る。声の主は顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけている。


 崎山だ。


「お、俺と花村がそんな仲なわけねーだろ!何気持ち悪いこと言ってんだ!」


 もう部活に行ったと思ったのに。忘れ物でも取りに来たのだろうか。ぼんやり崎山を見つめる私と裏腹に、何故かみっちゃんが崎山の方に進み出た。


「気持ち悪い?なにそれ。由梨に失礼じゃないの?」


「えっ、あ、いや、その、花村が気持ち悪いって意味じゃなくて……」


 突然崎山がしどろもどろに言いよどむ。だが、私の目を引いたのはいつにない花村の様子ではなかった。


「崎山、頭……」


 そっと、ゆっくり指をさす。怪訝そうな顔をしたみっちゃんがこちらを見た。


 崎山も一瞬不思議そうな顔をして、それでも何事か確かめようと自分の頭に手を伸ばし……そしてあっと驚きの声をあげた。


「げぇぇ、咲いてる!?」


 あ、この花触れるんだ。私は場違いにもそんなことを考えていた。


 みっちゃんはわけのわからない顔で私と崎山を交互に見ている。


 私は崎山に向かって踏み出した。崎山の手を取って、そのまま駆け出す。


「ごめんみっちゃん!今日は先帰ってて!」


 ばたばたと廊下を駆け抜けていく。廊下の異様な雰囲気に教室から生徒たちがちらほら顔を出すのを、全て無視して駆け抜けた。


 結局たどり着いたのはいつもの屋上近くの階段だ。やはりこの時も生徒は誰一人いなかった。


「ちょ、花村、手!」


「あ、ごめん」


 咄嗟で、思わず。私はずっと握っていた崎山の手を離した。このままでは会話もできないと、私はくるりと崎山に向かって振り返る。


 真っ赤な顔をした崎山と目が合った。


 崎山は目に見えて動揺した。慌てて私から目線を逸らし、廊下のどこか一点を見つめる。


 自分の顔を隠すように腕をかぶせるとそのまま黙った。しーん、と沈黙が効果音付き降りているようで、私も崎山もしばらく何も言わなかった。


「あ、のさー……花の条件、わかったかも……」


 崎山がびくりと震えた。なんとなく向こうも気づいている気がした。


 どうやって言えばいいのかわからず、私の視線もあっちこっちに泳ぎだす。


 そう言えばそもそもなんであの場から逃げてしまったのだろう。自分で自分を追い込んでいることに気づいて、私の顔まで熱が上がってくるようだった。


「多分、多分だけどね?間違ってる可能性もあるし。あるっていうか、その可能性のが高い的な?あくまで仮説ね?でも、あの、もしかしてなんだけどさー。その花、さあ」


 恋をしてる人に咲くんじゃないかなあ。


 瞬間、なんと不思議なことが起こった。崎山の頭に咲いている花-白くて綺麗な百合の花だった―が突如として増えた。


 正解!とでもいうかのように、崎山の頭に咲いた百合の花(三本)が、ゆらゆら怪しく揺れている。


 私は視覚で見えたが、崎山にも何かしら感じられたらしい。あああとかなんとか呻きながら頭を掻きむしっている。


 だが、やがて何かしら吹っ切れたような顔つきになると、ぎろっと私を睨みつけてきた。


「悪いか!」


「わ、悪いって言うか……なんで今?」


「知るか―!俺だってついさっき気づいたんだよ!だってあいつが変なこと、付き合ってるとかなんとか言うから!その後お前、気持ち悪いって言ったらすげー悲しそうな顔するし!」


 そんな顔してたっけ?崎山が脳内で勝手に変換してるだけじゃないのか。いつもならぽんぽんと出てくる軽口が何故かうまくいかない。


 というか段々、自分の中でもそれが正解な気がしてきていた。どっどっどっどと胸の内から湧き上がる感情。これは。


「……おい、花村?お前もなんか顔赤」


 崎山の言葉は途中で途切れた。私の頭上を見上げて、ぽかんと口を開けている。


 次に何を言われるかなんとなくわかってしまい、深く頭を下げて俯くしかなかった。


「花村。チューリップ、咲いてる……」


 脳裏に過るお兄ちゃんの顔。へらへらしながら頭の上のチューリップを揺らすバカみたいな姿。


 今の私もあれなのか。そう思うと今すぐこの場から逃げ出したくなった。だってこんな変な姿、好きな人に見られたいわけがないのだから。

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開花前線異常ナシ さめしま @shark628

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