ツーショット写真
第24話
――下校後、加茂井くんにミーティングしようと言われて駅から徒歩5分のところにある、”ZIGGY”というアメリカンカフェに連れてきてもらった。
場所が半地下ということもあって店内は薄暗い。カウンター席が5つに四人席のテーブルが4つ。正面にはダーツやスロットなど、赤と黒をメインとしたアメリカンチックな店内装飾で、壁面にはチェキで撮った写真が大量飾られている。
店内BGMはポップ調の曲が流れている。
店主はヒゲを生やしていかつくて、黒いキャップに黒いTシャツにジーパン姿。
エプロンには無数のアメリカンチックな缶バッチをつけている。
オーダーを取りに来た時はちょっと怖かったけど、強面な見た目とは対照的に優しい口調でチェキで写真を撮ってくれた。
それを受け取って両手で写真を眺めていると、思わず頬が緩んだ。
「私、こーゆーお店に入るのが初めてでドキドキしちゃいます」
「独特な雰囲気だよね。昼はカフェだけど、夜はバーになるみたい。昼間は俺ら学生達のたまり場だけどね」
「それに、写真を撮ってプレゼントしてくれるなんて嬉しいです。この写真を見ると私達恋人みたいですね」
「ばーか。そんなに喜ぶもんでもないし……」
彼は頬杖をついたまま写真をひょいと取り上げてテーブル上に置いた。
口を尖らせながら壁に横目を向けると、白い壁紙が見えないくらい大量に貼られている写真の中から加茂井くんと赤城さんのツーショット写真を発見する。意識が吸い寄せられてじっと見つめていると、彼はそれに気付いた。
「それは、沙理と付き合ってから4ヶ月目の時に撮ったもの」
「……もしかして、赤城さんとよくこのお店に来てたんですか?」
「うん。そっちが1ヶ月目で、向こうが7ヶ月目」
彼は私の気持ちなど考えずに赤城さんとのツーショット写真が貼られている場所に指をさしていく。
その間、私の心は嫉妬まみれになっていることも知らずに。
「下校後に来ることが多かったから、全部制服姿だね」
「赤城さんとの写真……、こんなにいっぱい撮ったんですね……」
「この店の常連だったからね。ここでよくパフェ食ってたな」
「……」
交際1ヶ月目の写真はニコリと微笑んでいて、4ヶ月目の写真は二人の指でハート型を作っていて、7ヶ月目の写真は肩を寄せている。
昔の写真なのに。つい1ヶ月前はこれが当たり前の光景だったのに……。
加茂井くんの偽彼女になったいまは見ていられないほど嫌気に満ちている。
次第にいてもたってもいられなくなって、勢いよくイスから立ち上がった。
「ごめんなさい。私、帰ります……」
「えっ、どうして? まだ飲み物来てないよ」
彼は私の心境に気づいていない。今日まで何度も気持ちを伝え続けてきても、一つ一つが心の中に刺さりきってないからそうやって平然とした顔で聞いてくる。
私は断崖絶壁に打ち付けている荒波のように心がすさんでいるのに。
「どうして私をこのお店に連れてきたんですか?」
「へっ?」
「赤城さんと思い出がたっぷり詰まったお店なんですよね。だから思い出に浸る為にここに来たんですよね。こんなにラブラブな写真を見せつけられたら、さすがの私でも我慢出来なくなります」
反抗的な態度を見せた後、荷物を鷲掴みにしてから席から離れようとすると……。
彼はすかさず私の手を掴んだ。
「ちょっと待って! そーゆーつもりでお前を連れてきた訳じゃない」
「嫌です。加茂井くんには私だけを見ていて欲しいのに、どうしてこんなに酷い試練を与えるんですか」
「違うよ。試練を与えるなんてこれっぽっちも思ってない。過去を乗り越えたいからお前を連れてきたんだ」
「えっ……」
「沙理に復讐したいけど、同時に気持ちを整理していかなきゃいけない。だから、今日は矢島と一緒に沙理との写真を剥がしに来たんだ」
赤城さんとの写真を一緒に剥がす為に私をここへ……。
それを聞いた瞬間、カッとしていた自分が恥ずかしくなり、席へ戻って再び腰を落とした。
「そうならそうと最初から言って下さい……。てっきり、赤城さんとの過去を私に見せつける為かと思ってました」
先走っていた自分が恥ずかしくて顔が上げられない。
でも、本物の彼女じゃないのに彼女ヅラしてバカみたい。
「そんなことしないよ。だって、もう沙理とは別れてるんだし」
「……」
「それに、一人で剥がしに来ると思い出にふけっちゃうと思ったから矢島を連れて来た。剥がすところをちゃんと見届けてくれたら、少しは気持ちが整理出来るかなって」
「加茂井くん……」
「じゃあ、一緒に写真を剥がしてくれる? 俺と赤城の過去を」
「はい……」
私と彼は、目の前の交際4ヶ月目の写真の両端を手にとって一緒に剥がした。
彼が赤城さんと一緒に写真を貼った時の想いと、いま私と一緒に剥がす時の想いは全く別物だろう。
店内に三枚貼ってあった写真は全て取り除いた。そしたら、凝り固まっていた肩の力がスッと降りた。
席に戻ると、彼は先ほど撮ってもらった私達の写真を片手にして言った。
「代わりにこの写真を壁に貼る?」
「えっ……」
「さっき写真を剥がしたスペースが空いたからそこに貼ろうか」
「いいんですか?」
「いーよ」
彼は机の端に用意されている油性ペンを取って白枠に文字を書いた。そして、その横にある両面テープを写真裏に固定して壁に貼りつける。
「嬉しいです。加茂井くんとのツーショット写真。私達の写真の周りに貼ってあるカップルに負けないくらい幸せです」
「偽恋人なのに?」
「はい、もちろん! だって、加茂井くんさえ振り向いてくれれば、私達はいますぐにでも恋人になれますから」
赤城さんとのツーショット写真を剥がしてから気分が晴れ晴れしくなった。
そして、彼がフレーム外に書いた文字。そこには、新たなる決意が見えたような気がしたから。
「ははっ、すんげぇポジティブ。さっきは、沙理と映ってる写真を見た途端、怒って帰ろうとしてたくせに」
「そっ、それは…………。加茂井くんが赤城さんに想いが残ってると思ったから……です」
彼の気持ちを先読みして勝手に落ち込んでいる自分がバカバカしく思えた。
片想いって切ない。彼がいまどう思っているかわからない分、一つ一つが悪い方向に考えてしまう。
「粋……」
「えっ!!」
「って呼び捨てしてもいい? 偽恋人中なのに、お互い名字で呼ぶのはどうかなって思ってた」
「ああああ……っ、はいっっ!! 粋って呼んで下さい!! 両親以外に呼び捨てされたことがないので、呼ばれても気づかない時が来るかもしれませんが……」
「じゃあ、俺のことも”朝陽”って呼んで」
「そっ、そんなぁ……。いっ、言えませんよ〜。いきなり呼び捨てするなんて……」
「お前ってさ、本当に不器用な性格だよな。それに、いつまで敬語使ってんの? 他人みたいじゃん」
「敬語は身体に染み付いちゃってるからなかなかやめれなくて……」
加茂井くんと笑い合っているこのひとときは、私の心に眩い光を与えていた。
恋の階段を一歩一歩上がっていく度に嫉妬深い自分と戦っている。
こんな感情が心の奥に眠っていたなんて、いままで気づかなかったよ。
――ところ、幸せを噛み締めていたこの直後。
私は再び灰色の空に包まれることになるなんて、この時は微塵たりとも考えていなかった。
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