いがみ合った本当の原因

第33話

――私は1週間かけてある人の情報を調べていた。

 正直、ストーカーと言われても否定できないほどのレベルに。一冊のメモ帳にびっしりと書き詰められた情報は努力の結晶とも言える。


 ここは、私が探していた加茂井くんと木原くんの元カノの自宅。

 白壁にオレンジの屋根を下から見上げて彼女の帰宅を待つこと40分。

 一車線道路の向こう側から、紺色のダッフルコートを着た髪の長い女性がこの家の方向にやってきた。

 彼女は150センチほどの小柄で、華奢で、清楚な雰囲気を持っている。事前に聞いていた特徴とぴったり当てはまったので、彼女だと確信して傍に寄ってから声をかけた。



「あっ、あのっ……、失礼ですが、新堂ミキ……さんですか?」


「はい。あなたは?」


「矢島粋と申します。初めまして」


「は……はぁ」


「待ち伏せをごめんなさい。実は私、加茂井くんと木原くんの友達なんです」



 加茂井くん達の名前を挙げれば話の意図がわかると思った。でも、彼の名前を出した途端に彼女の目の色は変わって目線をフイっと逸らした。そして、私を横切って門の扉を開く。



「……その話なら帰って下さい」


「えっ」


「申し訳ないけど、二人の話だったらしたくない」


「どうしてですか」



 彼女は私の返事を受け入れずに門の中に入って行った。私は彼女が家に上がるまで背中を目で追っていたけど、一度も振り向くことなく玄関ドアは閉ざされていった。

 その間15秒とない。


 空虚感に包まれたまま彼女の家を見上げた。

 しかし、一切反応がない。


 でも、ここで待っていればいつか出てきてくれるかもしれないと思って2時間待った。

 あと1週間もすれば12月になる。冷たい風で震え上がる身体を時よりゆすって、目の前に通過する車の音を聞きとり、愉快にはしゃいでいる子どもの姿を目の当たりにしながら待ち続けた。


 しかし、空が暗闇に覆われても彼女は家から出てこない。

 明日出直せばいいかなと思って、一旦引き上げた。


 そして、翌日も同じように彼女の帰りを待ち伏せた。



「あのっ、新堂ミキさん。お願いします。私の話を……」

「話すことはないので帰って下さい」



 今日も話を聞いてもらえず門前払い。

 そして、彼女の家を見上げて家から出てきてもらうのを待ったけど、昨日と同じく暗い時間になっても出てくる様子はない。

 2日に渡って話す素振りを見せないということは、よっぽどの事情があるのかなと思うように。


 その翌日も傘を持ちながら彼女を待ち伏せた。

 しかし、彼女の対応は昨日と一緒で取り合おうとしない。


 次第に雨足は強くなってハイソックスに雨が染み込んだ。更に冷たい風が襲いかかって身体を震え上がらせていく。

 今日は帰ろうかな。でも、すれ違いになったら嫌だな。

 心の中で葛藤を繰り返しながら待ち続けた。



「クシュン……」



 ここ3日間、冷たい風に打たれ続けていたせいか少し風邪っぽい。

 でも、自分の身体のことよりも、加茂井くんと木原くんが仲違いしてしまった本当の原因が知りたかった。


 ビシャッ……。


「うわっ……」



 目の前に車が通過した際に水たまりがスカートのところまで跳ねた。

 ただですら寒くて体温が落ちているのに、こんな情けない始末に。

 カバンから取り出したタオルでスカートを拭いてると、目の前に人影が見えた。目線を上にあげると、赤いコートを着た新堂さんが不機嫌な表情でバスタオルを向けている。



「新堂さん……」


「これで身体を拭いて家に入って。3日間も根性見せつけられたらこっちが引かなきゃいけなくなるでしょ」


「……家におじゃましてもいいんですか?」


「30分だけ話を聞いてあげる。私のせいで風邪でも引かれたら困るし」


「ありがとうございます!!」



 私は頭を下げた後、彼女の背中へついて行き家に上がらせてもらった。

 彼女の部屋の中に通してもらってドライヤーで制服や靴下を乾かしていると、彼女は温かい紅茶を持ってきてくれた。

 お互い床に腰を落ち着かせると、彼女は私の目の前におぼんを寄せた。



「どんな話が聞きたいの?」


「実は加茂井くんと木原くんは顔を合わせる度にケンカをしてて。最近木原くんからその理由を聞いたら、中学の時に新堂さんと付き合ってる最中に加茂井くんに奪われたと言ってました。でも、私には加茂井くんがそんなことをするような人には見えなくて。だから、事実を知りたくてここに来ました」


「……そっか。あの二人は未だに仲が悪いんだね」


「今にも殴り合いになりそうなくらい険悪な雰囲気です」


「そう……。本当に申し訳ないことしちゃったな。……実はそれ、私が原因なの」


「えっ」


「大地は朝陽に、そして朝陽は大地に奪われたと思ってるけど、本当は私が二人に迷惑をかけたの。結局、最後まで事実を伝えることが出来ないまま卒業しちゃったの」


「それって、どーゆーことですか?」



 彼女はまつ毛を伏せたままマグカップをギュッと握ると、覚悟を決めたかのように口を開いた。



「私、中三の時に大地に告白されて付き合ったの。でも、心の中では朝陽を想ってた。それなのに、どうして大地を選んだのかと思うでしょ?」


「はい……」


「周りの環境がそうせざるを得ない雰囲気を作り出していたからそれに負けてしまったの」


「つまり、告白を断れない状況になってたってことですか?」


「そう。私は自分の意思を貫くことができなくて周りに流されてしまった。だから、付き合ってることを朝陽に知られたくなくて、大地にはこの交際を内緒にしてって伝えたの」


「えっ……」


「そしたら、朝陽は私がフリーだと思って告白してきた。あの時は嬉しかった。中学に進級してからずっと朝陽のことが好きだったから。……でも、誘惑に負けてしまったせいで首を横に振ることはできなかった」


「そんな……」


「いつか大地との関係を整理しようと考え始めて1ヶ月ほど二股をかけた。そしたら、間もなく大地に気付かれてしまって、朝陽に奪われたと勘違いしてしまった。朝陽にも大地と二人きりでいる所を目撃されて責められた。結果、恋を捨てた。最終的には大地の彼女でいることを選んだのに、彼は愛想を尽かしてしまって。それが、二人の仲が悪くなってしまった原因なの」


「要するに、二人はお互い彼女を奪われたと思ってるんでしょうか」


「そう。……でも、最後まで二人に本当のことを言えなかった。大地に事実を切り出せなかったのは、責められることが怖かったから。結局、いい顔をした自分に降りかかってきたけどね。いまでもあの時のことを後悔してる」



 彼女はそう言うと、うつむいたままズボンをくしゃりと握りしめた。


 二人のいがみ合っている原因を知ったのに気分が晴れない。

 加茂井くんも、木原くんも、新堂さんのことが好きで付き合ってたのに、彼女はどちらも断る勇気がなかった。

 それによって生じてしまった心の傷。

 しかも、それから2年経ったいまもお互いを憎み合ってるなんて……。

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