第39話 穢れた意志である

あの戦いから数日が経った。そんな今日でも、俺はベッドに蹲っている。

あの経験が、あの言葉が。脳内を反芻して、俺という体を束縛してくる。励まそうとするダニスの行動や言葉をもってしても、俺の精神は先には進めない。


けど、同じ言葉を受けたダニスは一生懸命前に進もうとしている。敵との戦いで足りないところを見つけ、修行をしている。

俺は惰性で魔力の修行をしているだけだ。

その対比が、俺をどうしようもないくらいに苦しませてしまう。

ダニスは何も悪くない。俺が勝手に苦しんでいるだけだ。


「オ゛ェ゛ッ!」


まただ。ここ数日、あの日の事を思い出したり、ネガティブを考えだしたりすると吐瀉物を吐いてしまう。

その度に自分の弱さを嫌い、またネガティブに入るっていう負の連鎖に陥る。

その連鎖は深くて、暗くて。誰かが手を差し伸べようとしてくれても、俺はきっと気づかないくらいには。


それに、俺は手を受け取れない。無茶して、勝手して、その果てに苦しんで。

それでどうして、面厚く手を受け取る事ができるのだろうか。


あぁ、ダメだな。この考えは。


__また吐いた


***


今日は王国の反乱軍とコミュニュケーションを取り始めていたミカ達が来てくれた。

次に会うのは少し先だから、と俺の様子を見に来てくれたようだ。

こんな弱くて情けない姿、できるならミカには見せたくなかった。


そんな事を口から漏れてしまっても、ミカは説教を口にする訳ではなかった。

少々顔を暗くして、言葉もなく抱きついてくれるだけだった。

人体の柔らかくて暖かい感触、とても心地が良かった。そこには愛があるからだろうか。

知らなかった。こんなに気持ちのいいものだったのか。俺も早く知りたかったな。

何度も抱きついてくれているのだから、気づけるものだったはずなのに。


「ディニア様、少し外に出てみませんか?」


それに至福を感じていれば、ミカからそんな言葉が出てくる。

ずーっと部屋にこもっているのは体に悪いからだとか。

確かに部屋にこもったままは体に悪いか…でも、怖いものは怖いな。

あの時の記憶がへばりついてる。一人で外へ行くのは怖い。


でもね、ミカ。お前となら行ける気がするの。だから、お願いだから、ミカ。俺一人で外へは行かせないで。お願い、生きれない。


「分かっています。私はディニア様と離れません」


「やった。ありがと!」


「だったらねー、俺行きたいところあるんだ!海行って釣りしてみたい!」


「分かりました。船を用意しますね。楽しみにしておいてください」


「うん!してるしてる!」


そういうミカに船を出してもらう行程を挟みつつ、俺は楽しみに胸を馳せていた。

釣りってのは好きだ。広大な海と生きているっていう実感を得られるから好きだ。


__自分を忘れられるから好きだ


じーっと待っていて、釣り上げた時の感覚が最高に心地いいから。


__醜悪な自分を見ずに済むから


「よーしっ!これで12匹目!ひゃー、楽しい!ありがとう、連れてきてくれて」


あー、これだけ無邪気に釣れたのなんて、昔に戻ったみたいだ。何も知らない、ただの子供に戻れたみたいで、本当に楽しい…。

あれ?昔ってなんだ。なんで俺は、無邪気に遊ぶって事を忘れてきたんだ。

というか、今だって俺は子供で…。


あぁ、そっか。自然に忘れてたんじゃないんだ。忘れなきゃ壊れるから、忘れていただけだ。

使命も意志もなく、好きに遊ぶ他の子息や子女が羨ましくて、それを押し殺す為に俺は無邪気を忘れたんだ。

思い出すとなんと馬鹿な事か。少しアホらしくなってきたぞ。


【お前は振り切れるのか】


視界が少し歪む。瞳の魔力から見るに、これは幻覚の魔法をかけられたな。

悠長に海で釣りをしていたというのに。何と惨い事をするものだ。趣味を邪魔する奴は地獄にでも堕ちろ。

んで?俺は振り切れるのかだって?


【お前は酷い扱いを受けた。守らなければいけないと思い、守った者に罵倒をされた。お前が苦しんでいた間も、あいつらは生きている。その憎悪をなかった事にできるのか】


お前ってさ、俺な訳?俺自身だから、そんな発言をしてるの?だったら的外れにも程があんだろ、このバーカ。

俺は憎悪を捨てきれていない。あんな事言いやがった人は恨むだろうし、ちょっとは戦い方に影響出てくるかもな。


【ならば、どうして……!】


俺は最初、貴族として戦っていた。冒険者とかでもなく、1人の戦士としてでもなく。強大な力を持った貴族として戦っていた。

常に自分よりも他人を優先する戦い方をしていたんだ。

そうして、気づいた。今気づいたんだ。子供にはその戦い方が重い。


だから、俺は少しの間海にドボンするだけだ。

貴族の誇りやら、意義やら、そんな面倒くさい事全部。


最強を求める者らしく、我が儘に行こうじゃねえか。


作法はいらん。礼儀もいらん。ただ、己のしたい事を全力で貫き通すのみ。


【化け物と呼ばれてもか】


あー、そりゃキツいな。今回だってたった一言で泣きそうだった。というか泣いた。

うーむ、どうするか。俺一人じゃ相当辛いんだよなぁ。

皆に助けてもらうか。うんうん、それが一番良い。

ダニスとか、ミカとか。助けてくれそうな人はいるからな。


……なんで俺は全力で弱音を吐かなかったんデスカ?

はい、見栄をつけたかったからです。


【お前はこれから負けるぞ。お前はこれからまた化け物と言われるぞ。それでも歩けるのか。お前は自分の足で踏み出せるのか!】


「アホ抜かせ。俺は恋人と戦友がいれば無敵じゃボケ」


『スキル[封印・解]が上昇しました。それに伴い、[精神呪縛]が解除され、[幻眼Ⅰ]を獲得しました』

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2025年1月11日 18:00
2025年1月12日 18:00

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