温かい手

第26話

――今日は社会科見学の日。バスに乗って遠方にやってきた。

 みんなの見慣れない私服姿に少し戸惑う。制服を可愛く着こなしてる子はやっぱり私服もおしゃれだった。

 今回の目的は寺院巡り。基本自由行動なので、最近お昼ご飯を一緒に食べるようになった仲間に声をかけてみたけど、「彼氏と一緒に行動するからごめん」と断られてしまった。


 一人でお寺を周るのは心細い。

 学校で一人なら慣れているけど、見慣れない地で一人というのはなかなか心が決まらなかった。


 あ、そうだ! 加茂井くんに声をかけてみようかな。

 ……と、思って付近を探したけど見つからない。

 そんな中、誰かにポンっと肩を叩かれたので振り返ると、そこには木原くんの姿が。



「良かったら俺と一緒に周らない?」


「……どうして私を誘うんですか? それに、後ろの女子達が木原くんと周りたそうにしてるんですけど」



 普段から木原くんにまとわりついている女子二人が、4メートルほど向こうで物言いたげにこっちを見ているのでそう言った。



「いいのいいの。さっき断ったばかりだから。俺は矢島と周りたいし」


「でも、木原くんと一緒に周ったら赤城さんに嫌がられます」


「どうして赤城の名前が出てくるの?」



 私は言ってはいけないキーワードを口にした瞬間、ハッと我に返って両手で口を塞いだ。

 何故なら、木原くんと赤城さんは内緒で交際しているから。私が二人の交際を知ってるなんてバレたらまずいよね。



「おおおお……お似合いかなと思って。木原くんはモテるから赤城さんもそうかなぁ〜と思って」

 

「そう? まぁいいや。じゃあ、どのお寺から周る?」


「えっ?! あのっ……、私まだ一緒に行くと言ってないんですけど……」


「だって矢島は一人でしょ。俺も一人だから一緒に行こうよ」


「えっ! ちょ……ちょっと……木原くん……」



 木原くんはそう言うと、私の手首を掴んで足を前に進ませた。

 私はその弾みで引っ張られるように足が進むと、私の手を掴んでいる腕にガシッともう一つ掴む手が見えた。その元を辿ると、怖い表情をしている加茂井くんの姿が。



「ちょっと待って、粋を連れて行っていいなんて言ってない」


「どうしてお前の許可を取らなきゃいけないの? 矢島はお前のものじゃないだろ」


「こっちは粋と一緒に周る約束してるから勝手に連れて行かれたら困るし」


「えっ、そうなの? 矢島」


「あっ、あ、うん……。木原くん、実はそうなの。一緒に周れなくてごめんなさい」



 本当は約束なんてしてないけど、木原くんが私の手を離した隙に加茂井くんの後ろにササッと周った。

 すると、木原くんは加茂井くんに不服な目を向けてその場から去って行く。

 私はその背中を見つめたまま加茂井くんに言った。



「どうして木原くんに嘘をついたんですか? 私達、一緒に周る約束をしてませんよね」


「今から約束するところだった」


「そんなのずるいです。……私も誘おうと思ってたのに」



 加茂井くんはずるい。まるで心を先読みしているかのようにピンチを迎えた時はスッと間に入ってくる。

 私が探した時は見つからなかったのにね。



「あのさ、勝手に俺のテリトリーから出ていっていいなんて言ってないけど」


「違います。木原くんと一緒に周ろうとしてた訳じゃなくて、ほぼ強制的に引っ張られていたというか……。それに、木原くんは私と友達になりたいようなので……」


「はぁっ? あいつがお前と友達に? それ、本気でそう思ってんの?」


「えっ……。だって、木原くんがそう言って」

「そこにあいつの下心が見えないのかよ」



 加茂井くんは私の言葉をかき消すように怒鳴ると、うつむいたまま頭をくしゃくしゃとかいた。

 それが一瞬私のことを心配しているように見えてしまったのは何故だろうか。



「……怒ってるんですか?」


「別に怒ってないし。それに、俺らは恋人を演じてるんだから勝手に離れないでくんない?」


「あ……はい。わかりました。もう二度と忘れないように今からメモします」


「いちいちメモしなくてええわっ!! ……ほら、行くよ。時間なくなるし」



 彼は赤面しながら不器用な口調で右手をサッと差し出してきた。



「もしかして、手を繋いでもいいんですか?」


「わかってると思うけど、手を繋ぐのは沙理に見せつける為だから。嫌なら別にい……」

「全っっ然、嬉しいです!! ありがとうございます!!」



 私は飛びつくように彼の手をぎゅっと握りしめた。

 加茂井くんの手は大きくて温かい。握りしめている私まで熱が伝わってきて心がホットになっていく。



「ふっ……。ばーか」


「朝陽くんの手はあったかいです」


「粋の手は小さいね。小学生みたい」


「握りやすいと言って下さい。何なら永遠に握っててもいいですよ」


「お前はひとことひとことが重いな……」



 いまは毎日が幸せで毎日が愛おしい。

 加茂井くんは、私が欲しいものを惜しげもなく与えてくれる人。

 でも、その中で一番欲しいものだけがいまは手に届かない。

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